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おばあちゃん家にこんにちは

 オウゴンサンデーが再生機器の停止ボタンを押した。


「ああ、これは……」


 サンデーはやっとビデオの正体に気がついた。今見た映像は、糸井アヤの記憶である。


 他人の夢を自由に覗く能力を持つメグミノアーンバルに依頼し、彼女が持つトコヤミサイレンスについての情報を引き出そうとした事があった。アーンバルに預けられたアヤはその事に気づかぬまま無事にサンデーの元へ返されたが、その夢の内容については「編集には時間がかかる」だの「私だって忙しい」などと言ってズルズルと後回しにされていた。


 しかし、どうやらいつの間にかそのビデオはタソガレバウンサーの手に渡っていたらしい。そこにどんな駆け引きがあったのか、今となっては知る由もない。そして、タソガレがサンデーにビデオを渡す前に死亡したのか、あるいはあえてサンデーに見せなかったのか。


「……まあ、後者の可能性も捨てきれませんね。なにしろタソガレバウンサーは、トコヤミサイレンスに異常な執着をしていましたから」


 サンデーは再生機器からビデオテープを取り出した。ビデオは途中から再生されていた。現在の光学ディスクとは違い、このビデオテープは再生を終了するごとに、物理的にテープを巻き戻さなければ最初から見られないのだ。サンデーは、タソガレがトコヤミの戦闘シーンばかり繰り返し見ていたのだろうと想像する。さらに、今ではラベルに書かれた『00』の意味もわかる。


「これは西暦ですね」


 すなわち『00』は西暦2000年である。下二桁をラベルに書いてあるとするならば、正しい順番は『98』すなわち1998年から見ることだ。サンデーはそのビデオテープを機器に挿入し、そして巻き戻しボタンを押す。やがて機械が止まる音を聞いたサンデーは、再生ボタンを押した。


 1998年8月。

 糸井アヤは、当時小学校6年生である。髪を薄紫色のリボンでポニーテールに結んだ小柄な少女は、父親の糸井コウジが運転する自動車の助手席で、目を回していた。


「うぇうぇえええっ……」

「ア、アヤ!しっかりしなさい!」


 車酔いである。普段は城南地区に住んでいる二人であったが、今日は何時間も車に揺られて隣県へと訪れていた。目的地はもうすぐのはずだが、アヤの限界ももうすぐらしい。


「なるべく遠くの景色を見て!深呼吸をするんだ!ほら、ヒッヒツ、フーッ!ヒッヒツ、フーッ!」

「お父さーん、それなんかちがうよー……うぇっぷ!」

「あー!あー!あー!」


 そんな苦労をしてまで二人がここまで来たのには理由がある。アヤにとっての、母方の祖母を訪ねるためだ。アヤの父である糸井コウジは心療内科医なのだが、アヤの夏休み中に自宅兼クリニックの改装をすることにしたのである。その話が母方の祖母、すなわちコウジからすれば妻の実家にあたる石坂家の方に伝わったらしい。


「なら、その間こっちに遊びに来ればいいじゃない」


 自分の実家とは疎遠になっているコウジにとって、それはまさに渡りに船だった。アヤも最初は楽しそうだった。


「おばあちゃんに会いに行くの!?わーい!」


 しかし現在、やむを得ず車を停め、道の脇で側溝を覗き込んでいるアヤはすっかり気持ちが沈んでいる。


「うー気持ち悪い~」

「大丈夫か、アヤ?」


 コウジがアヤの背中をさすっている。


「おばあちゃん家はもうすぐのはずなんだがなぁ。どうも細い道が多くて、わかりにくいよ」

「ここってすごい田舎だね。木と田んぼしか見えなかったよ?」


 それもアヤの気持ちを沈めている。バスに乗ればすぐにゲームセンターへ行ける城南地区とは、あまりに勝手がちがうように見えた。


「田舎にも楽しみはあるさ」


 とコウジ。


「空気が綺麗だから星もよく見えるし、川で遊ぶのも楽しいよ、きっと。それに、ほら、カブトムシを捕まえたりとか」

「虫きらい!」


 そう叫んだアヤが再び側溝を覗き込んだ時、一人の少女が声をかけてきた。


「あの……大丈夫ですか?」

「うん?」


 コウジが振り返る。そこにはアヤと同じくらいの背格好をした、ふわふわのロングヘアの少女が立っていた。


「ああ、僕たちは城南地区から来たところなんだけど、娘のアヤが車酔いしちゃってね……」

「うえ~っ!」


 少女は側溝に向かってそう吠える女の子が、その『娘のアヤ』だとすぐにわかった。


「なら、待ってて!」


 と少女が笑顔を向ける。


「えっ?」

「私のお父さんの薬局が近くにあるの!酔止めの薬と、冷たい麦茶を持ってきてあげるから!」


 あっけにとられるコウジを残して、少女は走り去ってしまった。だが、やがてすぐに少女が姿を現す。その手には水筒が握られていた。


「はい、アヤちゃん!」


 少女がアヤに、錠剤と冷たい麦茶を差し出す。


「これを飲めばすぐに元気になるよ!」

「うん、ありがとう」


 アヤはそれらをすぐに飲み干した。薬がすぐに効くはずもないが、爽やかな麦茶の香りのおかげで、それだけでも気分が良くなったらしい。


「おいしい!元気になったかも!」

「うふふ!よかった!」


「ところで、君……」

「私、石坂ユリっていいます」


 ユリがコウジにそう名乗る。そこでコウジは、まだ自分たちを自己紹介していない無礼に気がついた。


「僕は糸井コウジで、こっちはさっきも言った通り、娘のアヤだ」

「よろしくね、ユリちゃん!」


 アヤとユリはお互いにニッコリと笑った。


「ところで、僕たちは石坂カコさんのお宅に行こうとしているんだ。もしかして、ユリちゃんの親戚かい?」

「ああ、大叔母さんのところね!」


 ユリから聞いたところ、彼女は石坂カコの兄の孫にあたるそうだ。だから、石坂カコを大叔母さんと呼ぶのである。


「一緒に車に乗って、道案内してあげるよ!」

「えっ、さすがにそれは悪いよ……」

「いいのいいの、どうせ私の家からもそんなに離れてないから」


 というわけで、後部座席にユリを乗せたコウジは、彼女のナビに従って石坂カコ宅を目指すことになった。さらに彼女から話を聞くと、ユリもまたアヤと同じ小学校6年生だそうだ。さきほどのこともあるし、親戚でもある。自然、二人の少女はお互いに強い親しみをもった。


「ぐへへ、夏休み中はこのかわい子ちゃんと一緒なんだね」

「なんて言葉遣いをするんだ、アヤ。僕がこう言わないとアヤのセリフだってわからないぞ?」


「あはは……」


 ユリが困っているように笑う内に、石坂邸が間もなく見えてきた。典型的な、一戸建ての日本家屋である。コウジたちは庭に止めた車から降りた。


「おばちゃーん!」


 ユリが玄関でそう呼ぶと、すぐに一人の老婆が姿を現す。彼女こそがアヤの祖母である石坂カコだ。


「こんにちは、ユリちゃん。あら?」

「ご無沙汰しております、お義母さん」

「まあまあ、コウジさん!それにアヤちゃんも!いらっしゃい!」


 カコはコウジたちを快く受け入れた。そしてコウジから、道中でユリに助けられた話を聞くと、カコも嬉しそうにユリの頭をなでる。


「ありがとう、ユリちゃん。アヤちゃんは夏休みの間はここにいるから、いつでも遊びに来てちょうだいね」

「はーい!」


 ユリは夏休みの楽しみが増えて喜んだ。


「じゃあ、私がこの辺を案内してあげるよ!」

「うん!」


 アヤも楽しそうにうなずく。


「でも、アヤちゃん。私はちょっと家に寄ってくるから。待っていてね」

「わかった!」


 そう言い残すと、ユリは走り去ってしまった。コウジが残されたアヤの肩を叩く。


「それじゃあ、アヤ。ユリちゃんが戻って来るまでに僕たちの荷物を車から降ろしてだな……」

「あー……私まだ車酔いでふらふらするよ~」

「さっきユリちゃんのおかげで元気になったって言っていたじゃないか!」


 コウジは仕方なく、一人でせっせと車から荷物を降ろした。


 石坂ユリの家は、カコの家から歩いて数分ほどの距離である。市営の集合住宅であった。


「ただいまー」


 ユリはそう言いながら自宅に飛び込むや、自分の部屋から小さなカバンを持ち出す。再び家の外へ飛び出そうとしたユリは、廊下で上半身裸(トップレス)の女性と鉢合わせした。


「きゃっ!?」


 そう小さく悲鳴をあげたのは女の方だ。ユリが無言で女の顔を見上げていると、奥の部屋からパンツ一丁の男性が顔を出して女に言う。


「大丈夫だよ。それは俺の娘だ」


 そんな父親に、ユリが無表情で告げる。


「友だちと外で遊んでくるから」

「ああ、しばらくそうしてくるといい。気をつけてな」


 玄関から出たユリが感情の無い声でつぶやいた。


「また違う女の人になってる……」


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