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人間のクズにさようなら

 草木も眠る丑三つ時、という。つまり深夜だ。

 橙色のフード付き法衣で顔を隠した少女が、とあるアパートの一室に、合鍵で侵入する。彼女は閃光少女オウゴンサンデーだ。


 オウゴンサンデーが深夜にタソガレバウンサーが住んでいたアパートを訪ねたのは、誰もが眠っていれば、誰にも見られる心配がないからだ。正体を隠して活動する必要がある魔法少女の、当然の用心である。


 鍵の魔女タソガレバウンサーもまた正体を隠して、表向きは女性警察官として活動していた。彼女の名前は氷川シノブ。最強の閃光少女オウゴンサンデーの側近として、彼女がもたらしてくれた情報は重宝していた。


 だからこそ、彼女の死は惜しいとサンデーは思う。別の配下であった魔人、メグミノアーンバルと利害が衝突し、激闘の末亡くなったのは、日付で言えばつい昨日である。


 サンデーが氷川の部屋を訪れたのは、友人とも思っていたタソガレを偲ぶ気持ちも無いわけではないが、理由は別にある。情報だ。タソガレが調べていた魔法少女に関する情報を、警察や、あるいは別の魔法少女の手に渡らせるわけにはいかない。


「なんですかコレは……だらしがない」


 床に無造作に落ちている氷川の下着に足をとられたサンデーが思わずそうつぶやく。几帳面な彼女は手早くそれらを畳み、タンスに入れた。


「……ん?」


 すると、サンデーがタンスの隅に隠すように収納されたビデオテープを発見した。


「番号が書いてある……00、01、98、99?」


 こちらの世界から20年後の世界を生きる君たちには信じられないかもしれないが、かつて映像の記録は長い磁気テープをカセットに巻いた物が主流だったのだ。やがてそれは光ディスクへと代わっていき、さらにはデジタルストレージへの保存が主流になる。レンタルビデオ店に行くかわりにネットで映画をストリーミング視聴する時代が来るなど、サンデーには想像もつかなかったが、それは余談。


「0から99……こんなビデオテープが100本もどこかに隠されていると?」


 とはいえ、このビデオテープの正体を突き止めるのが先だ。氷川個人のホームビデオであれば、荷車一杯のカセットを引いて歩く必要は無いのだから。テレビの下に備えられた再生機器に『00』のビデオを挿入したサンデーは、再生された映像を見て驚いた。


「トコヤミサイレンス!?」


 画面に現れた黒い魔法少女。漆黒の包帯で形づくられたドレスに身を包み、獲物を氷の表情で見つめるその顔を見忘れるはずがない。画面のトコヤミサイレンスがつぶやく。


「あなたたちだけは絶対に許さない……!」


 そんなトコヤミの正面には、三人の少女たちがいた。黒いレインコートで全身を覆っているミステリアスな少女。虎柄ビキニで健康的な肌を晒し、両手に鉤爪を装備した長身の少女。そして、白黒のゴシックロリータ風ファッションの愛らしい少女。彼女たちはいずれも、右手に魔法少女の指輪がついている。


「私たちを許さない……ですって?ずいぶん、大きな口を叩くんだね。今まさに魔法少女に変身したての、新米の癖に」


 ゴスロリの女がそう口にした時、視聴者であるサンデーはハッとした。


(これはトコヤミサイレンスが初めて変身した時だ!)


 虎柄ビキニも一緒になって笑おうとする。


「は、はは!俺たちは三人!お前は一人!勝負にならねぇだろ!」


 そう口でこそ強気であるが、彼女の額から汗が流れ、体に震えが走る。いくら心でごまかそうとしても、体は知っているのだ。彼女たちの血が、神経が、そして細胞が、もう気づいている。


『我々はもう、生態系の頂点ではない』


 と。

 レインコートの少女がつぶやく。


「僕たちを殺すつもりなの?まるで暗闇姉妹気取りだね」

「そうだよ」

「えっ?」


 トコヤミの言葉にレインコートの少女が意表をつかれる。


「あなたたちのような人でなしの魔法少女を殺すのが暗闇姉妹だと聞いた。いつか暗闇姉妹が来てあなたたちを罰すると。でも、暗闇姉妹なんてこの世にはいない。天罰なんて待ってはいられない」


 そこでトコヤミは一度言葉を区切った。


「だったら、私がなればいい。私がこの世界でただ一人の……」


 トコヤミサイレンスに向かって、虎柄ビキニが飛びかかる。


「天罰代行、暗闇姉妹」

「ほざけーっ!!」


 両手の鉤爪が光り、トコヤミサイレンスがいた地面をえぐり取る。トコヤミはと言えば、斜めに歩いて虎柄ビキニの左側面に身をかわしていた。


「あがっ!?」


 トコヤミの右縦拳突きが頬に突き刺さる。次に膝を狙った蹴りで体勢を崩された虎柄ビキニは、さらに立て続けに拳のラッシュをお見舞いされた。


「調子にのるなっ!!」


 体勢を立て直した虎柄ビキニが両手の鉤爪を振り回す。だが、トコヤミはそれを見切ってかわし、ついでとばかりに振り切った虎柄ビキニの脇を拳で突いた。痛みで怯んで思わず手を下げると、顔へ縦拳が飛んでくる。顔を守ろうとすれば、脇腹を突かれるか、あるいは関節を蹴られた。反撃をしても、その倍の攻撃が虎柄ビキニを襲う。まるでトコヤミだけが二倍の速さで動いているようだった。


(なんでこいつには俺の攻撃が当たらねえんだよ!?)


 近接格闘で圧倒されている虎柄ビキニを見かねて、ゴスロリが叫ぶ。


「一度離れなさい!離れて!私の攻撃が当たるわ!」

「くそっ!」


 その指示に従い、バックステップで虎柄ビキニが距離を取ろうとする。だがその瞬間、虎柄ビキニの天地が逆転した。


(えっ?)


 気づいた時には、虎柄ビキニはトコヤミに投げられ、地面に叩きつけられていた。


「ぐあっ!?」


 投げられた際に、片腕を動かせないように極められてしまっている。倒れた虎柄ビキニになおも執拗に拳を浴びせるトコヤミ。その顔へ向けて、虎柄ビキニも下から片方の爪で反撃しようとする。


「てめぇ!このっ……うあっ!?」


 鉤爪が届く前に、虎柄ビキニはトコヤミによってうつ伏せに抑え込まれていた。トコヤミが片腕を抑え込んだまま、自分の体重を肘関節の一点に集中させる。


「ま……待て!待て!!まさか……!?」


 メキッという音が響き、虎柄ビキニが悲鳴をあげた。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 仲間の二人が戦慄している。ゴスロリがやっと口を開いた。


「ば、馬鹿な……嘘でしょ?腕の骨を躊躇なく折るなんて……まさか、本当に私たちを殺すつもりで……」

「さっきからそう言っているでしょ?」


 トコヤミが痛みで七転八倒する虎柄ビキニの側で立ち上がる。


「これが暗闇姉妹だよ。私はなんのためらいもなく、あなたたちを皆殺しにできる……!」


 トコヤミはそう口にすると、次はお前だとばかりにゴスロリの少女を睨んだ。


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