表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/346

沈む夕日を見つめた時

 魂で結ばれた紅蓮の三姉妹が、やがてセーフハウスのある幽霊ビルの屋上へと降り立つ。ひしめいていた警官たちはいつの間にか撤収し、彼女たちの束の間の交流を妨げる者は誰もいなかった。


「ありがとうございました、グレンバルキリー……いえ、モミジさん」


 トリガーが差し出す手を、バルキリーがそっと握り返す。


「カエデさん。アタシのことも、忘れないでいてくれますか?」

「もちろんです。あっ……」


 変身を解除したカエデが、その言葉に含まれている意味を察する。


「そうですか……モミジさんはもう、行かなければいけないのですね」

「はい。生きている人間には生きている人間の世界があるように、アタシもずっとここにいるわけには参りません」


 モミジからそう聞くまでもなく、アカネはその事を最初からわかっていたようだ。ビルの縁に腰かけたグレンバーンの背中は、夕焼け色に染まりながら、いじけているようだった。


「グレンバーン、しっかりしてください」


 バルキリーが、あえてその名前で姉を呼ぶ。


「あなたは人類の自由を守るために戦う閃光少女なんですよ?見てください。今あの地平線に沈んでいく夕日がアタシです。そして、明日登る朝日があなたで……ううん、そんな言葉が聞きたいわけではないのでしょうね」


 バルキリーはグレンの首に腕を回し、背中からその体を抱きしめた。


「ずっと一緒にいられなくて、ごめんなさい」

「……うん」


 グレンがバルキリーの右手を握る。


「アタシも、できることなら姉さんとずっと一緒にいたかった……さびしい……」

「そうね……その言葉が聞きたかった」


 グレンは思う。「辛いのは自分だけではない」という言葉は、他人から押し付けられるとこれほど腹が立つ言葉は無いが、自分の信念から生じる言葉としてなら、悪くないと。


「ありがとう。さようなら、モミジ」


 グレンが握っていた手を離した。握られていた赤い宝石の指輪が、今は黒い宝石の指輪に変わっている。トコヤミサイレンスの指輪だ。もちろん、その理由はグレンにもわかっていた。霊媒体質を持っているトコヤミサイレンス/村雨ツグミが、モミジの魂を受け入れて姿を変えていたということを。


「大丈夫?アカネちゃん」


 後ろから抱きついているトコヤミからは、グレンの表情は見えない。


「その……モミジさんさえ許してくれるならだけど、アカネちゃんが望むのなら、私はいつだってモミジさんに変わって」

「うふふ……バカね、ツグミちゃん」


 グレンが笑う。


「そんなことしたら、あなたの顔が見えなくなっちゃうじゃない」

「そっか」


 トコヤミサイレンスから変身を解除したツグミもまた、一緒になって笑った。


 そのやりとりをどこか眩しそうに見ていたカエデが、屋上の扉が開く音に反応して振り向く。中から姿を現したのは、西ジュンコであった。右腕は欠損したままだが、顔色はずっと良くなっているようだ。


「みんな、ご苦労だったねぇ」

「ジュンコさん!大丈夫ですか!」

「パチ子君のおかげで、なんとか命拾いしたようだ」


 その言葉通り、ジュンコの後ろからパチ子がひょっこり現れる。


「トーベのおっちゃんの薬はよく効くんやで」


 パチ子はそうやって、まるでコピー元である立花サクラのように、優秀な執事を自慢した。


「回復薬が間に合って良かったです!ありがとうございました!」

「礼には及ばんやで」


 パチ子がカエデにそう言って手を振る。


「相棒がメグミノアーンバルの野望を打ち砕いたんや。これくらいどうってこともないで」

()()?アタシが?」

「せやで」


 多少困惑するカエデの肩をパチ子がバンバン叩く。


「ワテらは同じルーツを持つ相棒!同じ志を持つ家族や!これからも一緒に悪と戦おうで!グレントリガー!」

「ええ……まあ……そういうことなら……よろしくお願いします」


 ジュンコは言った。


「サナエ君から連絡があったよ」


 その言葉に反応してツグミもジュンコのそばに集まる。


「無事だ。というより、間一髪でツグミ君の治療が間に合ったらしい。ところで、中でオトハ君も傷ついている。彼女も助けてやってくれないか?」


 無論、断る理由は無い。


 ベッドで寝ているオトハに回復魔法をかけたツグミは、顔に巻かれた包帯を優しく取ると、そっと彼女を呼んだ。


「オトハちゃん」

「……うん?」


 オトハが眩しそうに目をパシパシさせる。ツグミの顔を見て少し安心したようだが、すぐにシーツで顔を隠し、横を向いた。


「疲れた?」

「……うん」


 ツグミの問いかけに、オトハが短くそう答える。初恋の人物に化けられて襲われたことに、傷ついているのだ。ツグミの魔法はどんな怪我でも完璧に治すことができるが、心まで癒せるわけではない。

 そんなオトハのベッドに、ツグミがシーツをめくって潜り込む。


「あそべー」


 そう言いながらオトハの後頭部に顔を突っ込んだ。


「かまえー」

「ぎゃおー!」


 オトハがツグミの方へくるりと体を回した。


「食べちゃうぞー!」

「キャ~っ!ハハ!あ、痛っ!?」

「アウッ!?」


 揉み合っているうちにベッドから転がり落ちた二人を見て、ジュンコが呆れながら言った。


「君たちは何をしているんだい?まったく、病み上がりだというのに。ツグミ君、早く私の腕も治してくれたまえよ。不便でしょうがないからねぇ」

「あの、ハカセ」


 変身を解除したアカネがジュンコに話しかける。


「なんだい?」

「少し、話があるんです。その……腕が治ってからでいいですが」

「ふむ」


 その夜。

 ジュンコはメグミノアーンバルの殺害を依頼した人物から電話連絡を受けた。


「はい、たしかにメグミノアーンバルの死亡を確認しました。では、頼み料はそちらの指定口座に振り込んでおきましょう」


 電話の主が淡々とそう告げる。


「その頼み料のことなんだがねぇ……」


 とジュンコ。


「はい?一千万円を支払うと約束したはずですが、金額に不満でも?それならば、こちらとしては一千五百万円まで増額する用意はありますが」

「それもどうかな」

「では、そちらの希望はいくらなのですか?」

「10円」

「は?」


 依頼人が困惑する。


「そのかわり、9月になるまで私たちには手を出さないでほしいねぇ。我々にも時間が必要なのだよ。仲間との別れを偲ぶ時間が」

「……何か私について勘違いをなさっていませんか?手を出すとか、出さないとかそんな」

「それともう一つ」


 ジュンコが依頼人の言葉をさえぎる。


「グレンバーンからの伝言だ」

「グレンバーンから?」

「いわく……もしもアタシに用があるのなら、一対一サシで来なさい。アタシは逃げも隠れもしないわ!……だそうだ」

「ほう……グレンバーンがそんなことを。なかなか興味深い話を聞かせていただきました。私について語るべきことは何もありませんが、その言葉に免じて、私にできることであれば可能な限り、そちらの希望に沿うようにしましょう」

「そうしてくれると助かる」

「それと、頼み料の一千万円はたしかに振り込ませてもらいますよ。私は一度決めた事を変えるのが嫌いですので」

「ならば、好きにしたまえ」


 ジュンコとオウゴンサンデーは口元に笑みを浮かべながら、同時に通話を切った。


「とはいえ……」


 ジュンコが机に置かれた血液のサンプルに視線を移す。二つある。それぞれパチ子とカエデの分だ。念のために先ほどもう一度採血したばかりだが、以前行ったジュンコのシミュレーションが正しければ、


「残された時間は、長くても三日か……」


 ということになる。


「アカネ君には、また別れが待っているんだな」


 ジュンコはマグカップのコーヒーを飲みながら、その事に思いを馳せた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ