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交流会で手を握り潰す時

「準備できました!いつでもどうぞ!」


 屈強な東中学校運動部の面々が縦向きに並び、正面の一人が巨大な盾のごときラグビー用ミットを構えてそう叫ぶ。一人一人が前の人間の肩を掴んで、吹き飛ばされないように構えているのだ。


(30%くらいの力でいいかしら?)

「おらっ」


 そのミット目掛けてグレンバーンが側面蹴りをすると、運動部全員が1メートルほど後退し、尻もちをついた。


「えっと、大丈夫!?アタシこんな事したことないから加減がわからなくて……」

「はい!僕たちは大丈夫です!」

「すっげー!マジで強えー!」


 男児たちは楽しそうにお尻についた砂を払いながら起き上がる。

 こういうのは面白いかもしれない。


「では、まず俺がお手本を見せますから」


 野球部のピッチャーが高々と足を上げ、腕を振りかぶって投げた剛速球が、吸い寄せられるようにキャッチャーミットの中へ叩き込まれる。


「こうすればいいのね?」


 グレンバーンも見よう見まねでピッチャーの投球フォームをとり、こちらは文字通りの火の玉ストレートを、積まれたコンクリートブロックへ叩きこんだ。ブロックを粉砕しつつも勢いあまって転がった火球は、側で待機していて観光委員会の職員が消火器で鎮火する。


「初めてにしては上手ですよ」


 野球部ピッチャーのお墨付きをもらうのも、まんざらではない。


「わー!たかーい!」

「クララちゃーん!こっち向いてー!」


 グレンバーンに肩車をしてもらっている幼児の両親が、楽しそうにカメラで記念撮影をする。

 こういうのも、悪くはない。

 余談だが、低いアングルで撮ろうとすると、熱のせいでカメラが故障するようだ。


 最悪なのは握手会だ。


「グレンバーンさんって、付き合っている彼氏とかいるんですか?」

「はい?」

「ひっ!?」


 思わず手に力が入ってジュッという肉が焼けるような音がしたが、その男性の手には消えることのない生涯の思い出が刻まれたことだろう。


 もっと困るのはサイン会である。


(知らないわよ、そんなの!サインなんて描いたことないわよ!)


 観光委員会が山のようにサイン色紙を用意していたので、グレンバーンは逃げられない。


「ちょーかっけぇのおなしゃーす!」


 よりにもよって一人目は自分にウケていたガングロ女子高生だ。その物の言い方にもどこかカチンとくる。


「あれ?ペン持たないんスか?」

「カッコよく……でいいのよね?」


 グレンは人差し指を剣のように構えると、そのまま女子高生が手に持っていたサイン色紙を十文字に切り裂いた。


「えっ……」

「こういうのも、アタシらしくていいんじゃないかしら?」


 絶句する女子高生に向けてグレンはしたり顔でそう語る。グレンバーンとしては塩対応をしたつもりだったのだが、言葉も出なかった女子高生の目が、だんだんキラキラと輝いていく。


「うおーっ!すっげー!超きれーに切れてるし!神ファンサすぎっしょ推せるー!」

(え、えぇ……)


 結局この方法がウケてしまい、グレンは指が赤くなるほどサイン色紙を切り刻むことになった。少し後の話になるが、この女子高生は本当にグレンバーンのファンになったらしく、次の場所である西中学校にも移動してきたため、彼女から見つからないように、アカネは自身の移動にも気を使わなければならなかった。


「ところでみなさーん!事件について何かご存知でしょうかー?」


 トークショーでそう呼びかけてみても、返ってくるのは愚にもつかない噂ばかりであった。強いて言うならば、被害者の一人である田口ケンジ君は西中学校の生徒だが、彼には漫画を描く特技があり、そのファンは東中学校にも数名いたようだ。そして、彼らもまた行方不明となっている。


「こっちは全然ダメね。漫画なんて関係ないと思うわ。サナエさんの方はどう?」


 東中学校でのヒーローショーを終えたグレンことアカネは、無線機でサナエに連絡をしてみた。


「こちらもあまり収穫はありませんね。しかし気になることがあります」

「なに?」

「行方不明者の友人の一人が自宅で死亡しているのです。死因は心臓発作となっており、ワタシたちの追う犯人と関係があるのか今のところわかりませんが」

「口封じをされたとか?」

「情報が集まらないということは、それだけ周到に証拠を隠滅しているのかもしれません。次は西中学校へ行きますよね?後でワタシも向かいますから」


 アカネはそれを聞いて、とても大きなため息をついた。本日、二回目である。


 西中学校の方へ移動しても相変わらず握手会は最悪だった。


「グレンバーンさんのスリーサイズって何センチですか?」

「よく聞こえなかったけれど握力なら100キロを超えているわ」

「ひぎっ!?」


 しかし、体を使ったレクリエーションはまぁまぁ楽しめた。


「え!?ウソでしょ!?」


 グレンバーン一人対3年2組の綱引き対決はグレンバーンの負けだった。


「あははは!そりゃ僕たちの方が重いですから」

「もう一回よ!もう一回勝負しなさい!」


 しかし物理法則ばかりはグレンバーンにもどうすることもできなかった。そこで腕相撲でリベンジをする。


「ほらほら、もっと頑張りなさいよ」

「う、ぐぐぐ……!」


 柔道部の男子生徒が、もはや両手の力でグレンバーンの手を押すがビクともしない。


「俺たちも加勢するぞ!」


 そう言って他の柔道部員たちが二人の手に殺到するが、それでもグレンバーンの手はビクともしない。


「きゃっ!?」

「うわっ!?」


 ついに腕相撲に使っていた長机の方が耐えられなくなり、真っ二つに折れてしまった。


「……うふふ、あははははは!」


 バランスを崩してグラウンドに倒れていたグレンはまもなく大笑いした。同じく団子になって転がっていた柔道部員たちも笑った。観客たちも笑った。


 ヒーローショーの後半にサナエが合流してきた。何を思ったのか、黒い目出し帽に、同じく黒地にスケルトンが描かれた全身タイツ姿で現れた彼女は、グレンの前に立ちはだかって手をワキワキさせている。


「わはは!グレンバーンさん、もはや逃れることはできませんよー!」


 どうやら悪役のつもりらしい。


「……付けているのよね?」

「へ?」

「プロテクター……付けているのよねぇ……?」

「ぐ、グレンさん、顔が怖いですよ!?なんだかゴゴゴゴって擬音が聞こえてきそうな……」

「紅蓮バーニングキック!」

「グエーッ!!」

「わーっ!すごいなぁ!10メートルくらい飛んだんじゃないか?」


 観客たちにはウケたようだ。


「ところでみなさーん!事件について何かご存知でしょうかー?」


 またしてもグレンは呼びかけてみるが、反応がいまいちなのは東中学校での時と同じだ。


「そういえば、さきほどまでいた中学生たちがいませんね?」


 頭に氷のうを押しつけているサナエにそう言われて、やっとグレンはそのことに気づいた。


「そういえば……あ、あれ……?」


 見ると、男子たちが何か大きな画用紙を持ってやってきた。


「あの、これみんなで書いたんです。グレンバーンさん、良かったら持っていってください」


 グレンが受け取ると、それは寄せ書きだった。A3サイズの画用紙に、西中学校生徒たちからのメッセージが書かれている。美術の時間に使う画用紙を持ち出してきて、即席で作ったのだろう。応援のメッセージが書かれている。


「あ、ありがとう」


 グレンは、素直に感謝して受けとった。正直に言ってヒーローショーを行うのは恥ずかしかったが、こういうのをもらうのはなんだか嬉しい気がする。


「え、これって……」


 月並みな応援メッセージと共に書いてあるその言葉に、グレンは目を留めないわけにはいかなかった。


『田口君を家に帰してあげてください』


 それだけではなかった。


『田村君を見つけてください』

『関口君のお母さんが心配しています』


 他にも数名の名前が見える。


「菅井さん、これって……」

「ええ、そうです。行方不明になっている、彼らの同級生たちです」


 偽名で呼びかけられたサナエがそう教えた。男子たちがグレンに言う。


「俺たち、あんまり役に立てないかもしれないけれど……でも、もしも何か手伝えることがあったら、何でも言ってください」


 彼らの後ろでは同級生の女子たちも集まっている。グレンに話しかけることは遠慮しているようだったが、気持ちは同じなのだろう。


「……ありがとう。その気持だけで十分よ。わかったわ、田口君たちをさらった犯人は、ワタシが必ず倒すから」

(そして、せめて彼らの骨だけでも家族のもとへ……)


 そう言いかけたが、あまりにもそれは悲しい。口にできなかった。深刻な顔をしていると、いつの間にか例のガングロ女子高生が側に寄り、グレンを肘でつついた。


「こりゃあ気合入れるしかないっしょ!」


 なんとなくその明るさに救われた気がしたグレンは笑顔になって応える。


「そうね!アタシ、頑張るわ!」


「じゃあ、最後に決めポーズをとってくださいよ!」

「はぁ!?」


 なにやら高そうなカメラを構える男子にそう言われ、グレンは思わず素が出る。


「無いわよ!そんなの!」


 男子中学生たちはグレンに対して遠慮が無かったが、グレンもまた彼らに対する遠慮が消えていったようだ。


「今から考えたらどうです?」


 サナエからのお節介にグレンは青筋を立てるが、不承不承ポーズをとる。


「言っとくけど、スマイルは別料金よ!」


 左手を腰にあて、何かを目指すように右手の人差し指をまっすぐ前に伸ばしたグレンバーンの姿を、カメラがシャッターに収めた。


「さて、夕方4時から始まった交流会も、はや1時間!お別れの時間が近づいてきましたね。それではみなさん、もう一度盛大な拍手をお願いします!閃光少女のグレンバーンさんでした!」


 観光委員会の女性職員がマイクで高らかに宣言すると、西中学校の校庭は割れるような拍手に包まれる。それを聞いたグレンは手を振って応えると、高々と跳躍して校舎の裏へ飛び降りた。もしも誰かが追いかけてきても、もう彼女の姿を見つけることはできないだろう。すでに変身を解除し、学校の敷地外へ飛び出した後だから。


「お待たせ、サナエさん!」

「いえいえ」


 サナエは交流会という名のヒーローショーが終わる少し前に、群衆にまじって校外へ抜け出していた。二人そろってサナエのバイクにまたがる。


「それでは、被害者田口ケンジ君のおじいさん、田口トモゾウさんのところへ行きましょう。その方が今回の依頼人です」


 彼の自宅は村の外れにある。しかし、バイクに乗っていけばすぐに着くだろう。


「うん?」

「どうしましたアカネさん?」


 バイクに乗った時、何か違和感をおぼえたのだ。しかし、その正体はわからなかった。


「ごめん、きっと気のせいだわ」


 二人を乗せたバイクはその場を後にした。


 西中学校では観光委員会の職員らが催し物の片付けを始めていた。集まった中学生たちも、楽しそうに今日のできごとを話しながら帰路へつく。「ちょーやばくてー」と携帯電話に向けて口を開いているのはガングロの女子高生だ。そんな中、一人の女子中学生が校庭でずっとたたずんでいた。メガネをかけた三つ編みの少女が、沈痛な面持ちをしながら胸中でつぶやく。


(グレンバーンさんに……渡すことができなかった……)


 彼女は、一冊のノートを抱きしめるようにして持っていた。


(どうしても、渡せなかった。アイツは、今も私たちを監視しているんだ……だけど……)


 ノートを握る手に力が入る。


(間違いない!グレンバーンさん!あの力なら!あの人なら、アイツを倒すことができる!山に潜んでいる、悪魔のようなアイツを!なんとしても……これを見てもらわなければ……!)


 そう決意を固めた少女もまた、走って学校を後にした。


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