自分の意思を持った時
グレンバーンとアンコクインファナルの方は、一進一退の攻防を続けていた。かつてオリジナルのインファナルを圧倒した炎のヌンチャクによる連撃も、再生インファナルには有効な攻撃とは言えなかった。
「しつこい!!」
グレンが苛立ちを隠せなくなる。そんな彼女の後ろから、グレンバルキリーが声をかけた。
「手こずっているようですね。手を貸しましょう」
「?」
グレンの後ろからインファナルに向かって、棘のついた袋のような物が飛んだ。内蔵のような袋がインファナルの顔を覆うが、振り返ったグレンが、まさにそれが内蔵であったことを悟った。
「いーっ!?」
「ひぎゃあああああ!!」
投擲フォームで止まっているバルキリーの足元で、蜂怪人が一匹、痛みでのたうち回っていた。見ると、昆虫としてのおしり(昆虫ならば厳密には『おなか』だが)がえぐれていた。蜂怪人はそこから出す針から酸を射出する。その器官を、グレンバルキリーが無理やり引き抜いてインファナルに投げつけたのである。
「姉さん!そんな顔をしている場合ではありません!早く!この蜂が死んでしまう前に!」
「わかったわ!」
グレンはバルキリーが何を意図して蜂怪人の内蔵をインファナルに投げつけたのかを理解した。グレンが素早く炎のヌンチャクを振り回す。
「おらあっ!!」
グレンがその勢いのままヌンチャクを手放す。ブーメランのように飛んでいたヌンチャクが、インファナルに覆いかぶさった蜂怪人の内蔵を引き裂いた。
「アアアアッ!?」
噴出した酸によってインファナルの頭が溶けていく。アーンバルによって強化された外骨格もグツグツと沸騰し、今やただの発泡スチロールのようだ。
「おおおおおおおっ!!」
グレンがインファナルめがけて跳躍する。その右肘の先に、グレンが『牙』と名付けた、鋭い炎の結界が生成される。大きく伸びたその『牙』は、もはや曲刀のようだった。
「大・切・断!!」
グレンが真上から唐竹割りのごとく肘を打ち下ろし、インファナルの顔を割る。インファナルはそれでもなお、ただ一人の名前を口にし続けていた。
「グレンバーン!!……グレン……バ…………!!」
着地したグレンが胸の前に拳を握りしめ、そっとつぶやいた。
「前に戦ったあんたとは別人なんでしょうけれども……安らかに眠りなさい。もう、こっちに戻ってくるんじゃないわよ」
グレンがくるりと背を向けて歩き出す。やがてインファナルもまた、他のアーンバルの創造物同様、泡となって消えていった。
その戦いと並行して、グレントリガーとメグミノアーンバルの睨み合いも続いていた。アーンバルが再び「カエデ」と呼びかける。
「人並みの命を与える……と言っても、あなたは私になびかないのでしょうね」
「はい」
トリガーは、すでに覚悟を決めている。取引は無意味だった。
「私を殺すの?」
「そのつもりです」
「私たち、家族なのに」
「あなたの事を叔母だと思っていました」
「ちがう!あなたの母親よ!」
そう言ってアーンバルが自分の手を胸に当てる。
「あなた、母親である私を殺すつもりなの!?それって、とんでもないタブーじゃないの!?親殺しだなんて!!」
「…………」
トリガーの構えが除々に下がっていく。カエデの良心に訴える方法は効果的だった。なぜならば、他ならぬアーンバルがそのようにカエデを造ったからである。
「ねえ、カエデ。いろいろあったけれど、私たち、やりなおせないかしら?ううん、きっとやりなおせるわよ!一緒に逃げてちょうだい。あなたの飛行能力なら、私と一緒に必ず……」
「母さん」
「えっ、なに?」
アーンバルが言葉を詰まらせる。
「私のこと、お母さんって呼んでくれたの?」
「母さん……」
「カエデ!」
アーンバルが思わずトリガーに近づく。
「アタシのこと、愛しているって言ってくれますか?」
「えっ……」
アーンバルの足が止まった。お互いに沈黙が続く。やがて、先に動いたのはアーンバルの方だった。
「カエデええええっ!!」
右手に挟まれた毒針をアーンバルが投げつけるより、左手をピストルのように向け、そこから光弾を放つトリガーの動きの方が早かった。アーンバルが毒針を落とし、光弾に貫かれた右手を押さえる。
「うっ!?」
「娘とは、母親の便利なあやつり人形ではありません……!」
トリガーが合掌するようにして両手を前に伸ばし、そこから右手だけ弓を引くように後ろへ動かす。左右の手をつなぐように伸びた光は、まるで矢のようであった。
「ま、待って!待ちなさい!」
「いやーっ!!」
トリガーが右拳を突き出すと、射出された光の矢がアーンバルを撃った。
「あああああああああああっ!?」
吹き飛ばされたアーンバルが船室の壁を貫通し、燃える船内に消えたのを見届けたトリガーが残念そうにつぶやいた。
「せめて、娘と思うなら『愛している』と言ってくれたらよかったのに……」
嘘と虚構で塗り固めていたメグミノアーンバルも「愛している」という言葉だけには誠実だった。グレントリガー/北島カエデがそのことに気づいたのは、戦いが終わってしばらく経ってからのことである。