武者狩りの時
グレンバルキリーのロングソードがメグミノアーンバルの強化服を打つと、そこから激しく火花が散った。しかし、断ち切るまではいかない。
「効かないわねぇ!」
「くっ……!」
お返しとばかりにアーンバルのパイルバンカーが唸りを上げる。高速で射出された杭が、掠っただけだというのにバルキリーの左肩の鎧を割った。
「せっかく蘇ってくれたところ恐縮だけど、すぐにあの世に帰ってもらうわぁん!」
「そう簡単にはいきませんよ!」
再生アンコクインファナルの方は、相変わらずうわ言のように一つの名前を口にし続けている。
「グレンバーン……!グレンバーン……!!」
「例え何度生き返ろうと……」
グレンバーンがインファナルの前に立ちはだかった。
「あんたを必ず地獄に落としてやるわ!」
グレンが即座に必殺の火球をぶつける。だが、爆発した火球をものともせず、インファナルはグレンに迫った。
「何なんだぁ、今のは?」
「ちっ!アーンバルの奴、インファナルの体を硬く造った上に、炎への耐性まで付与したのね!だけど……」
グレンバーンが二本の棒を取り出す。棒は間もなく赤熱し、炎の鎖で繋がれてヌンチャクとなった。グレンがそれを、カンフー映画のスターのように振り回し、そして構えた。
「まるで負ける気がしないわ!」
そんなグレンの背後を蜂怪人が狙う。しかし、噴射された酸の弾は、トリガーが展開した結界によって防がれた。
「はっ!」
すかさずトリガーが回転ノコギリのような結界を蜂怪人に飛ばす。しかし、避けられてしまった。蜂怪人が仲間たちに檄を飛ばす。
「あいつの結界の動きは意外と単純だぞ!8の字軌道で飛んで的を絞らせるな!」
「アタシが単純……ちょっと気にしていることなのに……!」
青一色だったトリガーのドレスが、右半分のみ赤色へと変わった。フォームチェンジによって、グレンバーンとアケボノオーシャンの能力を積算する。それがグレントリガーの真骨頂だ。右手の指先をそろえて伸ばし、左手でそれを支える。トリガーが指先に魔力を集中させると、そこから放たれた光波熱線が蜂怪人の胴をつらぬいた。
「うわあっ!?」
ポップコーンのように破裂した蜂怪人が泡となって空中で霧散する。高速で飛ぶ光線は結界カッターと違って避けられはしなかったが、トリガーはすぐに問題点に気がついた。
「これではキリがありません!」
プチプチと一匹ずつ潰していっても、蜂怪人は次から次へと湧いてくるようだった。
そのすぐ横では、アーンバルがバルキリーを追い詰めようとしている。
「ほらほらほら~っ!」
「…………」
パイルバンカーによる猛攻に、バルキリーは剣で応戦しつつも後退していく。船室の壁際まで追い詰めたアーンバルは、勝利を確信してその目を光らせた。
「終わりよ!死ねぇ!」
「甘い!」
「あっ!?」
バルキリーの甲冑が、内側から弾け飛んだ。いわば猫だましをくらう格好になったアーンバルの背後を、鎧が脱げて身軽なドレス姿になったバルキリーが奪う。
「こいつ!?」
アーンバルがすぐさま振り向こうとするが、その左腕がついてこない。
「あっ?」
パイルバンカーの杭はバルキリーの甲冑ごと黒船の壁を貫き、そのまま抜けなくなっていたのだ。
「策を弄する者はえてして……」
バルキリーがロングソードの、刃を両手で握った。剣の上下を逆転させたのだ。そしてそのまま横に大きく振りかぶる。
「自分は戦い慣れていないものです!」
ロングソードの鍔は棒状になっており、先端はまるでハンマーのようだ。バルキリーの腕力で叩きつけられた棒鍔が、アーンバルのヘルメット右目部分を叩き割った。
「うっ!?」
「鎧武者を倒すにはこの手に限ります」
バルキリーはそう口にしながら、今度は右手で柄を握り、左手で切っ先から30cmほどの所を握る。まるで短い槍のようにロングソードを構えたバルキリーは、その切っ先をそのままアーンバルの割れたヘルメット右目部分に突きこんだ。
「ぎゃああああ!!」
アーンバルの悲鳴を聞いた蜂怪人が、今度はバルキリーを狙う。
「あいつがママを!」
「生かしてはおけん!」
「うわっ!?なんだ!?」
赤い板状の結界が無数に飛び、蜂怪人の群れを包囲した。無論、トリガーの仕業だ。といって、その結界は蜂怪人を直接攻撃するつもりで飛ばしたわけではないらしく。ただ、空中に規則正しく並んで浮かんでいる。
当のトリガーは、それを見上げながら、今度は両手の先に魔力を集中させていた。
「一体何を!?」
「おい、これって……」
一匹の蜂怪人が注意深く板状の結界を覗き込む。
「鏡になっていないか?」
何のためにそんな結界をトリガーが飛ばしたのか、蜂怪人たちはその身で思い知ることになった。
「はああああっ!!」
トリガーが両手の先から、二方向に向けて光波熱戦を放つ。二つの光波熱線は手近な蜂怪人を爆散させながら、空中に浮いた板状の結界により反射する。光線が次々と跳ね返りながら射線上にいる蜂怪人を葬っていった。
「なにいいいいっ!?」
蜂怪人の軍勢は壊滅的な被害を受けて散り散りとなる。即死した者はまだ幸いだ。傷を追って飛行できなくなった者は、海に落ちて溺れ死ぬか、燃える甲板に不時着するしかない。そして、幸いにも無傷で済んだ者は、早々にメグミノアーンバルを見捨てることに決めたようだ。敵に背中を向けて必死に逃げる蜂怪人の背中を目で追いながら、トリガーが軽蔑の気持ちを込めて口にする。
「馬鹿な真似を……戦わずに逃げた先に、掴み取れる幸福などはありません」
トリガーはそんな背中を後ろから撃とうと構えるが、やめた。気が進まない。なにより、まずはアーンバルたちを始末する方が先だった。所詮、蜂怪人たちもトリガーと同じように、10日間の寿命しかないのだから。
我が子に見捨てられたアーンバルの左腕からパイルバンカーが外れる。千鳥足でよろめきながら、アーンバルがヘルメット脱ぎ、乱暴にバルキリーに投げつけた。
「あ、痛い!」
「何が痛いよ!!私の右目を潰しておきながら、よくも……!!」
アーンバルが右目を抑えながら、恨めしそうに唸る。そんなアーンバルに、バルキリーがロングソードを鞘に収めながら背中を向けた。
「なんのつもり!?どこへ行くつもりよ!?勝負はまだ……!」
バルキリーと入れ違いになるように、トリガーがアーンバルに向けて歩いてきた。そして二人は、交代とばかりにタッチを交わす。バルキリーはこう思ったのだ。
(グレントリガーにも、アーンバルに一太刀浴びせる権利があるでしょう)
「カエデ……」
アーンバルがあえてその名前をつぶやいても、トリガーはただ静かに構えるだけだった。