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ストライカーズ1853

 空船そらふね

 グレンバーンが勝手にそう名付けたアーンバルの空中要塞は、夢で見た通り蜂たちの巣窟になっていた。よって、船の周囲を警戒していた蜂怪人にグレンとトリガーが捕捉されると、文字通り蜂の巣をつついた騒ぎとなる。


「蜂たちの集団がこちらに来ます!」

「トリガーは結界の操縦に集中して!アタシが迎撃するわ!」


 そう言うグレンの右手に、野球ボール大の火球が生じる。


「おらあっ!!」


 グレンが振りかぶって投げつけた。かつて野球部エースから直伝されたピッチングの技術はグレンの中で生き続けていた。火の玉ストレートが蜂怪人の胸を貫き、空の海へと墜落させる。


 逆に、グレンたちを狙う蜂怪人たちの酸の弾は、トリガーが自分たちの乗る結界を巧みに操って避けて行った。その最中にも、グレンの火の玉ストレートが蜂怪人を撃墜していった。


「あ……あれっ!?」


 グレンの足が結界からふわりと浮かぶ。トリガーが振り向いた時には、グレンの体が上向きに落下を始めていた。


「グレン!」

「大丈夫!」


 グレンバーンがそう応える。どうやら、空船そらふねに近づいたことで重力の上下が逆転したようだ。


「だったら、このまま落ちるだけよ!トリガーもついて来なさい!」

「わかりました!」


 グレンバーンの体が逆転した重力に引かれ、徐々に速度を増していく。蜂怪人たちはそれを好機ととらえた。


「今だ!奴はこれから落下しかできなくなる!狙うぞ!」


 蜂怪人たちは一斉に、グレンバーンへ向けて酸を放つ。それに対して、グレンは体を炎で包み、赤い火の玉のような姿に変わった。対決の結果は、次の蜂怪人のセリフが物語る通りであった。


「奴の体に酸が届く前に蒸発するぞ!?」

「うおおおおおおお!!」


 グレンを包む炎が形を変え、巨大な火の鳥へと変わる。グレンとぶつかった蜂怪人はもちろん、その翼が掠った者さえ、体が焼けて悲鳴をあげながら墜落した。


「ぎゃあああああ!?」

「くそっ!……もう一人はどこに行った!?」


 そう叫んだ蜂怪人の首がスッパリと切断されて落下する。回転ノコギリのように激しくスピンする星型の結界が、獲物を求めてさらに飛び、別の蜂怪人の頭に突き刺さった。自分の最期を悟った蜂怪人が、結界に乗って飛んでくるグレントリガーに呪詛の言葉を吐く。


「ナンバー822……!我々を裏切るのか……!」

「アタシは、そんな番号ではありません!今のアタシは……閃光少女、グレントリガー!」

「裏切り者が、ほざくなぁ!!死ねぇ!!」


 悪あがきの突進を仕掛けてきた蜂怪人に、トリガーは再び星型の結界を投げつけてトドメをさした。墜落しながら泡となって消えていく同胞は、未来の自分自身なのか?


(アタシもいずれはあのように……でも、今はやらなければならない事がある!)


 トリガーの周囲に無数の結界が浮かび上がる。グレンバーンが仕留めきれなかった蜂怪人たちへ向けて、一斉に回転ノコギリのような結界を放った。


「行けーっ!!」


 そんなトリガーの叫びに応えるように、結界は次々と蜂怪人を斬首していく。


「トリガー!!トリガー!!」


 グレンの叫びを聞いて、トリガーが視線を落とした。見ると、火の鳥になったグレンバーンが、そのまま海に落ちそうになっているではないか。


「今行きます!」


 トリガーがグレンに狙いをさだめ、足元の結界を強く蹴る。ロケットのように飛んでいくグレントリガーもまた同じ炎の魔法少女である以上、グレンの火の鳥に近づいても平気だ。空中でグレンをキャッチしたトリガーが、再び足元に結界を発生させた時には、二人は海面スレスレまで近づいていた。トリガーはサーフィンでもするように結界を操る。先ほどの回転ノコギリ結界で首を失った蜂怪人たちが次々に海へ落ちるのを右に左に避けながら、やがてトリガーはグレンをお姫様抱っこしたまま空船そらふねの甲板に飛び移った。


「…………」

「…………」

「……ねぇ、早く下ろしなさいよ!なにちょっと得意そうな顔をしているのよ!」

「え……ええ、そうですね!」


 トリガーは少し名残惜しそうに、お姫様抱っこをしていたグレンバーンを甲板へと下ろした。


「空の敵はあらかた片付いたかしら?」


 グレンがそう言いながら見上げると、城南地区のビル群が天から伸びていた。重力が上下逆転しているせいで、その光景には違和感しかない。


「グレン!今度は船の中から敵が!」


 トリガーの呼びかけに反応して、グレンが視線を戻す。甲板の両脇から、四足歩行で歩く、鈍重な重甲蜂怪人の群れが迫ってきていた。グレンとトリガーが背中合わせになってそれぞれの向きに構える。


「トリガー!強火玉つよびだまを撃つわよ!」

「あ、はい?ツヨビダマ?」

「アタシが撃つ必殺技よ!ほら、でかい火の玉投げるやつ!」

「あ、ああ!あれってそんな名前だったのですか。いや、もっと他に良いネーミングはなかったのですか?」

「う、うるさいわねぇ!わかりやすい方がいいのよ、こういうのは!」


 トリガーのドレスが、今度は赤一色へと変わる。


「「はああぁぁぁ」」


 ダブルグレンが気合を入れると、彼女たちの背中に6本の細い羽が伸び、羽の先をなぞるように丸い日輪が浮かぶ。そして、両腕を天地に向け、大きく円を描くように回しながら、その中心に生まれた小さな太陽のごとき炎の球を手にした。


「「おらあああっ!!」」


 二人のグレンが、それぞれの視線の先にいる重甲蜂怪人へ向けて、炎の球をドッジボールのように投げつけた。直撃した重甲蜂怪人が爆発四散する。近くにいた別の個体もまた吹き飛び、海に落ちてしまった者は、その重量ゆえにブクブクと泡を吹きながら沈むしかなかった。だが、敵はまだ多い。


「トリガー!まだへこたれてなんていないわよね!?」

「グレンこそ!さっきから魔法を使いすぎて息切れしていませんか!?」

「見損なわないでよね!戦いの経験は、あなたよりずっと上だわ!負けてられないのよ!」

「アタシも……あなたと一緒なら、誰にも負ける気がしません!いいえ!負けるはずがありません!」

「さあ!次、行くわよ!」


 グレンが再び、必殺の強火玉つよびだまを撃つ準備をする。すると、どこからか笛の音色が聞こえてきた。


「おらあああっ!!」


 ボーリングのピンでも倒すように、グレンの視線の先にいた重甲蜂怪人たちが、強火玉つよびだまで爆発して弾け飛ぶ。それに対し、トリガー側にいる重甲蜂怪人たちは健在だ。グレンがその事に気づいたのは、同時に、トリガーが頭を抱えてうずくまっているのを見た時でもあった。


「トリガー!?トリガー!!しっかりしなさい!どうしたのよ!?」

「この音……が…………!?」

「この音!?この笛の音が、何か良くない影響をあなたに与えているの!?」


 グレンが慌てて首を振り、笛の音がどこから生じているのか探ろうとする。そして、やがてグレンはゆっくりと、視線を上に向けた。


「なん……ですって!?」


 ダブルグレンがいる船よりも高く、そこには、もう一隻の空船そらふねが浮かんでいた。グレンたちがいる古めかしい帆船とは異なり、船体に鉄張りがされ、蒸気船の形をしている。


黒船くろふね……」


 グレンがとっさにそう命名する。


「船は二隻あったのか!!」


 ショックを受けているグレンバーンと、黒船の舳先へさきに立ち、フルートのような長い横笛を演奏するメグミノアーンバルの視線がぶつかった。


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