空船に攻め入る時
アカネはジュンコを、先ほどまで自分が寝ていたベッドまで運んだ。そっとジュンコの体に布団をかけたアカネに、カエデが心配そうに尋ねる。
「死んでしまったわけではないですよね?」
「……大丈夫、眠っているだけよ」
アカネはわざとそう言った。ジュンコは本来、睡眠を必要としない。よって、厳密には気を失っていると言った方が正確だが、カエデにこれ以上心配をかけたくはなかった。
「ジュンコさん、悪魔なのですよね?」
「そうよ」
「こんなに情に厚い悪魔がいるなんて、知りませんでした。アタシのことも、ずっと励ましてくれて……」
「そうね……アタシだって、今までこんな悪魔に会ったことは無いわ。ううん、きっと『悪魔』と人間が呼ぶのは勝手な理屈なのよ。ただ、私たちとは違う生命体がいて、急に出会ったから戦いになってしまったけれど……ゆっくりと時間をかけてわかり合えば、共存できる存在だったのかも……」
「閃光少女は急ぎ過ぎましたか?」
「そうかもしれない。もしかしたら魔女の方が正しいかもなんて、思う日が来るなんてね……結局、閃光少女だから正しいなんてことはなかった。アタシが暗闇姉妹になって、人間なのに悪魔のような事をしている魔法少女を見てきたから、余計にそう思うわ」
カエデはしばし瞑目し、やがてつぶやく。
「アタシは、人間でありたいと思います。だから、メグミノアーンバルを止めなければ……!」
カエデが目を開いてアカネに尋ねた。
「アーンバルの居場所、わかるんですよね?」
「ええ……今は恵にいないとすれば、考えられる所は一つしかないわ!行きましょう!アタシたち二人で、奴を倒すのよ!」
そう叫ぶや、アカネの体が炎に包まれていく。閃光少女グレンバーンに変身しつつも、先にメグミノアーンバルを追っていた二人の仲間の安否が気になった。
(こんな事を考えるのは本当の氷川さんには悪いけれど、できればサナエさんは無事でいてほしい……それに、ツグミちゃん。今、どこにいるのかしら?)
村雨ツグミ/トコヤミサイレンスは引き続き恵に居た。二階の一番奥。北島ミツコの部屋である。つい先ほどまでジュウタロウたちが立てこもっていた部屋だ。重甲蜂怪人の侵入を阻むためのバリケードのために利用していた本棚を、トコヤミは元の場所に戻した。そして、何かを懐から出す。
多目的ゴーグルである。時には熱探知に、時には暗視装置としても使うそのゴーグルには、スイギンスパーダが見ていた映像が残されていた。それもまた、スパーダがツグミたちに残しておいた手がかりである。
トコヤミが無言でゴーグルを付け、映像を再生する。それには、メグミノアーンバルが映っていた。どういうわけか、本棚に収まった書籍の場所を入れ替えている。やがて、その意味をトコヤミも理解した。最後に『鏡の国のアリス』を所定の場所に置いたアーンバルが、壁にかかった姿見に吸い込まれていく。どうやら、それが転送装置になっているようだ。やがて、一人称視点の主であるスパーダもまた鏡に近づく……映像がそこで途切れた。
トコヤミサイレンスは無言で、スパーダが残した映像の通りに、本棚に書籍を収めていった。そんな彼女の耳に、誰かの声がこだまする。
『助けて……助けてぇ……!』
死者の声である。それが聞こえるのは、トコヤミにとってはいつもの事であった。魔法少女になったせいなのか、あるいは元々霊媒体質があったのか。ツグミにはいつも、怨みを残して死んでいった者たちの声が聞こえるのである。
『どうしてじゃ……!?なんでわしらがこんな目に……!?』
『やめてくれ!シンジ!シンジ!わしのことがわからんのか!?』
『痛い!ああ……お腹が……』
『誰か……わしらの怨みを…………この怨みを…………!』
メグミノアーンバルが何をしたのかも、わかってくる。この声が聞こえる限り、ツグミの怒りが収まることはない。
(晴らすから……殺された、あなたたちの怨みは、私たちが……!)
トコヤミサイレンスは最後に『鏡の国のアリス』を所定の場所に置いた。そして、壁にかかった姿見へと近づく。そっと鏡に手を近づけると、強い引力を指先に感じた。そのまま飛び込めば、トコヤミをアーンバルがいるところまで瞬間移動させるのだろう。
だが、トコヤミは手を引っ込めて振り返った。彼女の背後に、銀色のもやのようなものが立っていたからだ。
「ついてこなくてもいいて、言ったよね?迷わず逝ってほしいって、伝えたのに……」
トコヤミサイレンスは最初、それをタソガレバウンサーの霊だと思ったのだ。だが、どうやら違うらしい。やがて、その正体に気づいたトコヤミは、信じられないとばかりにポカンと口をあけた。
幽霊ビルの屋上。
時刻は間もなく午後4時になろうとしている。アケボノオーシャンの姿をした誘拐犯が、北島カエデの身代金の受け渡しに指定した時刻だ。城南署特別捜査課の田中警部補と他数名の刑事たちが、今か今かとオーシャンが現れるのを待ち構えていた。
「テレビ局ではまんまと逃げられたが……今度こそ捕まえてやるぞ、アケボノオーシャン……!」
「あの……誘拐犯はアケボノオーシャンの偽物では?」
「うるさい!魔法少女など存在しない!よって、魔法少女の偽物なども存在しない!ただのコスプレ誘拐犯に情けなど無用だ!」
田中は無線機越しに、そうやって若い刑事を叱りつけた。なぜ無線機越しなのか?というのも、遮蔽物の無いビルの屋上に、複数人の刑事が隠れるスペースなど無い。彼らは田中の思いつきにより、それぞれ人間一人が入れるほどの大きさの、段ボール箱を被って隠れることになった。おかげで会話も無線機が無ければままならないのだが、そのくせ他の刑事が「なんて無能な作戦なんだ……」とつぶやこうものなら、耳ざとい田中がすぐさま無線機越しに怒鳴ってくる始末だった。
「おい!集中しろ!間もなく4時になるぞ!……あっ!?」
北島カエデと、閃光少女のグレンバーンが屋上のドアを開いて現れた。部外者である田中たちは、無論彼女たちが存在しないはずの13階に居たことなど知らない。
「あれはいつもアケボノオーシャンと一緒にいるグレンバーン……なるほど、どうやらあいつも共犯というわけか!」
「あの、田中警部補。もしかしてグレンバーンが北島カエデを救出したから一緒にいるのでは?」
「うるさい!やましいことなど無ければ、誰が魔法少女のコスプレなんかするものか!」
グレンバーンとカエデが、何やら話をしながらビルの縁まで歩いていく。やがて、刑事一同が「あっ!?」と驚いた。カエデがビルから飛び降りたからだ。
「見たか!?グレンバーンが少女をビルから突き落としたぞ!!」
「えっ!?いや……どう見ても、あの少女が自分から飛び降りたように見えましたが……」
「確保ーっ!!現行犯逮捕だーっ!!」
田中が被っていた段ボール箱をかなぐり捨て、グレンバーンに向かって走る。他の刑事たちも渋々それに従って後に続く最中、グレンバーンもまたビルから飛び降りた。
「えっ!?」
これにはさすがの田中も青ざめる。だが、やがて二人の魔法少女が、星の形をした結界に乗って下から登ってきた。一人はグレンバーンである。そして、もう一人。全身が青色のドレスに包まれたグレントリガーを知っている刑事は、誰一人いなかった。
「くそっ!また新手のコスプレテロリストか!?」
ダブルグレンは、屋上に集まっている刑事たちを気にもとめない。二人の少女がどんどん上へと登っていくのに、それでも魔法を認めようとしない田中が拳銃を向けながら叫んだ。
「止まれーっ!!止まらんと、撃つぞーっ!!」
ここで初めてグレンバーンが田中を見下ろした。その顔には、氷のような表情が貼りついている。そして、無言で田中を睨みつける顔には、まちがいなくこう書いてあった。
『アタシたちの邪魔をするなら、殺すわよ?』
「ひっ!?」
小さく悲鳴を上げた田中の手から、思わず拳銃が落下する。
「あっ!あっ!俺の銃!」
田中の拳銃はカツンカツンとバウンドし、やがてビルの縁から落下する。それをキャッチしようとした田中の重心もまた、屋上の面積からはみ出した。
「うわーっ!?」
「た、田中警部補が!?」
「バカが落ちるぞ!!」
周りの刑事たちが殺到し、なんとか田中をビルの屋上へ戻す。それを意に介さないで、一人の若い刑事が天を仰ぎ、羨望の眼差しをグレンバーンに向けていた。
「やっぱり、カッコいいなぁ……」
アケボノオーシャンと同じ能力が使えるようにフォームチェンジしたグレントリガーが、自分たちが乗る結界の高度をどんどん上げていく。
「いいわよ!それから、東へまっすぐ!」
「グレンバーン、本当にこの先にあるのですか?」
「ええ、そうよ!まったく、メグミノアーンバル……得意になって自分の手札までアタシに開陳してちゃあ世話がないわね」
おそらくは、近づくまでは見えないように認識阻害魔法が働いていたのだろう。やがて空を飛ぶグレンたちの目に飛び込んできたのは、天に波打つ海。そして、その海に逆さに浮かぶ、巨大な船であった。古めかしい帆船の形をしたそれは、アカネが夢で見た通りの位置に浮かんでいたのだ。
「こんな物が知らないあいだにアタシたちの上に浮かんでいたなんて、ゾッとするわね」
「大きい……!」
「ええ、たしかに……夢で見たよりも……でも、アタシたちなら大丈夫!」
グレンが力強く宣言した。
「敵は空船にあり!!」




