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そして誰もいなくなった時

 その直後である。

 ジュウタロウは奇妙な音を耳にして天井を見上げた。ガチャガチャという音は、どうやら屋根の上から聞こえているらしい。


「氷川さん……?」

「ええ、わかっていますよ中村さん。こう聞きたいんでしょう?これは何の音でしょうか?って」


 タソガレバウンサーは視線と銃口を部屋のドアから離さずに答える。


「庭で見た蜂の化け物たちが、屋根を壊そうとしている音ですよ。瓦を割り、板を剥がし、私たちを上から丸見えにしようとしているのです」

「それは……まずいですなぁ」

「ええ。中村さんにしては、察しが良いですねぇ」


 もしもそうなったら、タソガレたちに逃げ場は無い。空間が捻じ曲げられているせいで内側から外へ向けての反撃もままならず、上から一方的に酸を浴びせられてお陀仏だろう。


「どうしましょう?」

「どうしようもないですね。私たちにできるのは、さっきからドアをぶち破ろうとしている、重甲型の化け物を蜂の巣にしてやることだけです。蜂だけに蜂の巣に……ふふっ」

「ダジャレで笑っている場合じゃないでしょう、氷川さん」


 ジュウタロウからすれば、気が気ではないことである。だが、なぜかタソガレには余裕があった。


「そうですね。ですが、聞こえませんか?」

「何を?」

「耳鳴りのような音が」

「あー……そういえば」


 ジュウタロウが口を閉ざす。タソガレバウンサーの耳にも、その耳鳴りのような音がハッキリと聞こえていた。


「それも気になっていました……あれ?耳鳴りが止まりましたね」

「ちょっとした勝利フラグですよ。覚えておいてください」


 そんな会話は、屋根の上にいる蜂怪人たちの耳にまでは入ってこない。


 老人ホームめぐみの屋根に登り、屋根の破壊を続けていた蜂怪人の一人、ナンバー833の手が止まった。他の5体のメンバーがそれを見咎める。


「忠実なる同志よ、なぜ手を止める」

「下を見ろ」


 833が庭を見下ろす。いつの間にか、右半分が銀色、左半分が赤色に塗装されたネイキッドバイクが停まっていた。


「誰か、あれに乗ってきた奴を見たか?」

「いや、見ていないな」

「ああ、たしかに」

「なに、気にすることはないだろう」


 仲間の一人がそう言う。


「何も知らないで、めぐみの中に入ったんだろ?なら、どうせ外には出られないんだ。誰であろうと、殺す。命令された通りに」

「そうだな」


 833は納得し、作業に戻った。しかしすぐに、ネイキッドバイクが爆音をあげる。


「うるせえな、おい」


 そう愚痴りながら833が再び庭を見下ろした。見ると、ネイキッドバイクが誰も乗っていないのにめぐみの敷地を周回しているではないか。まるで船の上から人食いサメの背びれでも見ているような気分になった833が仲間たちに尋ねる。


「どうなってんだ?あのバイク、一人でに走っているぞ?」

「自動運転か……よくわからんが、放っておいて構わないだろう。あいつは下、俺たちは上だ」

「なあ……」


 833のすぐ隣にいた仲間が首をひねる。


「一人、足りなくないか?」

「えっ?」


 833も屋根の上にいるメンバーを見回した。自分を含めて、ここには6人の蜂怪人がいるはずだ。たしかに、1人消えている。


「どうやらめぐみの中に入ったらしいな。腹が減ったのか?抜け駆けとは感心しない」

「男の刑事はともかく、婦警の方はうまそうだったからな」

「俺たちは忠実にやるぞ。命令通りにな」


 833はそう口にすると、作業に集中し始める。瓦を砕き、屋根板を引っぺがしていく。それに抗議するかのように下からネイキッドバイクの爆音が何度も響いたが、833は手を止めなかった。


「おい、833」

「ちっ、一体なんだ?」


 仲間の蜂怪人に肩を叩かれ、833は渋々顔をあげる。そこには、不安そうにしている仲間が()()()()立っていた。


「はあ!?他の3人はどうしたんだよ!?」

「わからない!気がついたら、俺たち以外の奴らがいないんだよ!」


 833が庭を走り回るネイキッドバイクを見下ろす。この奇妙な状況が始まったのは、あのバイクを発見してからだ。


(そもそも、アレは何なんだ……!?)


 マサムネリベリオンである。中村サナエの操るスーパーバイクがここにあるのは、サナエからの通信によるものだ。例えめぐみの入居者や中村ジュウタロウを危機にさらしてもメグミノアーンバルと戦うことを選んだサナエであったが、せめて入居者を助けられないかと考え、密かにリベリオンを派遣していたのである。そして、実はリベリオンには仲間がいる。


「833、俺は少し周りの様子を見てくる」

「わかった。気をつけろ。何か見つけたら教えてくれ」


 そう言って仲間を送り出した833の仕事が成就するのは間もなくだ。およそ自分が通れるだけの穴を屋根にあけた833は、部屋の天面にあたる石膏ボードに蹴りを入れた。割れた石膏の破片と粉を頭にかぶり、驚いて見上げたジュウタロウの顔が見える。


(これで終わりだな……死ね!)


 その時、誰かが833の肩を後ろから叩いた。


「早かったな。何も異常は無かったのか?」


 異常しかない。そうとわかったのは、振り返った833の視界いっぱいに人間の拳が迫った瞬間であった。


「アガっ!?」


 833はわけがわからないまま、二度三度と瞬く間に拳で顔面を殴打された。逆光のせいで顔は見えないが、誰かが屋根の上にいるのだ。いつの間にか首に紐状の物を括りつけられた833は、凶暴な力で屋根の上へと引っ張りあげられる。


「ウゲっゲッ!?」


 やっと833は相手の姿をハッキリと見ることができた。漆黒の包帯が重なってできた、黒いドレスの魔法少女を。


(トコヤミサイレンス!!)


 彼女こそが、マサムネリベリオンが連れてきた心強い味方だ。


 十数分ほど前。城南署に駆けつけたリベリオンを見た瞬間、トコヤミサイレンスこと村雨ツグミは、サナエのピンチを即座に悟った。


「変……身……」


 リベリオンにまたがるや、そうつぶやいて戦うための姿に変わる。めぐみに到着し、群がる蜂怪人を目にした時、サナエが何を望んでいるのかをトコヤミはすぐに理解した。


 そして、現在に至る。

 呆けたように天井を見上げていたジュウタロウにタソガレが語りかける。


「言ったでしょう?勝利フラグだって」

「さっきの人は誰ですか?」

「暗闇姉妹……人でなしに堕ちた魔法少女を狩る、闇の処刑人ですよ」

「では、我々の味方ですか?」

「中村さんはともかく、私は違いますよ。なにせ、人でなしの魔女の一人ですからねぇ。まあ、その方が楽しいですから」

「私を守ろうとしている氷川さんが人でなしですか?」

「……中村さん、ちょっと私の右隣に立ってもらえませんか?」

「え?ああ、はい」


 ジュウタロウは言われた通りにする。タソガレが銃を一発だけ撃つと、排出された薬莢がジュウタロウにぶつかった。


「あ、あち、熱い」

「……余計なことを言うからですよ」


 めぐみの外ではトコヤミサイレンスの戦いが続いている。自身のドレスを構成する包帯をほどき、蜂怪人833の胴体を腕ごとグルグル巻きにしたトコヤミは、その背中を強く押した。


「行け」

「あ、あ、あ、あーっ!?」


 飛行することさえままならず、屋根から転がる833が庭に墜落する。人間よりも体が強い蜂怪人が、この程度で死ぬわけがない。だが、むしろそのせいで彼らは地獄を見ることになる。


「なっ!?バイクが!?」


 マサムネリベリオンが、先ほど偵察に出た蜂怪人を体当たりでブロック塀まで弾き飛ばした。この個体もまたトコヤミサイレンスにやられたのだろう。833と同じように胴体を包帯で拘束され、その上叫び声が出せないように口も包帯で塞がれていた。


「ーーーーっ!?」


 再び咆哮するリベリオンに襲われた蜂怪人が、声にならない悲鳴をあげる。バイクが後ろ回し蹴りをする、という表現もおかしいが、前輪を支点にして後輪を持ち上げ、そのまま勢いよく旋回して蜂怪人の頭部を狙うリベリオンの動きは、まさに格闘技のようであった。ブロック塀とリベリオンの後輪に挟まれ、ペットボトルが潰れるような音を蜂怪人が頭から響かせる。やがてその個体は、包帯だけを残して泡と消えた。


「まさか……他の奴らもみんな……!?」


 833が庭を見回す。ところどころに包帯の束が落ちていた。さきほど見た仲間と同じように、トコヤミサイレンスによって拘束、突き落とされ、リベリオンの手にかかったのだろう。そうやって仲間たちの末路を悟った833に向かって、リベリオンがエンジンを吹かしながら迫る。


「や……やめろ……やめろ!やめろーっ!!」


 屋根の上から、氷の表情を浮かべたトコヤミサイレンスが庭を見下ろす。やがて、リベリオンによって833が始末されるのを見届けたトコヤミは、音を立てずに庭へと着地した。


 トコヤミサイレンスの戦いと並行し、タソガレバウンサーたちの戦いも決着がついていた。しかし、それは華麗な勝利とはとても呼べない状況であった。ジュウタロウが、荒い息を吐きながら階段を降りていく。


(ああ……なんということでしょうか……!)


 その背中には、力なくグッタリとしたタソガレバウンサーがおんぶされていた。


(まずい……このままだと、氷川さんが死んでしまう……!)

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