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半分この時、走れサナエ!

 さて、その現実世界。

 市民体育館の電話ボックス前でボーッとしていた中村ジュウタロウは、よく知っているミニパトカーを見つけて手を振った。


「お~い」

「中村さん、恥ずかしいからやめてください!仮にも刑事なんですよ、我々は」


 パトカーを運転してきた氷川が窓を開けてそう抗議すると、彼は「はい、すみません」と頭を下げて助手席へと回る。


「では、老人ホームめぐみに行ってみましょう」


 助手席にはナイロン袋の包みが置かれていた。氷川がそれを持ち上げている間にジュウタロウが席に座り、その膝の上に改めてそれを乗せる。


「落とさないようにしてくださいね」

「なんですか、これ?」

「ヒレカツ丼のテイクアウトですよ。私のお昼ごはんです」

「はあ、『どんかつ』の。あそこのヒレカツ丼ですかぁ。いい匂いがしますなぁ」


 ジュウタロウのお腹がグーと鳴る。


「あれ?もしかして中村さんも昼食はまだですか?」

「あ、はい」


 ヒレカツ丼の袋をじっと見つめるジュウタロウに、氷川があきれるように言った。


「もう。それじゃあそれを食べてください」

「え?いいんですか?いやぁ、ありがとうございます」


 表情の乏しいなりに笑顔をつくるジュウタロウに、氷川は少し笑いそうになった。


「でも、私だってお昼ごはんまだなんですから、半分残しておいてくださいね」

「えっ?」

「なんですか?まさか全部ほしいなんて言わないですよね?」

「いや、なんといいますか……」


 ジュウタロウなりに気まずそうな顔をしてみせる。


「その……あなたも若い娘さんでしょう?ですから、私みたいなおじさんとご飯を半分こにして、気にならないかと……」

「あはは、なんだそんなことですか。私が中村さんを異性として意識するわけないじゃないですか」

「はあ、そうですか。なら、遠慮なく」


 しかし、さすがに箸だけはめぐみで貰おうと思う氷川であった。


 そして、中村ジュウタロウの妹である中村サナエ。

 サナエは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の女王を除かなければならぬと決意した。

 当然ながら、サナエもまたメグミノアーンバルの所業を隣で見ていたのだ。スイギンスパーダの姿に戻った彼女が、アーンバルに襲いかかったのは当然のことである。


「きさま!よくも!」

「待ちなさいよ、サナエさん。忘れたの?」


 突進するスパーダをアーンバルがかわす。スパーダはむしろそのまま部屋のモニターに突っ込んで破壊するが、アーンバルはそれを鼻で笑った。


「無駄よ。いくらこの部屋のモニターを壊したところで、アカネちゃんは戻ってはこられないわ」

「ぐぬぬ……」

「それに、言ったでしょ?めぐみの老人たちや、あなたの兄、中村ジュウタロウの命は私の手の内にある、と」

「……だったら、何だっていうんですか!?」

「ふーん?」


 アーンバルが興味深そうに首をかしげる。


「彼らの命はどうでもいいの?」

「どうでもよくはないですよ……けどねぇ……」


 スパーダが自分の拳を、砕いたモニターから引き抜きながら振り返る。


「アカネさんは、二度も妹のモミジさんを失いました。あなたのせいで……」

「それを選んだのはアカネちゃんでしょ?」

「ええ、だからですよ!アカネさんは自分の妹を失っても、あなたたちのような人でなしと戦う決意をしたんです!ワタシだけが、何の犠牲も無しにあなたを抹殺しようなんて考えていたことが、そもそも間違いだったんです!だから……」


 スイギンスパーダは鎖鎌を取り出した。普段使っている刀と違い、こちらの方が隠し持つのには都合がいい。


「今ここで、あなたを殺します!」

「なるほど、あながち間違った判断ではないわ」


 そう言ってアーンバルがパチンと指を鳴らすと、モニターの映像が一斉に老人ホームめぐみ内の映像に切り替わった。音声は無いが、自分たちの家族が異形の蜂怪人へと変化していき、戸惑いを隠せない老人たちの姿が映っている。


「どうせ、私がカエデたちを延命する事なんて期待していないのでしょう?ならば、私をすぐさま殺害すれば、私の子どもたちは止まるかもしれない。そうでなくても命令を下す者がいなくなれば、子どもたちを蹴散らすのも容易でしょう」

「ふんっ!」


 サナエが放った鎖分銅が、頭をとっさにそらしたアーンバルの耳元を掠める。どうやら本当に自分を殺すつもりらしいと悟ったアーンバルは、背中から蜂の羽を広げ、サナエと距離を離した。


「でも、残念……!あなたのその力は、あなた一人だけの物ではないわ!私にもオウゴンサンデーという協力者がいることを忘れている!そして、ここは私の城……いいえ、船の中」


 そう、今まさにサナエがいるのは、アカネが夢に見た逆さ船の内部なのだ。転送装置を使ってアーンバルと共に船内にテレポートしたサナエだけが、現実世界でただ一人、この危機を知っている。


「今からでも遅くはないわ。仲間の元へ走りなさい、サナエさん。めぐみの老人たちは手遅れだとしても、仲間たちは守れるかもしれないわぁん?」

「そうしてワタシがこの船から出たら、転送装置を壊して戻れなくするつもりでしょう!それからゆっくりとアカネさんをなぶるつもりですね!」

「はーい、タイムリミット」


 そう言ってニヤニヤするアーンバルの周囲に、室内の床や天井から無数のロボットアームが伸びてきた。それぞれのアームが、何か鉄板のような物を保持している。


「あなたにとって最悪の結果になったわね。残念。あなたは仲間たちを見殺しにした上に……私にも勝つことができない」

「まさか……それって、強化服!?」

「変……身」


 上着を脱ぎ捨て、レオタード姿になったアーンバルの体にロボットアームが装甲を施していく。ものの数秒ほどで、アーンバルは金のボディーに黒い縞模様の入ったロボットのような姿へと変わった。銀色と赤色のボディーを持つスイギンスパーダとよく似た姿のそれが、メグミノアーンバルの戦闘形態である。


「これでスペックは互角かしら?」

「くっ……!」


 謙遜も過ぎれば嫌味でしかない。アーンバルの左手に取りつけられた、巨大な杭打機パイルバンカーを見たスパーダはそう思った。それに対し、こちらは素朴な鎖鎌である。しかも、ずっと強化服を装着していたスイギンスパーダの方は、残りエネルギー量が少なくなっていた。


(それでも、やるしかない!もはや暗闇姉妹としてどうこうどころか、彼女を生かしておいては人類の未来が危ない!)


 二人が同時に動いた。


「やーっ!!」

「蝶のように舞い……」


 アーンバルが背中の羽による立体機動でスパーダを翻弄する。決着はすぐについた。


「蜂のように刺す!」

「があっ!?」


 スパーダの背後に回ったアーンバルが、彼女の胴体をパイルバンカーで撃ち抜いた。そして、視線をモニターに向ける。


「あら?あなたのお兄さんがめぐみに来たみたいねぇ?」

「ああ……うぅ……」


 スパーダも顔を上げる。中村ジュウタロウと、同僚の氷川が、内部の惨状も知らずに玄関のチャイムを鳴らしている様子が見えた。だが、やがて視界がどんどんぼやけていく。


「手間が省けたということかしら?残念ねぇ、サナエさん。私も倒せなかったし、仲間も救えなかった。そして、あなたはこれから愛する兄を失うの……同胞を裏切った罰……しかと味わいなさい……!」


 そう言ってアーンバルが杭をスパーダの体から引き抜いた。その場に崩れながら、サナエは内心で謝罪することしかできなかった。


(ごめんなさい……兄さん……!)


 サナエの視界が真っ暗になった。


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