全てはフェイクの時、それすら……
アカネがゆっくりと薄目を開き、やがて目を見開いた。
(ここは……?)
あまり見覚えは無いが、既視感がある。やがてアカネは思い出した。
(ああ、そうだ。ここ、ジュンコさんの部屋だ)
おそらく仲間たちが、眠り続ける自分をここに連れてきたのだ。そう理解したアカネが体を起こすと、横から急に誰かに抱きつかれた。
「ああ、よかった!」
北島カエデである。おそらくは、横でずっとアカネが起きるのを見守ってくれていたのだろう。
「ごめん、カエデ。心配かけちゃったわね」
アカネがカエデを抱きしめ返す。
「でも、もう大丈夫だから……解決したのよ、全て」
「アカネさん!」
カエデがアカネから身を離す。
「すぐに下へ!急いで!」
「えっ!?何なの!?」
「いいから!早く!」
アカネが寝ていたジュンコの自室は、彼女が経営する工場の二階だ。カエデにうながされるまま一階へと降りたアカネは、テレビを注視していた西ジュンコと、和泉オトハが振り返るのを見た。
「やあ、目覚めたようだね、アカネ君。寝起きのコーヒーはいかがかな?」
「もう!そんなこと言ってる場合じゃないよ、ハカセ!」
能天気なハカセことジュンコに、オトハがツッコミをいれる。アカネもまたテレビの画面を凝視し、たしかにノンキにしている場合ではないと理解した。
「なんなの……これ……!?」
カメラは海を映していた。しかし、おかしなことに上下が逆さまである。海面が画面の上にある。だが、カメラが逆さまではないことは、映像の下に市街地が見えていることでわかった。その海は空にあるのだ。そして、海には一隻の古めかしい帆船が浮かんでいた。その巨大な船体から、無数の蜂怪人が出入りしている。船から飛び立った蜂怪人たちはまっすぐ下界へ向かい、船に戻ってくる蜂怪人たちは人間を抱えていた。
「うっ……!?」
蜂怪人の一体が、上半身と下半身が分かれた人間を船内に運び込むのを見て、思わずアカネが口を押える。吐き気を抑えるアカネにオトハが説明した。
「メグミノアーンバルの仕業だよ。彼女は、全ての人間を自分たちの奴隷にするつもりなんだ」
「そんな馬鹿な!?アーンバルは降参したはずよ!だからアタシだってこうして目覚めて……」
横からカエデが口を挟む。
「わかりません。ですが、事情はどうあれ街の人たちを助けるのが先です!」
「カエデ……その指輪……!?」
アカネは、カエデの右手についた指輪に気が付いた。赤色と青色が混ざり合った宝石の輝く、魔法少女の指輪である。
「アタシも戦います!」
「わかった!ところで、魔法少女になったあなたの事を、何て呼んだらいい?」
「名前なんて、どうでもいいじゃないですか」
「えっ、まあ……カエデがそう言うなら……」
アカネが次にジュンコに尋ねる。
「この変な船があるの、どこだかわかりますか?」
「ああ、すぐにわかるとも」
ジュンコはノンキそうにコーヒーをすする。
「外に出て見上げてみたまえ」
「そんなに近くに……!」
アカネとカエデが工場の入り口に向かう。だが、なぜかオトハが動こうとしなかったのでアカネが叱りつけた。
「なにしてるのよ!?」
「えっ、何が?」
「アタシは空を飛べないのよ!あんたが手伝ってくれなきゃ船に近づけないでしょうが!」
「あー、そっか!ごめんごめん、アカネちゃん!」
改めて工場から飛び出したアカネたち三人が空を見上げる。ジュンコが言っていた通り、空の海に浮かぶ船は、市街地から離れた工場の敷地からもよく見えた。
「みんな!変身するわよ!」
「わかりました!」
「オーケー!」
まずはアカネが空手の型で精神統一し、叫ぶ。
「変身!!」
アカネの体が炎に包まれ、やがて閃光少女グレンバーンへと姿を変えた。
次にカエデが、両拳を握りしめ、胸の前で腕をクロスしながら叫ぶ。
「変身!!」
右半身が炎に、左半身が青い光に包まれたカエデの衣装が、それぞれの色と力を宿すドレスへと変化した。
続けてオトハが、右拳を胸の高さで握りしめ、決意を固めるように口にする。
「変身」
オトハの前方に青い光を放つ結界が現れ、結界がオトハを包み、奇術師の衣装へと変わる。城南地区を守るもう一人の閃光少女、アケボノオーシャンだ。
「みんな!準備はいいわね!それじゃあ、あの船に……!」
「ちがう!!」
「えっ!?」
グレンバーンが声に向かって振り返る。見ると、テレビにユウヤミサイレンスが映り、画面を両手でドンドンと叩いていた。だが、その姿も、彼女の声も、どういうわけだかグレン以外には見えても聞こえてもいないらしい。
「アカねーちゃんは、まだ夢の中にいるんだーっ!!」
テレビの電源がここでプツリと途切れる。まるでグレン以外の全てが凍りついたように静止した世界で、メグミノアーンバルだけが悠々と歩いてきた。
「ミツコさん!……いいえ、メグミノアーンバル!」
「うふふっ……最後の最後に、詰めが甘かったわね」
「降参は嘘だったのね!?ツバメやモミジまで騙して!」
「ありがとう、アカネちゃん。いいえ、グレンバーン」
アーンバルが静止しているアケボノオーシャンの首をそっとなでる。
「なるほど……オーシャンの正体は和泉オトハ。そして、西ジュンコという人間の姿をした悪魔……彼女のガレージがあなたたちの隠れ家だということ。何もかも、私に教えてくれて、どうもありがとう」
「おらあっ!!」
「おっと!」
アーンバルがグレンの飛び蹴りを簡単にかわして見せた。
「ツバメちゃんが言ってたでしょ?ここは夢の中だって。夢を操る私に、夢の中で勝てるとでも思っているの?」
「なにもかも、全てが虚構だったのね……この嘘つき!!」
「本当のこともあるわ」
アーンバルが空に浮かぶ逆さ船を見上げる。
「あれは実在するものよ」
「なんですって!?」
「そして、まさに私が望む未来を体現している。あなたが見ているのは、予知夢なのよ」
アーンバルを野放しにしたら、この光景が現実になるということか。そう考えるグレンであったが、やはり納得がいかない。
「何のためにこんなことを!?人間をさらって、何をするつもり!?」
「私と、私の子どもたちと暮らしてもらう。ただ、それだけよ。私は、人間たちに幸福になってもらいたいだけ」
「はあ!?」
「私の能力は、もうわかったでしょう?あなたの好きな人を複製し、あなたに好きな夢を見せることができる。私は、そうやって全ての人類の母親になってあげるの」
グレンが閉口する。その倒錯した感情には、とうていついて行けないと思った。
「人は、愛と夢無しには生きてはいけない。そして、私はそのどちらも自由に与えることができる。母親の慈悲に抱かれた者たちは幸福である……」
「母親ですって……!?あんたのような嘘つきの卑怯者が!」
「人が母親を偏愛するのは、結局は自分より大きな存在を求めているからに過ぎない。服従こそが、人類が心より求める幸福。そして、支配こそが私の求める幸福……老人ホーム恵はその実験場だった。死んだはずの家族と再会し、活き活きとした人生を取り戻した老人たちの姿を、あなたも見たでしょう?彼らは喜んで、私に金を差し出したわ。実験の結果は上々。後は、規模をもっと大きくするだけよ」
「今度は街で同じ事をするの……!?」
「いいえ、国でよ」
その時、突如メグミノアーンバルの姿が乱れた。チッと舌打ちをして虚空を見ながらアーンバルが言う。
「あなたともっとお話ししたいけれど、ちょいとばかし片付けなければならない仕事ができたわね。じゃあね、アカネちゃん」
「待ちなさい!!」
「あなたにも恵がありますように」
そう言って微笑みを浮かべながら、メグミノアーンバルの姿が消える。と同時に、グレンのいる世界も闇に閉ざされた。
「くそっ!どうすれば……!?」
守護天使ともいうべきツバメ(と、おそらくはモミジ)は騙されて夢から隔離されてしまっている。そして、グレンバーンの力ではどれだけ頑張っても夢の世界から逃れることができないらしい。もはや、祈るしかなかった。
(現実世界にいるみんなが、きっとなんとかしてくれるわ……!頼んだわよ……!)