生きる意味が変わる時、妹が夢見た未来への咆哮
鷲田アカネがアパートへと帰ってきた。猫のブンタはどこかへ行ってしまったが、気まぐれだからそのうちまた遊びにくるだろう。そう思いながらアカネは、晴れ晴れした表情で玄関に入った。
「ただいまー!」
廊下にひょいとツバメの顔が飛び出る。
「モミジー!アカねーちゃん帰ってきたー!」
そう叫びながら顔を引っ込めるツバメに、アカネは笑った。
「ツバメちゃん、目を覚ましたのね。ふふっ、モミジと仲良くなれたのかしら」
ツバメが再び廊下に出てきた。アカネは自分に用があるのかと思ったが、そうではないらしい。
「わたしは外で待ってるから」
「?」
「モミジがアカねーちゃんに話があるんだって。中に入って」
「え、ええ……」
アカネは気まずそうな顔をして奥の部屋へと向かう。もしかして、再びふらふらと外出していた事を怒っているのだろうか?
アパートの外へ出たツバメは振り返って祈った。
(あとはまかせたぞ……モミジ!)
アカネが部屋に入ると、モミジは座布団に正座していた。モミジの前にもう一つ座布団が置いてあるのは、アカネにもそこへ座れという意味だろう。
「た、ただいま……」
アカネは気まずそうに、自らも座布団に正座する。だが、よく見るとモミジは怒っているわけではなさそうだった。その顔には、一抹の寂しささえ感じられる。
「姉さん、話があります」
「なによ?改まって」
「姉さんはグレンバーンという閃光少女だと聞きました」
アカネは沈黙する。昨夜と違い、アカネはその記憶を取り戻しているからだ。
「……あなたのためだったのよ、モミジ」
アカネは、両親とモミジが悪魔に殺されたこと。そして、それをきっかけに自分が閃光少女になった経緯をモミジに話した。
「そしてアタシも死んで……あなたと再び会えて、アタシ、嬉しいわ……!」
モミジはゆっくりと首を横に振る。
「違います。ここは死後の世界などではありません。姉さんは……アタシの夢を見ているだけです」
「夢?」
アカネが思わず立ち上がる。
「じゃあ、この世界はアタシの脳が生んだ幻ってわけ!?」
「ツバメさんは違うようですが……」
モミジは暗に肯定した。そして、彼女が望むことは一つだ。
「目を覚ましてください、姉さん。現実の世界で、あなたの帰りを待っている人がいるのです」
「……アタシが目を覚ましたら、こっちの世界はどうなるの?」
「消えるでしょう」
モミジはこともなげにそう言ったが、それはアカネにとって、モミジを消すのと同じことだ。
「い……嫌!」
「姉さん!」
「あなたはあっちの世界を知らないのよ!!」
アカネが涙を流して訴える。
「悪魔と魔法少女の戦争は終わった……人類は救われた……でも、平和なんてやってこなかった!!アタシたちは……魔法少女たちはお互いを殺し合っている!!もうたくさんなのよ!!」
アカネがモミジの膝にすがりついた。
「ねえ……アタシをここに居させて……アタシは頑張ったわ……!だからアタシを受け入れて……あなたのそばに居させて……優しくして!帰れなんて言わないで!!」
「姉さん……」
「これが幻であってもいい……やっと帰れたんですもの……アタシの居場所に……」
「その言葉……本当の鷲田モミジが聞いたら、どう思うでしょうか?」
アカネがその言葉にピクりと反応する。
「そうですか……なるほど、そういう事もありうるでしょう。悪魔を滅ぼしたとしても、今度は人間同士の戦いが始まる……うなずける話です。ですが、姉さん」
モミジがアカネの頭をそっと撫でた。
「姉さんがどんな時でも、力無き者の自由を守るために戦ってきた事……アタシはそれを、誇りに思います」
「モミジ……もしかして、あなたは本当の……!?」
一方、アパートの外。
階段に座ったツバメが足をブラブラさせていると、一人の女性が彼女に向かって歩いてきた。
「あっ!」
ツバメがファイティングポーズをとる。彼女の目には敵が見えていた。
「メグミノアーンバル!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!あなたと戦うつもりは無いわ!降参をしに来たのよ!」
「えっ、降参?」
とはいえ、ツバメはさっきまでアーンバルに殺されかけていたのだ。その言葉を素直には信じられない。
「だまされんぞ!」
「もぉう、どうしましょ?あなたからもなんとか言ってくれないかしら?」
「?」
アーンバルが話しかけていた虚空から、中村サナエが姿を現した。
「ツバメさん、お疲れ様でした」
「あ、サナエ!」
ツバメの顔がパッと明るくなったが、しかし再び疑わしげな顔に戻る。これは本当にサナエか?と。
「サナエの正座は!?」
「双子座です!」
「魔人ライダー∨3の歌に出てくる車の色は!?」
「青!」
「サナエはズバリ!?」
「頼れるみんなの鉄の船!」
「むむむ!」
ツバメが笑みを浮かべる。
「本物のサナエらしいな。でも、どうしてここにいるんだ?」
「メグミノアーンバルの能力です。ワタシもこちらに意識を繋げていただきました」
「ねえ、わかったでしょ?」
とアーンバル。
「降参する気が無かったら、これ以上自分が不利になるようなことはしないわぁん」
「それにしても、驚きましたよ……」
サナエが続ける。
「まさか、あのモミジさんが……本当のモミジさんだなんて……」
「守護天使が二人もついている」
アーンバルがツバメを見つめる。
「どうあがいても勝負にならないわね。オウゴンサンデーがグレンバーン……鷲田アカネを欲しがる気持ちがわかったわ。彼女、すごく愛されているのね。正直、うらやましいくらい……今回はあきらめるわ」
「でも、オウゴンサンデーがだまっていないだろ?」
ツバメの問いにアーンバルが肩をすくめる。
「元々、私はオウゴンサンデーに忠誠を尽くしているわけじゃあない。適当にごまかして、逃げることにするわ。カエデと……あなたたちがパチ子と呼んでいる二人は……」
「やっぱり、死んでしまうのですか……!?」
固唾を飲むサナエにアーンバルが笑う。
「話は最後まで聞きなさいな。たしかに、今の体ではどうしたところで虫の命。だけど、あなたが言う、人間と同じくらい生きられる体を用意するわ。そして、私の能力なら新しい体に魂を移すのも、造作もないこと」
「はああっ!良かったです!」
「安心するのはまだ早いんじゃない?」
安堵するサナエたちにアーンバルが釘を刺す。
「あくまで、ここはアカネちゃんの夢なのよ?目覚めるかどうかは、最終的に本人が決めることだわ」
実際、アカネの心はまだ揺れていた。
アパートの中、モミジと二人きりのアカネは、自分の本心を晒した。
「でも……あなたが本当に、本物のモミジなら……アタシ、なおさら離れたくない……!」
モミジがそんなアカネに語りかける。
「死んでしまった人間は、どんな魔法でも生きかえらせることはできない。でも、死んだ人間は、完全に消え去ってしまうわけではない。天国の誰かを想う時、その人は私たちのそばに、そっと立っている」
「それって……」
「あなたの友人、村雨ツグミの言葉です」
そして、現にツグミはツバメの魂と共にある。モミジにとっても、それは一面の真理であった。
「姉さん。あなたは、自分の居場所はここだと言いました。この場所は、消えません。そして、姉さんの力は、力無き者たちの居場所を守るためにある……違いますか?」
「…………」
「戦ってください、姉さん……いえ、グレンバーン……みんなのために……アタシが望んでも見ることができなかった、未来のために……!」
「……わかった」
やがてアカネとモミジは、遅い朝食をとる。卵焼きは冷めてしまっていたが、それは些細なことでしかなかった。そのかわりに胸が熱くなる。
「おいしい」
モミジが作ってくれた明太子入りの卵焼きを食べるのは、アカネにとってこれが最後だ。空になった食器を重ね、モミジが流し台へと向かう。モミジは振り向かず、アカネに言った。
「さあ、行ってください。姉さん」
「ありがとう、モミジ。行ってくるわ」
まるで学校にでも行くように、アカネはそう答え、モミジに背を向けた。これ以上、言葉は必要無いからだ。
アパートを出たアカネはそこで意外な人物を見ることになった。
「あっ、えっ?ミツコさん!?」
「あら、正体がバレちゃったわね」
ツバメが無遠慮にアーンバルを指差す。
「こいつが黒幕のメグミノアーンバル」
「降参するそうですよ」
とサナエが口を挟む。
「ワタシたちには、もう手を出さないと約束してくれました。これで安心して目を覚ますことができますね、アカネさん!」
「それじゃあ、カエデって……」
アーンバルが答える。
「あなたを罠にかけるために私が造った悪魔……でも、あなたさえ良ければ、あの子と一緒に生きてくれないかしら?そうしてくれないと……たぶん、私は一生あの子に恨まれると思うから」
「アタシの記憶違いでなければ……」
とアカネ。
「カエデは、アタシが幸せにすると言いました」
「あらあら、まあまあ」
アカネはツバメに近づいた。
「さあ、アタシにちょうだい」
「何を?」
「赤いカプセルを持ってたでしょ?あれを飲んだら夢から覚めるんでしょ?」
「あー、あれかー」
ツバメが頭を掻いた。
「あれはウソだ」
「へっ?」
「アカねーちゃん、単純だからそう言って飲ませたら起きるかなって」
「こいつー!」
「ムキューッ!」
アカネにヘッドロックされるツバメも、なんだか嬉しそうだ。とすれば、目覚める方法は実に単純なことだったのだろう。
「さあ!行くわよ!」
アカネの右手に、赤い宝石が輝く金の指輪が出現する。空手の型で精神統一をしたアカネが鋭く吠えた。
「変身!!」
アカネの体が炎に包まれる。真紅のドレスと、それに似合わない無骨な篭手を装備した炎の閃光少女。グレンバーンとなったアカネの体が光の粒子となり、天に向かって飛び立った。
(ありがとう。さようなら、モミジ。モミジとは、いつでも会えるから……)
アパートの中。
洗い物を終えたモミジが、部屋の隅に座ってギターを抱えた。「はあーっ……」と深いため息をつく。彼女にとっても、この別れは決して楽ではなかったのだ。徐々に白く塗りつぶされていく世界の中で、モミジは一人静かに、ギターを奏で続けた。