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鷲田アカネが死んだ時

 アカネはドーン!!という衝撃的な音で思わず目を覚ました。


にゃによ!?どうしたの!?」


 と言ってもがきながら布団から起き上がるが、ここは現実世界ではない。いまだ夢の中である。そうとは知らないアカネは、一緒に寝ていたモミジがいない事に不安を覚えながらも、異常な音がした隣室へと向かう。そこでは一文字ツバサがベッドで寝ているはずだった。


「え……どうしたの、これ……?」

「あ、お姉さん」


 モミジが申し訳なさそうな顔をアカネに向ける。アカネは大きな音の正体がわかった。どういうわけか、部屋の壁にツバメが頭から突き刺さっている。


「アタシが悪いんです……」


 とモミジ。


「モミジがやったの?」

「いえ、なんといいますか、アタシ一人でどうこうというわけでもなくて……」


 モミジによると、今朝ツバメの様子を見に行ったところ、目を覚ましたツバメに襲われたというのだ。


「なんでも、アタシのせいで姉さんが夢の世界に閉じ込められているとか……」

「ああ、昨日もそんなことを言っていたわね」


 アカネは肩をすくめる。


「変わっているのよ、この子。それにしても、正当防衛とはいえ、ここまでしなくてもよかったんじゃない……?」

「アタシが何かをしたというより、突進してきたのを避けたら壁に頭から突っ込んじゃいまして」

「たまらないわねぇ。大家さんになんて報告しようかしら?」


 アカネとモミジは協力して壁からツバメの頭を抜いた。ツバメは再び気を失ってしまったようだ。


「あらあら、石膏の粉末が……後でお風呂にも入れてあげないといけませんね」

「……ねえ、モミジ。この子、他にも何か言ってなかった?」

「はい」


 モミジがアカネと目を合わせる。


「アタシは……本当は死んでいる、と」

「……あははは!」


 アカネはわざと笑ってみせた。


「子どもって、本当に突拍子も無いことを言うわね!気にしなくてもいいわよ、モミジ。全部ウソなんだから」

「……そうですか」


 その時、アカネのお腹がグーという音を立てた。お腹が空いたのである。アカネはこの空腹感を、むしろ今自分がいる世界こそ現実だという証拠として肯定的にとらえた。


「モミジ、何か作ってくれない?この子はアタシが見ておくわ。また襲われても困るでしょ?」

「……わかりました」


 モミジは言われた通り、キッチンで朝食を作ることにした。ご飯は炊飯後に冷凍しておいたものがいくつか残っている。それをレンジで解凍しながら、モミジはアカネの好物、明太子入りの卵焼きを作ることにした。焼きあがった卵焼きを一度まな板に乗せ、包丁で切っていた、その時である。


 幽霊のようなメグミノアーンバルが、モミジの耳元にささやいた。


「わかったでしょう?あの子……一文字ツバメは、あなたたち二人の平和な生活を乱しにやってきた」


 モミジに反応はない。誰かに話しかけられている、という意識が無いからだ。アーンバルは、鷲田モミジの無意識領域に向けてささやき続ける。


「あの子がいる限り……あなたたち二人は共に生きていくことはできないわ。やるべきことは、わかっているでしょう?」


 モミジは無言のまま、手に持つ包丁に視線を落とす。その時、玄関のチャイムが鳴った。


「いいわよ!アタシが出るから!」


 隣の部屋からアカネの声が響き、ドタドタと廊下を歩いていく足音が聞こえた。アーンバルはモミジにささやく。


「あなたのお姉さんに見られていたら、やりづらいでしょう?わかっているわ。だから、大丈夫。あなたのお姉さんは、私がしばらく引きつけておいてあげる」


 アカネが玄関のドアノブに手をかけた。


(もしかして大家さんかしら?)


 あれだけの音を出してツバメが壁に穴を開けたのだ。すでにアパートの大家が駆けつけていてもおかしくない。どんな言い訳をしようかと考えながらアカネがドアをあける。しかし、そこに人の姿はなかった。


「あれ?」


 アカネは玄関から顔を出し、顔を左右に振って人影を探す。その時、サンダルを履いたアカネの素足に、フワフワした何かがまとわりついてきた。


「あ、あれぇ!?」


 視線を落とした先に居たのは、大きなトラ猫である。


「ブンタ!」


 足元の猫はアカネにそう名を呼ばれるとウニャーンと返事をした。忘れるはずもない、以前鷲田家で飼っていた猫のブンタである。


「ブンタじゃない!久しぶりね!あなた今までどうして……」


 アカネが手を伸ばすと、ブンタはさっと身をかわしてしまった。


「もう何よ!相変わらず気まぐれなんだから!」


 ブンタはアカネから数メートルほど離れると、振り向いてオオーンと鳴く。


「え、どういうこと?ついて来てほしいの?」


 ニャニャと鳴いたブンタが早足で歩き始めたので、アカネはその背中を追った。


 猫を追って林の中に足を踏み入れたアカネは、そこにぽつんとある一つの墓石に気がついた。


「鷲田家の……墓?」


 そばにある石板に、亡くなった者たちの俗名が彫られている。父と母と、そして……


「ウソでしょ……モミジの名前が……!?」


 アカネの表情が曇る。だが、その隣に彫られた名前を見てアカネの表情が明るくなった。


「あ、なぁんだ……!」


 墓地へと案内したブンタをアカネが抱きかかえながら笑った。


「アタシも死んでるじゃない」


 石板には確かに、鷲田アカネの名前も彫ってあった。


「そっか……だからアタシに会いに来てくれたのね、ブンタ?」


 ここは死後の世界。そう解釈すれば、一文字ツバサの言葉も腑に落ちる。アカネは少しずつ、自分が閃光少女グレンバーンとして戦った激戦を思い出していった。そうか、それで自分は死んだのか。


「でも……もう終わったのね?モミジ、あなたとここでずっと暮らしてもいいのね?」


 アカネは笑いながら、目からポロポロと涙をこぼした。


「あはっ!あははははっ!アタシ、ここに居てもいいのね!そうなのね!」


 アパートに一人残される形となったモミジは、卵焼きを包丁で切り終わると、そのまま隣の部屋を覗いた。一文字ツバメは、まだ気を失ったままだ。その耳元では、ずっとアーンバルがささやき続けている。


「ね、言ったでしょ?あなたのお姉さんは、まだしばらくは帰らないわ。大丈夫、さっきあの子の突撃をかわした時みたいに、私が横でアドバイスしてあげる。さあ、やるのよ。その子を殺しなさい。それがあなたたちのためでもあるんだから……!」


 包丁を握りしめたままのモミジは返事をしない。そのかわり、ベッドに横たわるツバメの寝顔を見たモミジの口元に、笑みがひろがった。


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