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真っ赤な鬼が泣いた時

「アカ……グレンちゃん、ついてこなかったね」


 ツグミは後部座席に揺られながらそうつぶやいた。ジュンコが運転するミニバンが、静かな夜の道を走っている。助手席にはアケボノオーシャンが座っていた。しかし、サナエとグレンバーンの姿は無かった。


「おギンちゃんが一緒に残っている。ハカセの工場の場所は知っているらしいから、グレンの気が変われば後で連れてきてくれるよ、きっと」

「しかし悪魔であることでこうも嫌われるとは意外だったねぇ。物別れに終わるとは実に残念だよ」


 言葉とは裏腹にジュンコは、この反応を興味深いとばかりに笑みを浮かべている。


「悪魔と戦う閃光少女の宿命かな?でも、アケボノ君。君はたいして葛藤が無さそうだねぇ」

「私は花より団子ですから。でも、グレンにとって悪魔は家族の仇なんですよ。特に、人間に姿が変わる悪魔は地雷で。……すみません、ハカセの前でこんな事を言うのもなんですが」

「悪魔としての私の生命は個体として完結している。縁もゆかりも無い別の悪魔の話に気を悪くはしないさ」

「あ……もしかして、家族みんな……だからグレンちゃんは一人で……」


 アパートに暮らしていたのか。ツグミはその気持ちを想像すると、とたんに寂しく、悲しくなった。


「知らなかった」


 ふと、グレン/アカネが以前言っていた言葉を思い出す。


「『行ってきます』って朝家を出ていった友達が、夕方になっても『ただいま』って家に帰ってこない。そんなのって、なんだか悲しいでしょ」

(アカネちゃんは、きっとその逆の出来事を経験したんだ)


 ジュンコはコンビニの駐車場へ車を停めた。


「小腹が空いたから何か買ってくるよ。君たちも何かいるかい?」

「チーズバーガーとコーラが欲しいです、ハカセ」

「じゃあ、すみません、私もそれで……」


 ツグミはともかく、閃光少女のアケボノオーシャンをコンビニに連れ込むわけにもいかないので、ジュンコは自ら車を降りた。ただ、ツグミも車内に残すことにする。


「ツグミ君……だったよね。気になるのだろう?」

「えっ?」

「グレンバーンの過去の話さ。私は他にもいろいろ買っておこうと思う。その間にアケボノオーシャン君が聞かせてくれるんじゃないかな?」


 オーシャンはニヤリと笑う。


「空気を読むのが上手ですね~ハカセ」

「それが人間社会に溶け込む秘訣さ」


 ジュンコのミニバンに少女二人が残された。後部座席に座っているツグミからは助手席のオーシャンの顔は見えない。やや間をあけて、なるべく平静な声でオーシャンは語り始めた。事実だけをかいつまんで、簡潔に。閃光少女グレンバーン誕生の物語を。


 鷲田アカネ、当時13歳。

 彼女は郊外にある一戸建ての家に、両親、そして双子の妹と共に暮らしていた。家の中の空気は最悪だった。朝から父と母が怒鳴り合う声で目を覚ますと、隣で寝ていた妹のモミジが涙を流して震えていた。アカネはもはや両親には愛情を感じていない。だが、この双子の妹だけは別だ。愛している。だからこそ彼女が精神を病む原因を作った両親が許せなかった。両親が離婚をするのは勝手だ。だが、そのせいで最愛の妹が苦しみ、その上姉妹の親権が父と母にそれぞれ移ることで、別れなければならないのが、アカネには何よりも辛かった。


「ちょっとアカネ!『行ってきます』くらい言いなさい!」

「……」


 母を睨みつけ、家を無言で出るアカネは、これが母から聞く最後の言葉になるとは知る由もなかった。


 放課後、学校からの帰り道でアカネは意外な者と出会う。


「あれ?モミジ?」


 とても家から出られなかったはずの妹、モミジがアカネを迎えに来たのだ。


「今日はなんだか気分が良いもので。散歩がてら、お姉さんを迎えに来たんですよ」


 粗暴な姉と違って、妹は大和撫子のような喋り方をする。


「そう……なら、良かったわ!」


 姉妹に笑顔が戻るのは久しぶりだった。良い事はさらに続いた。


「あら、アカネにモミジ。おかえりなさい」

「た、ただいま……?」


 母は、なんだか今朝とは別人のように優しい笑顔で姉妹を出迎える。


「アタシ、あなたたちに謝らなくちゃならないわ。お父さんと離婚するのは、やめることにしたの。今まであなたたち二人を苦しめてきて、本当にごめんなさい。これからはきっと、あなたたちにとって良い母親になるから」

「う、うん……」

「ただいまー!」

「あ、お姉さん。お父さんが帰ってきましたよ」


 父はケーキの入った箱を手に下げて帰宅した。


「駅前のケーキ屋で買ってきたんだ。大人気のイチゴタルト、二人とも好きだろ?」

「まあ嬉しいわ、お父さん。でも、これって高かったでしょう?」


 モミジの言葉に父はウインクして応える。


「なあに、家族の再出発のお祝いさ。うん?どうしたんだ、アカネ?」


 アカネはもじもじとうつむいていたが、やがて口を開いた。


「その、アタシ……お父さんとお母さんに反抗ばっかりしていて……ごめんなさい」


 両親はお互いに顔を見合わせていたが、やがて二人とも大きな声で笑った。


「そんな事を気にすることはないよ。僕たちは家族じゃないか。今までの事は水に流して、これからはみんなで仲良く暮らしていこうよ」


 両親も笑った。妹も笑った。アカネも笑った。

 モミジはすっかり体調が良くなり、二人で一緒に学校へ行けるようになった。


「ただいま!」


 家に帰れば優しい両親が待っていた。アカネはとても幸せだった。その日が来るまでは。


 休日。たまたま一人で留守番をしていたアカネは、猫の鳴き声に気がついて外に出た。


「あれ?ブンタ?」


 ブンタと名付けていた鷲田家の飼い猫である。両親が離婚をやめた日、なぜか家から逃げ出していたのである。何かを訴えるように、納屋の扉を手で押している。


「もうブンタ、どこに行ってたの?そこには何もないわよ?」


 アカネはブンタを抱きかかえるが、しかしその腕からブンタは何度も逃れ、しきりに納屋の周りを回っている。


(この納屋は何年も使っていないのよ?ここに猫が食べるような物なんて無いはずだけど……)


 不思議に思ったアカネは納屋を開けてみる。するとそこに信じられないモノを見た。


(なん……なの……コレ……!?)


 そこに積まれていたのは両親の、妹の、死体であった。体中にハサミで切り刻まれたような傷跡があるが、血は流れていないし、腐乱臭もない。だが、間違いなく死んでいる。人間にできる殺し方ではない。そもそも、今自分が一緒に暮らしている家族は何なのか?


(悪魔の仕業)


 そうアカネが気づくのに時間はかからなかった。アカネにはこの場合2つの選択肢があっただろう。閃光少女に助けを求めるか、あるいは何も見なかったことにして、この幸せな生活を続けるか、だ。だが、アカネはそのどちらの道も選ばなかった。


「ブンタ。アンタは、これからは一人で生きていくのよ」


 アカネは猫の頭をそう言って撫でる。


「アタシも、これからはそうするから」


「ただいま」

「おかえりなさい!」


 アカネは家に帰ってきた悪魔たちを笑顔でむかえた。何も見なかったことにするのか?違う。アカネはこの日以来、閃光少女を見つけ出して弟子入りし、修行を重ねて、炎の魔法を身につけた。


「お姉さん、最近とても熱心に空手を稽古していますね」

「そうね。目標ができたからよ」


 他の閃光少女たちに家族の似姿をした悪魔たちを殺させたりはしない。家族を殺した悪魔たちは、必ずや自分の手で始末をつける。1年間、密かに血の滲むような修行をしてきたアカネは、ついにそれを実行に移した。


「あの……先輩、聞こえますか!?今炎上している家に到着したんですが……」


 鷲田邸の異変に気づいて駆けつけた閃光少女の一人が、電話で仲間に報告をする。


「悪魔はもう倒されたようです。燃える家の中から、紅蓮の……鬼が出てきました……!赤い鬼が……泣いています……!」


 鷲田邸は、家族と、そしてアカネにとって幸せだった思い出の墓標として、燃え上がった。かくしてこの時、閃光少女グレンバーンは完成したのである。


「私と知り合ったのは、その後だったね~」


 そう言って締めくくるオーシャンは、バックミラー越しに見なくても、ツグミが泣いているのがわかった。しばらくして、ジュンコが帰ってきた。


「待たせたね。温かいうちに食べるといい。ほら、ツグミ君も……おや?泣いているのかい?」


 ツグミは涙を拭ってチーズバーガーとコーラを受けとった。


「私、わからないんです。悪魔って何なのでしょうか?サナエちゃんみたいな悪魔もいれば、本当にひどいことをする悪魔もいる。ジュンコさんはいい人に見えるんです。でもこの違いって何ですか?」

「そうか、ではここで一つ悪魔について講義をしようか」


 ジュンコもまた買ってきたチーズバーガーを食べながら話し始めた。


「君たちにとっての悪魔の定義は『概念的な存在が、現実世界に適応した結果生じたもの』となっているが、これは抽象的過ぎてわかりにくい表現だ。多くの者はもっと単純に、人間を喰らう化け物のように思っているが、それも一面だけしか見えていない誤りだよ。アケボノ君、悪魔がこの世界の原生生物に似た姿をしている理由を知っているかい?」

「蜘蛛とか蝙蝠とか、動物に似ている理由ですか?さぁ、考えたこともないですね。人間が生理的に嫌うから?」

「いいや、違うね。そもそも悪魔とは『この世界に生まれようとするエネルギー』そのものなのさ。その無数にあるエネルギーは、無数の形でこの世界に留まろうとする。この世界で生きていくのに適していない形で生まれてしまった悪魔はすぐに死ぬ。逆に言えば、試練に耐えて生き残った悪魔は、こちらの世界で生き残ってきた種に似た形になるのさ。そして、そうすると生き残りやすいからこそ、人間を喰らう化け物になったりする」

「人間のような悪魔と、動物のような悪魔って、ずいぶん違いますよね」


 とツグミ。


「その違いは『この世界に生まれようとするエネルギー』が『生まれようとした動機』によって変わるんだ。君たち人間の宗教として仏教があるだろう?それで言うところの『業』に近い概念でね、一言では説明しにくい」

「じゃあ、私たち人間も悪魔なんですか?」

「それもちょっと違うんだ、ツグミ君。君たちと私たちの違いは、そのエネルギーが『この世界にあったもの』か『別世界から来たもの』かなんだ。君たちはその別世界を魔界と表現したりするね。魔法の源泉もまた、そこから来ている」


 ジュンコはコーラを一気に飲む。


「話をまとめよう。つまり、人間の形をした悪魔であっても、動物型同様に生き残るのに最適な行動をとる。本当に悪魔としか思えない生き方をする個体も当然いる。しかし、サナエ君のように、そうでない者も少なくない。これって希望を感じないかね?人間という種は必ずしも他人を踏みにじらなくても生きていけるんだってゲフッ!」


 ジュンコは盛大にゲップをした。


「あーあ、いい話だったのに、最後はなんか締まりませんでしたね」


 オトハが笑みを浮かべながら言う。


「コーラを飲めばゲップが出る。私も日々こうやって学習をしているのさ」

「ふふっ」


 ツグミは思わず笑った。他の二人も笑った。ミニバンは笑う三人を乗せて、ジュンコの工場へ向かっていった。


「おや?」


 運転席のジュンコが自分の敷地を見ると、工場のシャッター前に、すでにスーパーバイク、マサムネリベリオンが到着していた。そこには持ち主のサナエだけでなく、グレンバーンが仁王立ちで待っている。


「遅かったじゃない」


 グレンはミニバンから降りた面々にそう言った。


「気が変わったのかい?」

「悪魔と組むのは気に入らないけどね」


 グレンは不機嫌そうにジュンコに答える。


「あなたの言う通り、本当に人でなしの魔法少女に殺される人がいて、頼れる人がアタシたちしかいないのなら、やるしかないでしょ。アタシたちが不仲であることは、その人たちには関係がないことなんだから」

「それは良い返事だ」


 ジュンコはその答えに満足した。


「それに……サナエさんから『悪魔が嫌いなら、じゃあワタシのことも嫌いなんですか!?』なんて言われたら……折れるしかないじゃない。友達を守ってくれたこと……感謝しているんだから」


 苦笑するグレンの横で、目が充血しているサナエが、ジュンコにピースサインをする。ツグミもまた、そう言ったグレンに見つめられて、微笑みながらうなずいた。


 ジュンコが表向きの稼業としている整備工場は、一階がガレージと研究室になっており、二階は事務所兼ジュンコの自宅になっていた。ジュンコは事務所で、パソコンの画面をかわるがわる少女たちへ見せていく。

 ホームページ『天罰必中暗闇姉妹』。そこにはちょうど、城北地区下山村で起きた行方不明事件に係わる天罰代行依頼が届いていた。


「ジュンコさんが何をしたいのか、わかってきました」


 ツグミは神妙な顔で、被害者家族からの依頼文を読んでいる。「この怨みをどうか晴らしてください」という、結びの言葉も含めて。


「オーシャン、大将はアンタよ。どうするのか決めてちょうだい」


 そうオーシャンに促すグレンであったが、グレンの決意がすでに固まっていることをオーシャンはわかっている。


「魔法少女を殺せるのは、魔法少女しかいない」


 オーシャンはそう言うと、改めてここに集まった仲間の顔を見て、そして決めた。


「始めよう。天罰代行、暗闇姉妹」


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