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天罰必中、暗黒無用の時

 その時である。


「手こずっているようね!」


 上空からの声にインファナルは顔を上げた。月を背にして民家の上に立っていたのは、鷲田アカネである。


「手を貸すわ!」


 ユウヤミサイレンスもまた顔を上げてアカネを見たが、その足は気の毒になるほど震えていた。無理して不敵な笑みを浮かべているようだが、武者震いではなく恐怖に慄いているのは手に取るようにわかる。


「逃げてよ!今のアカねーちゃんに何ができるの!?」

「何もできなくても、逃げるわけにはいかないのよ!」


 アカネが答える。


「あなたのような子どもを戦わせて、アタシ一人が生き残る!?そんなことしたら、アタシは誇りを失うわ!誇りを失ってしまったら、生きながらにして死んでしまったのと同じよ!」


 アカネの右手で何かが光った。一瞬、魔法少女の指輪かとインファナルは身構える。が、光っていたのは包丁だった。糸井家で拾ってきたのだろう。アカネは出刃包丁を握り、その上からガムテープでぐるぐる巻きにして固定していた。

 インファナルがつぶやく。


「血迷ったか……魔女を相手にしてそんな馬鹿な真似を……」


 インファナルは、もはや笑いさえ浮かばず、アカネの義侠心を哀れにさえ思った。


「さぁ、行くわよ!」


 アカネはインファナルに向けて飛び込んでいった。


「おらあああっ!!」

「ふんっ!」

「!?」


 インファナルは肩から生えた腕で、容易くアカネの体を弾き飛ばした。アスファルトに容赦なく体を打ちつけられたアカネが転がって動かなくなる。だが、まだ息はあるようだ。


「さあ、どうだ!?こいつを回復させないと……」


 そう言いながらユウヤミに振り返るインファナルであったが、そこにはすでに、その姿がない。


「クラヤミ……」

「あっ!」


 インファナルが声の方向へ首をふると、ユウヤミサイレンスが拳を構えて跳躍していたところであった。


「パーンチ!!」

「なっ!?」


 ユウヤミサイレンスの拳が怪物の肘関節に叩き込まれる。アカネがつくったわずかな隙を、見逃すユウヤミではなかった。


「くそっ!」


 腕の自由が効かなくなったインファナルはとっさに距離をとろうとする。だが、インファナルがさがるより速く、ユウヤミの体が鞠のように弾んでいた。


「クラヤミ……」


 民家の壁を三角飛びしながらユウヤミがインファナルの死角から狙う。


「キーック!!」

「うぉおああああっ!?」


 ユウヤミは先ほど拳を叩き込んだ肘関節を飛び蹴りで吹き飛ばした。たしかに全体としてはユウヤミサイレンスよりアンコクインファナルの方がはるかに強いだろう。だが、腕一本を狙うなら別だ。こうして一つずつ潰していけば、最後に勝つのはユウヤミサイレンスである。


 勢い余って道路に突っ込むユウヤミサイレンスは、ころころと転がって体勢を立て直す。再びその目が蜘蛛の魔女を捉えた時、その怪物は背中の羽で飛翔し、アカネに覆いかぶさった。


「あっ!?」

「待て!ユウヤミサイレンス!」


 インファナルが、ぐったりしたアカネの体を持ち上げる。


「こいつ、このままだと死ぬんじゃあないか?お前が回復魔法をかけないとよぉ?」

「うっ……」


 それは、その通りである。虫の息であるアカネを、このまま見殺しにするわけにはいかない。だが、インファナルとアカネの距離が近すぎるのだ。ピンポイントで回復魔法をかけることができないユウヤミでは、せっかく腕を破壊したインファナルも回復させてしまうだろう。先ほどはアカネがなんとか隙を作ってくれたが、同じ手が蜘蛛の魔女に通用するとは思えない。

 そうユウヤミサイレンスが悩んでいると、アカネが口を開いた。


「……ええ、そいつの言う通りよ、ユウヤミサイレンス。回復魔法をかけて。お願い」

「アカねーちゃん!」


「ふふふっ!勇ましいことを言っていたが、やはり自分の命が惜しいようだな?」


 インファナルが愉悦の笑みを浮かべる。だが、アカネが首を横にふった。


「命が惜しい?違うわね。それが、あなたを倒す手段になるからよ。アタシがさっき拾ってきた……」

「?」


 アカネは自由な左手で、懐から何かを取り出した。そのガラス製の物体に、誰よりも見覚えがあったのはインファナル自身だ。


「あなたがその姿に変身する時に使った注射器……あなたのパワーのおかげで、アタシが手を下す必要は無くなったわね……」


 割れた注射器を目にした時、インファナルは最初、意味がわからなかった。だが、次のアカネの言葉を耳にしてハッと気づく。


「そう……注射器はすでに、()()()いる……!!」

「や、やめろおおおっ!!」


 アカネの意図を察したユウヤミは、すでにその手を彼女たちに向けていた。回復魔法の光がアカネたちを包む。アカネの傷が癒え、インファナルの腕が自由をとりもどす。そして、割れた注射器もまた時間を巻き戻すかのように直っていった。


「やっぱり、すごいよアカねーちゃんは!魔法少女でなくなっても、おねーちゃんは、ヒーローだ!」


「ああああああああ!!」


 アンコクインファナルが悲鳴をあげる。注射器が直っていくと同時に、注射器から注入された魔法薬もまた戻っていくのだ。魔法薬を無理やり体外へと排出された怪物アンコクインファナルは、徐々に人間の姿へと戻っていった。


「馬鹿な……馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!馬鹿なああっ!!」

「うおおおおおっ!!」


 ユウヤミはアンコクインファナルに突進した。インファナルは再び注射器に手を伸ばしかけるが、ユウヤミはそんな隙を与えたりはしない。


「おらああっ!!」

「うっ!?」


 ユウヤミの右手が深々とインファナルの胸を貫く。そのまま心臓を鷲掴みにし、心停止させたインファナルの遺体から、ユウヤミサイレンスは右手をゆっくりと引き抜いた。回復魔法が働き、胸の大穴がそっと塞がっていく。


「なむあみだぶつ」


 ユウヤミは念仏をとなえながら、インファナルの体をそっと、道路に寝かせた。


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