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ルール無用の時

 地響きのような音を立てて、変異した蜘蛛の魔女が糸井家の壁を突き破る。それに巻き込まれる形で路上に転がったユウヤミサイレンスは、両足を踏ん張ると、ミサイルのように頭からアンコクインファナルにぶつかっていった。


「このやろう!!」

「無駄だ!!」


 そう叫びながら迎撃するインファナルの声もまた、ディーゼルエンジンを積んだ大型トラックの排気音のような、重低音に変わっている。


「ベフッ!?」


 インファナルの肩から生えた新しい腕で、頭から打ち落とされたユウヤミが地面にへばりついた。


「わ!わ!わ!」


 そのため、ユウヤミは自分を踏み潰そうとする巨大な蜘蛛の足から、転がって逃げるよりどうしようもなかった。


「ツバメちゃん!!」


 糸井家に残されたアカネが、インファナルが突き破った壁の穴から心配そうに叫ぶ。


(アタシが魔法少女ですって……!?)


 ツバメの言葉を、アカネはどうしても信じられない。しかし、アカネがツバメのことを知っているのも事実であった。


(でも、仮に本当に私が魔法少女だとしても……無理よ!あんな怪物と戦えるわけがない!)


 ユウヤミサイレンスは必死にインファナルに格闘をしかけるが、もはや今のインファナルに対しては格闘技がどうこうというレベルを超えていた。ユウヤミは何度も蜘蛛の足に跳ね飛ばされ、その度に体に傷が増えていった。


 ふと、視線をあげたユウヤミがアカネの視線に気づく。


「こっちくんな!!」

「えっ……!?」


 ユウヤミがアカネに、というより、家の壁に空いた穴へ向けて手をひろげた。すると、まるで時間を巻き戻すように壁が修復されていく。


(これも魔法なの……!?あの子が壊れた壁を直している……!!)


 アカネは理解した。壊れた物を直すのがユウヤミサイレンスの能力であると。そして、こんな状況だというのに、ユウヤミサイレンスはアカネの安全を第一に考えていると。


 壁が塞がり、暗闇の室内にアカネ一人が残される。家の外では「うわーっ!?」というユウヤミの悲鳴と、アンコクインファナルの高笑いが聞こえてきた。姿は見えないが、またしても蜘蛛の足で蹴り飛ばされたのだろう。


(なんて子なの……自分がどうなっても、アタシのことを助けようとするなんて……)


 アカネは忸怩たる思いに打ちひしがれた。


(あんなに小さい子が戦っているのに……私は……!!)


 もしも本当に、自分に力があったとしたら。あの蜘蛛の怪物を滅する力があるとすれば……

 アカネは首を激しく横にふった。


「力があるとか、無いとか、そんなの関係ないわ!ここでアタシが何もしなかったら、アタシはアタシを許せなくなってしまう!!アタシじゃなくなってしまう!!」


 アカネは携帯電話の光を利用して、室内に落ちているはずの()()()を探し始めた。それがあれば、ユウヤミサイレンスは逆転できるはずだ。


 閑静な住宅街でアンコクインファナルとユウヤミサイレンスの戦いが続く。そこにはまるでこの二人しかいないようだった。実際、吹き飛ばされたユウヤミがガレージに停めてある乗用車にぶつかっても、誰もクレームをつけに現れない。


「ばかやろう!!」


 ユウヤミが鼻血を流しながら自動車を持ち上げる。そのまま自動車をインファナルへ投げつけるが、蜘蛛の魔女は鋭利なハサミのついた手で、それをすぐさま切り刻んだ。


「はははははは!!そんなものか、ユウヤミサイレンス!!」

「まだまだぁ!!」


 ユウヤミは別の住宅に飛び込むと、またしてもそこに停めてある車を投げつけた。ミニバン、スポーツカー、軽四駆……オートバイを真っ二つにしたところでインファナルが笑みを浮かべて尋ねる。


「もうお終いだな。投げつけられるような物は、もう無いだろう……」


 インファナルは試し切りとばかりに『糸井クリニック』と書かれた鉄製の看板を切り裂く。


「赤い臓物をぶちまけろ!!」

「やってみろよ!!その前に……自分の体のにおいをかいでみろ!!」

「は?」


 インファナルは怪訝な顔をして自分の体に視線を落とした。ユウヤミが投げつけた車を切断したことにより、体中に沁みついているのは……


(ガソリンか!?)


 ユウヤミサイレンスがニヤリと笑いながら、インファナルが試し斬りをした看板の切れ端を拾いあげる。そして、ここは住宅街である。必要な物は、見上げればすぐ上にあった。


(ま、まさかっ!?)


 ユウヤミがフリスビーのように看板を上に投げた。頭上にあるのは電線だ。低圧配線を流れる対地電圧100ボルトの電流では、魔女の息の根を止めるほどのダメージはないだろう。だが、ガソリンに火をつけるとしたら別である。


「うおおおおおお!?」


 バチバチと火花を散らしながら切れた電線の端部がインファナルの頭上に落ちる。その結果…………何も起こらなかった。


「「は?」」


 インファナルとユウヤミが同時に困惑する。何も起きないどころか、感電すらしない。ユウヤミは地団駄を踏み、天に向かって叫んだ。


「きさまー!!この世界の物理ホウソクを変えたな!!」


 ユウヤミが誰に叫んでいるのか、メグミノアーンバルの存在を知らないインファナルにはわからない。ただわかっているのは、自分は有利な状況にいるということだ。


「ふふふふ……ははははは!何がなんだかわからないが、私には見えない味方がいるようだな!」

「ぐぬぬ……」


 インファナルはニヤリと笑いながら電線を頭から払い落とすと、再びユウヤミサイレンスに迫った。


「さあ、悪夢の続きを楽しもうじゃないか?」


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