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天使な子どもは残酷な時

 アンコクインファナルの腕から蜘蛛の糸が飛んだ。


「うわっ!?」


 狙いはユウヤミサイレンスの目である。視界を奪った蜘蛛の魔女は、すぐさま拳を振り上げ距離を詰めた。


「雑魚が変身したところで、私にかなうとでも思っているのか!」


 インファナルの拳がユウヤミの顔に刺さり、アカネは目を背けたくなった。当然だろう。アカネは、大人の女が女児を暴行するシーンを見て、気分が良くなるタイプの人間ではない。だが、ユウヤミの顔がインファナルに何度殴打されても、アカネにはどうすることもできなかった。


「ふははははっ!!」


 逆に、打たれるがままのユウヤミに気分を良くしているのはインファナルの方だ。そのため、ユウヤミが右手を腰の位置に構えていることに気がつかなかった。


(正拳突き……!)


 横から見ていたアカネがそう悟った時には、ボッ!!という重低音が室内に響いた。蜘蛛の魔女がよろめきながら数歩後ずさり、自らの腹部を押さえて油汗を流す。


「何なんだぁ……今のは……!?」

「なにって?正拳突きだけど、空手しらないの?」


 ユウヤミサイレンスは目元に貼り付いた蜘蛛の糸をバリバリと顔からむしり取った。魔女の拳によって目の周りにパンダのような青あざが広がり、切れた唇から血が滴り落ちる。それでもなお、荒い息をしながら、とうとう膝をついたインファナルの方がはるかに深刻なダメージを負っていた。


「チョーシにのってなぐってるからこうなるんだ。目をふさいでいても、どこにいるのかわかるじゃないか」

「ヒューッ……ヒューッ……」


 必死に呼吸を整えようとするインファナルにとっては酷な寸評だ。近接格闘タイプの魔女に何度も殴られて、反撃する余力がある方がどうかしているのだから。


「今のでわかっただろ。おまえはわたしには勝てない」

「ヒューッ……ヒューッ……うっ!?」


 ユウヤミがインファナルの胸ぐらをつかみ、むりやり立たせる。


「それでも、まだやるの?」

「ガキが……調子に乗ってると潰すぞ!!」


 インファナルはユウヤミを突き飛ばし、その横顔にハイキックを浴びせた。人間相手なら致命傷だろう。並の魔法少女でもノックアウトは免れない。だが、力の魔法少女にとっては軽すぎる打撃であった。


「こ、こいつ……!?」

「おらあっ!!」

「くっ!」


 ユウヤミの左正拳突きが放たれ、インファナルはとっさにそれを右腕でかばった。乾いた材木が割れるような音が響き、そばにいたアカネが、身の毛のよだつその異音に思わず震える。床に倒れた蜘蛛の魔女が七転八倒した。


「ぎゃああああああっ!!腕があああああっ!?」


 インファナルの右腕があらぬ方向へグニャグニャと曲がっていた。骨が折れたのだ。ユウヤミがまたしてもインファナルの胸ぐらを掴んで立たせる。


「まだやるの?」

「も……もう勘弁…………」

「えっ?」

「カッ!!」


 その瞬間、インファナルの口から鋭い毒針が飛ぶ。避けられずはずがないと勝利を確信したインファナルであったが、ユウヤミは噛みつくようにして歯で止めてしまった。毒針をくわえたまま、ユウヤミサイレンスが尋ねる。


「はははふほ〜?(まだやるの〜?)」

「な……なんて奴……!?」


 蜘蛛の魔女が何かを言い終える前に、ユウヤミサイレンスは両拳を腰に構えていた。そして、それらを上段と中段に向けて同時に突き出す。伝統派空手の技、山突きである。片腕を潰されたアンコクインファナルに、それを防御する術はなかった。


「ぎぇぺぱぁっ!?」


 吹き飛ばされたインファナルの体がリビングに置かれたキャビネットに衝突する。ぐったりと動かなくなった魔女の体にキャビネットがのしかかり、姿が見えなくなったところで、ユウヤミは文字通りインファナルの毒針を吐き捨てた。


 事態を見守っていたメグミノアーンバルは、ここでやっと我に返った。この、ユウヤミサイレンスという魔法少女は自分のコントロール外にいる。そう気づいて恨めしそうにサナエの顔を見た。


「……何をしたの、あなた?」

「ワタシが何をしたというより……」


 サナエは言葉を選びながら続ける。


「守護天使ですよ。ワタシたちを見守っている……ね」

「なんとかしなさいよ」

「いやぁ、無理ですよ」


 サナエは思わず笑った。


「ワタシは残念ながら、夢の世界に干渉できませんから」

「…………」


 アーンバルはさらに何かを言いかけたが、アカネに手を差し伸べるユウヤミサイレンスの映像に再び目を移した。


「だいじょうぶか、アカねーちゃん?」

「あ、ありがとう……」


 アカネはおずおずとユウヤミの赤いグローブを握った。アカネを引っ張り起こしながらユウヤミが尋ねる。


「どうしてグレンバーンに変身しなかったのだ?」

「えっ、グレンバーン?」

「アカねーちゃんが変身する閃光少女だよ」

「閃光少女?アタシが!?」


 アカネが驚いていると、冗談なら後にしてほしいとユウヤミはイラついた。


「頭でも打ったのかー?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。きっと誰かと勘違いしているのよ。あなたとは初対面だし……」

「はあ~?」


 ユウヤミはさらにイライラする。


「さっき、わたしの名前をよんだじゃん!」

「あなたの名前?」

「ツバメちゃんっていっただろ!」

「そ、そういえば……で、でも……なぜ……どうして……?」

「もしかして、ほんとうにわすれているのか~?」


 次の瞬間、アカネの視界からユウヤミサイレンスが消えた。


「わっ!?」


 見ると、ユウヤミは突如飛んで来たキャビネットごと壁に叩きつけられていた。幸い大きなダメージは無く、のしかかるキャビネットを自力でどける。そしてユウヤミは、目を見開いて何かを凝視していた。その視線の先を追って、アカネも息を呑む。


「てめぇは……てめぇは……」


 インファナルの下半身が、完全に巨大な蜘蛛のそれに変わっていた。6本の丸太のような足が、表面にある無数の針を震わせる。両肩からは通常の腕の他にもう一対、甲殻に覆われた新しい腕が、その先端についた鋭利なハサミを光らせている。まさか背中についた昆虫型の羽は、この巨体を空へ浮かべるというのだろうか。


「てめぇは……てめぇは……てめぇは……!」


 インファナルは首筋に刺している、既に魔法薬ポーションが空になった注射器を投げ捨てる。


「てめぇはもうお終いだああああ!!」


 そう叫んだ口元が裂け、新たに生えてきた黒い牙が横向きに大きく開いた。

 ユウヤミサイレンスは一言だけ口にした。


「ちょーきもちわるい」


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