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妹は一人ではない時

 アカネの耳鳴りが止まった。辺りが一切の静寂に包まれる。アカネの目前を、金髪の長い髪の毛が一本、ふわふわと落ちていく。蜘蛛女が天井からアカネの首へ伸ばしていた両手が、今まさに届こうとする瞬間、アカネがその場で伏せたため、その手が宙を切った。

 アカネはそのまま転がるようにして逃れ、天井を見上げて驚愕する。顔に8つの目を持つ蜘蛛女が、天井に足を貼り付け、逆さまになったままアカネを品定めしていたからだ。


「何をするんですか!?」


 と叫んだのは、アカネではなくサナエである。この襲撃を仕組んだのが、アカネの夢を支配しているミツコである事は明らかだ。


「ちょっとしたお仕置きよ」


 とミツコ。


「おかしな詮索をすれば悪いことが起きる……アカネちゃんにはそう学習してもらおうかしら。それにしても、なかなかイカしている魔女ね。嫌いじゃないわ」

「アンコクインファナル……」


 サナエが蜘蛛の魔女の名を唱える。サナエたちにとって、忘れようにも忘れられない名前だ。彼女が糸井家を襲撃し、糸井アヤを誘拐したことが、全ての発端なのだから。


 アカネも自分を襲ったのが魔女だとわかったようだ。というより、ここにインファナルを呼んだのはアカネの潜在意識である。


(に……逃げなきゃ……!)


 アカネは蜘蛛の魔女に背を向けて走りだす。が、リビングの入り口に向かって魔女の腕から蜘蛛の糸が飛び、それを塞いだ。


「どこへ行くんだぁ?」


 蜘蛛の魔女が首をかしげて笑ってみせる。逃げ場が無いと観念したアカネは、そのにやけた顔にハイキックをお見舞いした。


「おらあっ!!」


 部屋にズシンと鈍い音が響く。だが、人間相手にならばともかく、魔女にとっては軽すぎる打撃であった。


「何なんだぁ、今のは?」

「くっ……!?」


 アンコクインファナルは外骨格に覆われた手でアカネの顔を平手打ちに払った。そのまま首ごと吹き飛び、アカネの体がリビングのテレビを巻き込みながら倒れる。


 モニターで見ていたサナエが歯がゆそうに言った。


「どうしたんですか、アカネさん!?なぜ、グレンバーンに変身しないんですか!?」

「矛盾するからじゃな~い?」


 隣でアーンバルが他人事のように口にする。


「グレンバーンは、愛する妹モミジの仇討ちのために生まれた。だけど、この世界ではモミジは生きている。自分がグレンバーンであると認めてしまえば、今いるモミジを虚構と認めるも同然。私は何もしていないのよぉん。変身を拒んでいるのは、アカネちゃん自身の潜在意識なんだから」

「そんな……」

「まあ、折角だし。少し雰囲気を盛り上げましょう」


 アーンバルがそう言うや、夢の世界の太陽が早送りのように急に沈んだ。糸井家が闇に包まれる。それでも、アカネはその事象に違和感をおぼえていないようだ。もっとも、それどころではないのかもしれないが。


「自分一人の身も満足に守れないか?」

「うぅ……!」


 インファナルは片手でアカネの首を掴み、感触を楽しむように徐々に締め上げていく。


 サナエが悲鳴をあげた。アーンバルが支配する夢の世界で死ぬとどうなるのか不明だが、悪い結果が待っているに違いないとサナエの直感が告げている。


「やめさせてくださいよ!このままアカネさんが死んでしまったら……あなたの目的だって果たせないでしょう!」

「いいえ、やめさせない」


 アーンバルは動じない。


「アカネちゃんに、助けを呼んでほしいのよ。彼女の仲間……アケボノオーシャンとか」

「……それで、彼女の正体を暴きたいというわけですか」


 もしもアカネの夢にアケボノオーシャンが現れ、目の前で変身を解除すれば正体が和泉オトハであるとバレてしまう。


「でも!自分がグレンバーンである事を忘れているアカネさんが、アケボノオーシャンを憶えているでしょうかね!」

「ええ、そうね。だから、思い出させてあげるわ」


 アカネの足元に倒れているテレビが映像を流す。アケボノオーシャンの宣伝だ。


『私は人類の自由を守る閃光少女アケボノオーシャンです。任せてください。我々は、必ずや悪魔と悪い魔女を倒して……』


 酸素不足にあえぎながら、アカネがその姿に目を落とす。


(助けて……誰か、助けて……!!)


 声も出せないアカネは、口だけを動かして必至にそう懇願した。アーンバルが満足そうに微笑む。


「いいわよ、アカネちゃん……ほら、やはり助けに現れたみたいね」


 アーンバルがモニターの一つを指さした。


「ハッ!?」


 まるでそれに呼応するように、蜘蛛の魔女もまた振り返る。誰かが、いつの間にかインファナルの背後に立っていたのだ。窓から入る月明かりを、逆行に浴びるその影に向けて、魔女が叫んだ。


「誰だお前は!?」

「天罰代行、暗闇姉妹」


 影が答えた。アーンバルが首をかしげる。


「どういうこと?アケボノオーシャンではなく、トコヤミサイレンスを思い出したというの?」

(いいえ、違いますね……!)


 サナエはほっと胸を撫でおろした。


(うまくいきましたね、ツグミさん!)


 影がアンコクインファナルに向かって歩き出す。アケボノオーシャンの宣伝を映し続ける、テレビの光によって照らされたその顔は、どう見ても小学生の女児であった。


「暗闇姉妹!?お前が!?」

「その手をはなせ!ばけもの!」

「……くくくっ」


 蜘蛛の魔女がアカネを開放する。といって、目の前の女児を恐れたからではない。逆に、まったく自分にかなう存在ではないと思ったからだ。床に落ち、這いつくばってゲホゲホと咳き込むアカネは、信じられない物を見る目でその少女を見上げた。


「ツバメ……ちゃん……?」

「助けにきたぞ!アカねーちゃん!」


「ふははははははは!!」


 インファナルは、とうとうこらえきれずに爆笑した。


「私が化け物?ちがう、もっと恐ろしい魔女なのよ、お嬢ちゃん。助けに来たですってぇ?死にたくなかったらさっさと消え……」


 そこで魔女の言葉が途切れる。ツバメと呼ばれた少女の右手に、魔法少女の指輪が光っていたからだ。


「わるい魔女の敵、そして、みんなの笑顔を守る戦士!見せてあげる!」


 ツバメは両腕を斜めに伸ばすと、それを回転させながらポーズを決めた。


「変……身!」


 ツバメの体が、赤い光と黒い影に包まれる。やがて、漆黒のドレスに赤いグローブとブーツを身につけた、魔法少女としてのツバメが姿を現した。首の赤いマフラーをたなびかせながら、もう一人の暗闇姉妹が名乗りを上げた。


「暗闇姉妹2号!ユウヤミサイレンス!」

「ユウヤミ……サイレンス」


 蜘蛛の魔女がその名を反芻する。


「なんだか知らないが……その名前には虫唾が走るぞ……!」


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