奪われたはずの未来
サナエはミツコに案内され、琥珀色のカプセルが無数に並ぶ通路を歩いていた。それは、サナギである。透明な壁越しに見える中の蜂怪人が身じろぎをすると、すでに中年女性に見せかけるための特殊メイクを取ったミツコが、うっとりとそのサナギを撫でた。
(ここで蜂怪人たちを造っていたのですね……)
サナエは先ほどのミツコが口にした言葉を思い出す。自分の裸以上の物を見せる、と。たしかにそうなのだろう。これはいわば、彼女の胎盤だ。そう思うと、無数に並ぶ琥珀色のサナギたちが、余計にグロテスクに見えた。
ミツコが尋ねる。
「私が、本当にあなたを仲間だって思っている事……信じてくれたかしら?」
「ええ、まあ」
だが、サナエにそんな気はない。とはいえ、今ミツコに逆らうのは得策ではないと思った。老人ホームの入居者が人質にとられている。しかも、兄ジュウタロウまで。それに、サナエにはミツコの機嫌が悪くならないうちに聞いておきたい質問があった。
「カエデさんやパチ子さん……あなたは彼女たちを10日以上は生きられない体にしていますね」
「例外はないわ」
ミツコはこともなげに答える。
「どの子もそうなのよ。短い生命だからこそより愛おしいと思える。そうじゃない?」
サナエには、反抗を防ぐための方便なのか、本当に倒錯した感情をミツコが抱いているのか、判断がつかない。
「10日間以上……というより、人間のように長生きする方法は無いんですか?」
「ありません」
「!?」
サナエは驚いて後ろを振り返った。そこにカエデがいる。だが、ミツコの代わりに答えたそのカエデは別個体なのだろう。ミツコが言った。
「あなたもカエデが気に入ったの?欲しかったら、一人あげるわ。大丈夫、古くなったら、また新しく造ってあげるから」
「あなた……命をなんだと思っているんですか!?」
サナエが怒気を発するも、ミツコにはその理由がわからない様子だ。
「何を怒っているの?諸行無常、生命は生まれ、老い、死んでいく。それは神が定めた摂理じゃない」
「あなたは神にでもなったつもりですか!?」
「つもりじゃないわ。私たちは神なのよ」
「私たち……!?」
ミツコは次に、全天周をモニターで囲まれた、ドーム状の空間にサナエを案内した。その画面を見て、サナエが息を呑む。
「アカネさん!」
モニターに彼女の姿が映っていた。
「サナエさん。人間でも悪魔でも無い、その融合体である私たちこそ究極の生物。新世紀の神にふさわしい……そう思わない?」
モニターに映るアカネはバス停に立ち、手をかざしながら、まぶしく光る太陽を透かして見上げていた。
(今日もよく晴れそうね)
登校時間である。バス停には彼女の他に何人もの女子高生達や男子生徒達がいた。それぞれが複数人のグループに分かれ、好きなドラマの俳優や流行しているJPOP、あるいは学校で一番ムカつく教師は誰か?といった話題で盛り上がっている。しかし、彼女だけがただ一人、他の学生達からは遠巻きにされていた。どうしても近寄り難い雰囲気があったからだ。
まず背が高い。身長は170cmもある。高校1年生の女子としては破格の身長だ。端正な顔立ちは、美人というよりもハンサムと形容する方が適切に思える。赤みがかったロングヘアを後頭部で結んでいるが、その位置が高すぎるためか、ポニーテールというより、本人の雰囲気も相まって、生まれる時代と性別を間違えたサムライのようだった。
「お姉さーん!」
アカネが振り向くと、同じくらい背が高いロングストレートヘアの少女が走ってくる。双子の妹、モミジである。この4月から、同じ県立の高校に通っていた。
「置いていくなんてひどいですよ」
姉に追いつき、そう抗議するモミジを見てアカネが微笑む。この姉がサムライというならば、妹の方は大和撫子と表現するのが妥当だろう。ガサツな姉と違い、モミジは所作がおしとやかである。
「モミジが起きるのが遅いからよ、お寝坊さん」
アカネは満足していた。奇妙な感覚だが、奪われたはずの、本来手にするはずだった未来が今ここにある気がする。アカネはなぜかそう感じていた。
(奪われたはずの未来……?)
アカネは首をひねる。
(変なの……そんなもの、あるはずないじゃない)
「ほら!姉さん!」
モミジが到着したバスに乗り込む。
「早く乗らないと、今度はアタシが置いていっちゃいますよ」
「えっ……でも、もう一人……」
「もう一人?」
アカネが振り返る。もう一人、バスに乗る子がいるはずなのだ。アカネの脳裏に彼女の影がよぎる。だが、彼女が何者なのか思い出せない。
「本当に、どうしたんですか、お姉さん?」
「……ゴメン、なんでもないわ」
「さ、行きましょう」
モミジはアカネに手を差し伸べる。アカネはその手を握り返し、ともにバスに乗った。
サナエは、モニターに映っているのがアカネの見ている夢であると気がついた。そして、すでに北島ミツコ/メグミノアーンバルがそれに干渉を始めていることを。
「あなたが力んでみてもダメよ」
アーンバルがサナエの考えを見透かしたように口にする。
「この装置は、私の脳波に波長を合わせているんだから」
「あなた……糸井アヤさんを思い出させないようにしましたね……!それが、アカネさんがあなたたちと戦う理由だから」
オウゴンサンデーが糸井アヤを拉致した事は、アーンバルも承知している。だが、サンデーの仲間と思われるのは心外だったようだ。
「あの思い上がった閃光少女の仲間と思われているの、私?いやねぇ~あいつとはただのビジネスとしての付き合いだけよ」
「ビジネス?」
「私は人間たちからお金を吸い上げ、あいつは代わりにこういう設備を提供している。今も、そう。鷲田アカネをサンデーの仲間にし、アケボノオーシャンの正体を探るのを、頼まれているからやっているまでよ」
「…………」
「でも、それもそろそろ終わり。いつまでもあんな不完全生命体に主導権を握らせているつもりはないわ……ん?」
いつの間にかモニターの中のアカネが一人、とある家の前に立っている。サナエはそこがどこなのか一目でわかった。
(糸井アヤさんの自宅!)
アカネは玄関のチャイムを押してみた。反応は無い。
「……変ねぇ」
アカネが首をかしげる。
「アタシ……どうしてここに来なくちゃいけないなんて思ったのかしら……授業を抜け出してまで……」
そうつぶやきながらも、なぜか帰る気にはならない。アカネはそっとドアを開け、中に入っていった。
(ここ……前にも来たことがある気がする……)
アカネは廊下を歩き、リビングへと入った。人気は無いが、空き家とは思えない。生活感だけが残された空間で、アカネが自分の耳を押さえた。
「え……なにこれ……耳鳴り……?」
アカネはまだ気づいていない。リビングの天井に、金髪の女がまるで蜘蛛のように貼り付いていることに。全身が黒いラバースーツに覆われ、顔には人間の目の位置に2つ、額に6つ、合計8つの目がついている。女は身を起こすと、鋭利な外骨格に覆われたその両手を、アカネの首へと近づけた。