自作自演の時
メグミノアーンバル/北島ミツコは、まさか飛行して老人ホームの恵に帰るわけにもいかなかった。人気のない山林へ降り、公共交通機関を乗り継いで移動をする。
(意外と時間がかかってしまったわねぇ)
ミツコが恵の前でタクシーを降りた時には、まもなく正午であった。昨夜、偽テッケンサイクロンを始末するために向かった影武者が逆に殺されたことも、本物のアーンバル/北島ミツコは把握している。老人ホームの住人目線では、今日の午前中はずっと、カエデもミツコもいなかったという事になるだろう。入居者の家族に擬態している蜂怪人たちがある程度は誤魔化しているはずだが、怪しまれないためにも、すぐに手を打つ必要があった。中年女性に見せかけるための特殊メイクを付け、玄関に入った途端すぐさまミツコが両手を合わせた。
「ごめんなさ~い!帰るのが遅くなっちゃって~!親戚に不幸があったから、すぐにお通夜に行くことになって……」
「ミツコママ!ミツコママ!」
そんな謝罪など聞こえていないかのように、入居者の老爺が彼女の袖を引く。
「ど、どうしたの!?」
「カエデちゃんが!カエデちゃんが……!いいから、早く!テレビを!」
ミツコが食堂にあるテレビの前まで、そうやって引っ張られていった。まるでかじりつくようにテレビの前に集合していた老人たちが、気の毒そうな目をミツコに向ける。わけがわからないままミツコがテレビ画面を見ると、ニュース番組の男性アナウンサーが、もう一度同じニュースを読み上げるところだった。
「……さて、繰り返しになります。本日、城南テレビ局に郵送されてきた誘拐犯からのビデオです。たいへんショッキングな映像となりますので、お子様のいらっしゃるご家庭では、どうぞ、ご配慮をお願いいたします」
(なんなの?)
ミツコが首をかしげていると、テレビ局に郵送されてきたのであろうビデオの映像が流れ、彼女の度肝を抜いた。
「カエデ!?」
ミツコは老人たちが自分を気の毒そうに見ていた理由がわかった。椅子に手足を結束バンドで拘束された長身の少女は、どう見ても北島カエデである。ハンディカメラで撮影されているのであろう映像が少し右を向くと、青い奇術師の衣装を着た魔法少女の姿が映った。
「はーはっはっは!みんな、憶えているかなぁ?先週、城南駅前で暴れていた偽物のアケボノオーシャンだよ~?」
偽物のアケボノオーシャンが自分の事を「偽物」と呼ぶはずがない。つまり、偽物を演じているのは本物のアケボノオーシャンだ。そう確信するミツコであったが、まだオーシャンの狙いが何なのかわからない。
「この映像を、どこかで見ているんだろう~?閃光少女ども~!この女の命が惜しかったら、私の言うことに従え~!」
ノリノリのオーシャンの後ろでカエデが叫ぶ。
「タスケテー!タスケテー!」
カエデの棒読みぶりに、オーシャンが思わず唖然として振り返ったのがミツコにはわかった。だが、カエデの演技力はこの際どうでもいい。
(生きて利用されたのか……カエデまで!)
ヘッドホンから流れるメロディーで凶暴化させたカエデなら、相手を殺すか、さもなくば自分が死ぬまで戦い続けるはずだった。なんらかの拍子で、ヘッドホンだけを破壊されてしまったのだろう。大根役者ではあるが、カエデが自らの意思でアケボノオーシャンと芝居を打っているのは明らかだ。
(鷲田アカネを恋い慕うように調整したのが裏目に出たか……しかし、わからないわねぇ……この芝居に何の意味が……?)
ビデオに映るオーシャンがカエデに尋ねる。
「君の名前は?」
「北島カエデです」
「どこに住んでいるのかなぁ?」
「くっ……!殺しなさい!」
「ちがう!ちがう!住所だってば!」
カエデが(驚くことではないが)スラスラと老人ホーム恵の住所を口にした。始末しそこねた偽テッケンサイクロンもまた寝返ったとしたら、メグミノアーンバル=北島ミツコと結びつけるのは容易いことだ。
「このニュース、いつからやってるの!?」
「さ、さあ?わしらが気づいたのは一時間くらい前だったかのう?」
ミツコの問いに、老人たちが首を傾げながらそう答えた。
ビデオの中のオーシャンが続ける。
「今日の午後4時だ!午後4時に、城南駅前の幽霊ビルの屋上に来い!」
幽霊ビル。今年5月に発生したテロ事件で多数の死傷者を出し、現在もほとんど利用する者がいない12階立てのビルだ。
「1000万円だ!聞いているか!北島カエデの家族!人質はそれと引き換えだ!それからアケボノオーシャン!今度こそ決着をつけてやる!来るのだ!さもないと……こうだ!」
ビデオのアケボノオーシャンがカエデの首筋に顔を突っ込んだ。ミツコ以外からどう見えるかはともかく、どうやら甘噛みをしているようだった。カエデが悲鳴をあげる。
「キャーッ!!あはっはは!!オーシャン、それって必要あ」
ビデオがそこで途切れると、『生放送中』というテロップが入ったスタジオの映像に切り替わった。アナウンサーの男性が神妙な顔をして語る。
「なんとも、恐ろしい事態となってしまいました……」
(どこがよ?)
北島ミツコに1000万円もの金を用意できるのかと心配そうに見る老人たちの手前、ミツコは深刻そうな顔を崩さなかった。だが、同じように深刻な顔をして、スタジオに座っているアケボノオーシャンを見てずっこけた。
(はあ!?)
スタジオにいるオーシャンが神妙な顔つきで言う。
「私たちは人類の自由を守る閃光少女です。任せてください。我々は、必ずや人質にされたカエデちゃんを助け出してみせます!」
(なんて馬鹿馬鹿しい自作自演かしら……それに、我々?)
スタジオのカメラがオーシャンの隣に座る深紅の閃光少女を映しだし、ミツコが息を吞む。
(グレンバーン!?まさか、私の魔法を解いて目覚めたというの!?)
スタジオのグレンバーンが言った。
「ええ……なんというひどい辱めでしょうか……必ずやアタシがこのアケボノオーシャンを討ち取ります!……わよ!」
(ああ、なんだ。カエデだこれ)
魔法少女の衣装には認識阻害魔法がかかっているため、アカネ以外の者がそれを着ても必ずグレンバーンに見えるのだ。隣でその言葉を聞いて顔が青くなっているオーシャンが、わざわざそんな事をしたということは、本物のグレンバーンは目覚めていないに違いない。ミツコが心の中で笑った。
(私を引きずり出す方法としては落第点ね。午後4時まで猶予があるなら、鷲田アカネから情報を抜き出すのは容易いこと……もしも私を倒せたとしても、後の祭りよ)
しかも、その時刻にまでなら影武者を再び用意する余裕さえあった。
(策士という噂を聞いていたけれど、アケボノオーシャンも所詮はガキ。こんなものなのね)
ミツコがテレビに背を向けて歩きだす。老婆が心配そうに声をかけた。
「ミツコママ!大丈夫……?」
「ええ、大丈夫よ。ちょっと一人になりたいわ……」
老婆はミツコが精神的ショックを受けているためそう口にしたと解釈するが、本当の理由はアカネの夢に干渉するためだ。だが、玄関のチャイムが鳴ったため、ミツコの足が止まる。そして戦慄した。
(……誰!?)
アーンバルがここにいる以上、暗闇姉妹が恵に直接乗り込んでくる可能性は高い。アケボノオーシャンとカエデはテレビ局のスタジオにいる。そして、グレンバーンは眠り続けているはずだ。他に考えられるとしたら、テッケンサイクロンか、あるいは……
(トコヤミサイレンス!?)
もしも扉を開けた先に彼女がいれば、アーンバルが生存する可能性は極めて低い。だが、玄関で鳴り続けるチャイムによって、ミツコが無視しても入居者の誰かがドアを開けるに違いない。
「どなたでしょうか……?」
ミツコは慎重に玄関のドアを開けた。