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神社で処女に会った時

「床上手な処女を見つけてきましたよー!!」


 自称探偵の魔法少女、中村サナエが部屋に入るなりそう叫ぶと、和泉オトハは唖然とし、村雨ツグミは赤面し、鷲田アカネは飲みかけの緑茶を盛大に吹いた。


「いきなり何を言い出すのよ、このおバカ!」

「ぎゃふん!?」


 ここはアカネのアパート。居候をしているツグミに加えて、オトハもこの部屋に集まっていた。今アカネに湯呑をぶつけられて鳴き声をあげているサナエに、大切な話があると呼び出されたからだ。


「えーっと、アッコちゃん落ち着いてよ。それにおギンちゃんも、ちょっとわかるように話してくれないかな?なんのことだか、わけがわからないよ」


 とオトハ。ちなみに、アッコちゃんとはアカネの愛称で、おギンちゃんはサナエのあだ名である。余談だが、オトハはたまにツグミをセンパイと呼んだりもする。


「なんの話って?忘れたのですかオトハさん!例の仲間の件ですよ」

「例の仲間の件?それで床上手な処女?……あー、あれかー!」


 それは城西地区で蝙蝠の魔女による襲撃事件が起こった日の夜だ。城南地区にあるアカネのアパートまで帰ってきたサナエとツグミは、玄関でオトハに出迎えられた。


「オトハちゃん来てたんだね」

「おかえりツグミセンパイ。それにおギンちゃんもお疲れ様でした。城西地区の件はテレビで見ましたよ」


 オトハは自分の正体をサナエに開示し、是非自分たちの仲間になってくれるよう頼んだ。無論、サナエは快諾する。


「鉄の船に乗ったつもりでまかせてください!」

「うむ!良きに計らえ!」

(オトハちゃん、うまくサナエちゃんを操縦しているなぁ)


 ツグミは感心している。


「ところで二人にこれから話しておきたいことがあるんだ。ガンタンライズ、つまり糸井アヤさんを誘拐した犯人から電話があったんだよ。きっとアヤさんは生きている。でも、助けるために作戦を考えなきゃ。中でくわしく話すんだけど……」


 と、アヤの名前が出て緊張するツグミにオトハが追い打ちをかける。


「アッコちゃんにはもう先に話したんだ。それでちょっと今、ヒートアップしていてね。立てば猛将、座れば明王、燃える姿は本能寺、みたいになっているから気をつけてね」

「うわぁ……」


 オトハが忠犬ハチ公のごとく玄関でサナエたちを待っていた理由は、部屋に入るとすぐにわかった。般若のような顔をしてあぐらをかいているアカネが、「ただいま……」と小さな声で言うツグミへ、その鬼の顔のまま笑ってうなずく。


「オトハちゃん、アカネちゃんは魔法を使っていないんだよね?なんか燃えているように見えるけど……」

「大丈夫、ちょっかいをかけなかったら火傷しないから」

「地獄からの求人待ったなしですね」

「聞こえてるわよ?」

「ひぇ」


 小声で話す3人が一斉に縮みあがった。


 それはさておき詳しい経緯の説明と今後の計画である。魔法少女たちがつくる新世界秩序を拒否して、オトハがオウゴンサンデーに宣戦布告した経緯について説明した。問題は今後だ。オウゴンサンデーがなぜ暗闇姉妹ことトコヤミサイレンスを求めているのか不明だが、こちらがわざとそうしなければ敵の手に落ちる心配はないだろう。単純に強いからだ。しかし、やはり糸井アヤ/ガンタンライズを救助したければ、先制してオウゴンサンデーに仕掛けなければ埒があかない。それなら仲間をもっと増やしたいところだ。情報面もきびしい。この日サナエやツグミが出かけて調査したように、足で調べるのは時間がかかりすぎる。蝙蝠の魔女を倒せたのは、偶然と、あくまで事前の長い調査のたまものでしかない。学生として不審な行動はとりづらいアカネとオトハが平日は動けないこともあり、圧倒的にマンパワーが足りないのが現状だ。


「ねぇ、オトハちゃん。そのオウゴンサンデーという人がやっていることを公表して、他の県から魔法少女の仲間を集められないかな?誘拐とかテロとか、革命を考えるとか、やってることはむちゃくちゃだよ?」


 ツグミは意見を述べる。意外と度胸が座っているツグミは、オウゴンサンデーからアヤを取り戻すためなら危険も辞さない覚悟だろう。もっともオトハの目から見れば、ツグミの度胸は、記憶喪失ゆえに『最強の閃光少女』『人類の救世主』『悪魔も泣き出すハンター』といった肩書を知らないことからくる、無知のせいだとも思った。


「残念だけど、『最強の閃光少女』様の権威は絶大だよ。信じてもらえないどころか、おそらくサンデー側がすでに手を回していると考えた方が妥当だね。迂闊に他県の魔法少女に会うのはリスクでしかない。それに、魔法少女を否定している現人間社会を苦々しく思っているのは、オウゴンサンデーだけではないだろうからね。魔法少女社会に変えようとする革命に賛同する同士が多いのは、きっと嘘ではないよ」

「お、オウゴンサンデーさんが直接ワタシたちを狙ってくるのでしょうか~!?」


 そう疑問を呈するサナエは、頼れるみんなの鉄の船宣言をした以上は、通称『悪魔も泣き出すハンター』が怖くても引き下がれない状況に、顔を青くしている。


「たぶん直接遭遇する可能性は低いよ。『人類の救世主』という肩書がサンデーにとって利用価値があるうちは、表向きは悪事に見えるような活動はできない。これまでのように他の魔法少女を裏から動かすはず。それに、どうやら私たちの正体までは知らないらしい。知っていたらその情報で恫喝してくるだろうし、ね」

「もしも仲間になってくれるとしたら、人間社会を大切に想っているけれど、『人類の救世主』という肩書をなんとも思わない人……」


 ツグミは首をひねりながらつぶやく。


「いるのかな?そんな床上手な処女みたいな人……?」


「そして時は現在に戻ります!ていうか!先ほどの回想通り『床上手な処女』って表現を最初にしたのはツグミさんですよー!どうしてさっきから赤面して壁に顔を向けているんですか!?」


 と叫ぶサナエ。


「私、そんな大きな声で言ってないもん……」

「そうよ!アンタはデリカシーがないのよ!」


 アカネが援護射撃をする。


「うわ~ん!ツグミさんとアカネさんに対してワタシは一人、多勢に無勢です~!」

「はいはい、それでは私が助け舟を出しましょう。それで、そう言うってことは仲間になってくれそうな人が見つかったってこと?」


 オトハに水を向けられたサナエはやっと本題を切り出す。


「そのとおりです!ワタシのバイクと強化服を作ってくれた方です!魔法を悪用しているオウゴンサンデーさんとその仲間を、グレンバーンさんとアケボノオーシャンさんがやっつけようとしている、って話したら、是非協力したいって言ってくれましたよ!」

「その人の名前は?魔法少女なの?」


 とアカネがサナエに尋ねる。


「そこはこの道の淑女協定によりワタシの口からは明かせません。逆に、まだ先方にはあなたがたの正体も明かしていないのです」


 淑女協定というのは、例え味方同士でも本人以外の口からは正体を明かさないという、魔法少女たちの不文律のことだ。しかも、今の場合は信じていいのかさえ疑わしい状況だ。サナエが一方的に騙されている可能性も否定はできない。

 ツグミは、そういえばバイクを作った人の名前をサナエの口から聞いたことがある気がしたが、今は思い出せなかった。ツグミは、サナエが信用している人なら、仲間になってもらえばいいのではないかと思った。しかし、閃光少女の二人は用心深い。


「どうするオトハ?」

「とりあえず会ってみたいけれど、ここに呼ぶのは危険が危ないかな。私たちがその人の家に行って会うというのも難しいかも」

「それでは、金曜日の夜にワタシの家で会うというのはどうでしょうか?先方は暇な人ですし、アカネさんとオトハさんも土曜日は学校がお休みですから都合がいいでしょう」

「私もついていってもいいかな……?」


 ツグミが恐る恐る尋ねた。閃光少女の二人は顔を見合わせる。


「もちろん、いいわよ。アヤちゃんが心配なのは、ツグミちゃんだって同じだもの。でも、念のため顔を隠した方がいいわね。アタシたちも変身した状態でその人に会うことにするわ」


 金曜日の夕方になった。目的地近くのバス停でバスを降りたツグミは、そのまま徒歩で向かう。サナエが事前に説明してくれた通り、まもなく鳥居が見えてきた。

 犬神山神社である。社殿こそ小さいが、敷地自体は広く、春になると桜が咲き乱れ、花見客で賑わう。とはいえ5月現在、桜はもう散っているが。御社殿、つまり神様の家に向かう参道の脇に社務所がある。いわゆる巫女の控え場所で、中村サナエはそこで寝起きしていた。御守り等を販売する授与所がそこに併設されており、勝手に掲げられた『中村探偵事務所』の看板の下から、サナエが手を振ってツグミを歓迎した。


「ここがサナエちゃんのお爺ちゃんが神主をしている神社?」

「はい。もっとも、お爺ちゃんはもういい歳ですからほとんどいません。若い別の神主さんにまかせていることの方が多くて、ほとんど名義だけですけどね」


 そして(自称)探偵業をしていない時はこの神社の巫女として働いているはずだが、サナエはジャージを着ていた。


「あはは!普段からあんな面倒くさい服を着ているはずがないじゃありませんか。あんなのはお正月の時だけですよ」


 文句を言う人もいないのであろう。神社を訪れる人間は他に誰もいなかった。雇われ神主もすでに帰宅している。これなら魔法少女たちの密会にも都合が良さそうだ。サナエとツグミが社務所でテレビを見ながら1時間ほどくつろいでいると、やがてアカネが到着した。


「変身!」


 すぐにグレンバーンの姿に変わる。周りから関連を怪しまれないように、念のため時間をずらして集合することにしていたのだ。最後に来るオトハはスクーターで自由に動けるので、指定時間の直前に到着することになっている。到着した彼女は、すでにアケボノオーシャンへと変身していた。


「みんな~お待たせ~」

「閃光少女がスクーターに乗って現れるのって妙な絵面ね……」


 約束の時間となった。ツグミが駐車場に現れたライトの光を指さす。


「あれ?今入ったミニバン、あれがその人じゃない?」

「そうですね!」

「ツグミちゃん、マスクで顔を隠して」


 すっかり日が落ちた神社。社務所についた外灯だけが閃光少女たちを照らしていた。すらっと背の高い人影が、参道を歩いてくる。暗闇で顔や服装は見えないのだが、赤い瞳だけが爛々と輝いている。やがて外灯が、やってきた人物の姿をあらわにした。


「やあ、みんな。君たち閃光少女の噂はかねがね聞いているが、直接会うのは初めてだねぇ。ごきげんよう。私は西ジュンコ。君たちに協力を申し出た者だ」


 白衣を着たその女性が、そうあいさつする。


「こんばんは!ジュンコさん!」


 サナエ一人が気軽にあいさつを返すが、他の3人はジュンコの雰囲気に圧倒されていた。


「これはたしかに、床上手な処女かもしれない……」

「コラ!」


 失礼なことをつぶやくオトハを叱りながらも、アカネも似たような感想を抱いた。いたいけな少女のようでもあり、妖艶な熟女のようでもある。線の見方によって若い女性にも老女にも見えるだまし絵があるが、ジュンコはそれと同じように、矛盾した美しさをその容貌に兼ね備えていた。腰まで長い黒い髪は、どこかツグミにも似ている。ただし、ツグミと違って癖毛は無い。墨を流したような髪が光を吸いとるように臀部まで流れている。顔にも鬱陶しいほど前髪がかかっているが、彼女自身は意に介さず、その奥から赤い瞳を光らせていた。


「あなたも閃光少女なのですか?」


 ツグミの質問にジュンコは答える。


「いいや、違うね。私は西ジュンコと名乗ったはずだが?閃光少女でもなければ魔女でもない。というより、魔法少女ではないのだよ。まぁ、君たち流に呼びたければハカセホワイトとでもなんでも呼べばいい」

「ハカセ……博士ねぇ。どこかの研究員さんですかねぇ?」


 とオーシャンが首をひねる。


「私はしがない整備工さ。ただ、たまに発明品を作っているよ。サナエ君のバイクと強化服を作ったのは私であると彼女から聞いているのだろう?私はとある理由から魔導具を制作することができるのさ。それに、自慢するようだが私は顔がひろい。情報面でも君たちをサポートできるはずだ」

「どうしてアタシたちに協力しようと思ったんですか?」


 グレンが当然気になる質問をする。


「その前に君たちに質問したい。君たちは人間が好きかね?」


 あまりにも直截な物言いに、むしろ返事が遅れてしまった。


「もちろんですよ!」

「はい」

「そりゃ、まぁ我々も人間ですし」

「ムカつく奴もいるけど」


 ジュンコはその返事に満足して言葉を続ける。


「ああ、私も人間が好きだ。欠点だらけのこの素晴らしい世界を愛しているのさ。しかし、その世界の姿を魔法で変えてしまおうとする者がいる。魔法を使ってエゴを満たそうとする魔法少女たちの姿を、君たちも知っているはずだ。本来この世界にはありえなかった魔法で、それを知らない人間たちを踏みにじっている。虐げられた人々は誰に助けを求めればいい?神か?仏か?私は魔法をこの世界に広めてしまった者の一人として、彼らの助けになってあげたいのだよ」

「魔法を世界に広めてしまった者の一人?」


 オーシャンが口を挟むがジュンコは言葉を続ける。


「殺された人間たちの晴らせぬ恨みを晴らし、人でなしに堕ちた魔法少女を消す。君たちに求めるのは同族殺しだ。すでに経験はしているようだが改めて問いたい。君たちは暗闇姉妹の後継者になる覚悟はあるかい?」

「暗闇姉妹の後継者……!?」


 グレンは息を呑む。


「そう、私は君たちのような者が現れるのをずっと待っていたのだ。そのために、私は『天罰必中暗闇姉妹』というホームページを作った。真に追い詰められ、助けを求める者であれば、そのホームページへとたどり着くことができる。彼らはそこに、人でなしどもへの制裁を願うのさ。そして、闇に裁く仕事は君たちに頼みたい」


 その言葉を聞いて、しばらくは誰も、何も答えられなかった。人を殺してほしい。改めてそう頼まれると、返事を躊躇するのが当然の反応だろう。もともとジュンコを引き合わせたサナエでさえ、こんな事は初耳だった。


「すぐに返事ができない気持ちも、よくわかる。だが、まずは『天罰必中暗闇姉妹』を見てみないか?私の工場まで車で送ろう。そこにパソコンが置いてある。それに、何も君たちにばかりお願い事をするつもりはない。もともと私とオウゴンサンデーの思想とは相容れないのがわかっただろう?人でなしを誅殺する傍ら、誘拐された友人の手がかりも一緒に探そうじゃないか」


 そう言うとくるりと閃光少女たちに背を向けて、駐車場へ向けて歩き出すジュンコ。


「待ってください!」


 そんな彼女の背中に思わずグレンは問いかけた。


「あなたは、もしかして……神なのですか?」


 人間を愛し、そして意図せず魔法を広めてしまった者。グレンがイメージしたのはそれだった。しかし、ジュンコは笑いもせずに振り返り、赤い瞳を光らせながら答えた。


「私は君たちが悪魔と呼ぶ者だ」


 その言葉に、サナエ以外の少女たちが一斉に驚いた。


「な、な……なんですって!?」


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