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紅蓮の名前を継いだ時

 アカネは夢を見ていた。

 そこでは、14歳のアカネが泣いていた。


「ああああああああああ!!」


 空を見上げ慟哭するアカネの背後では、彼女の家が燃えている。アカネの家族になりすましていた悪魔を倒したのだ。父と、母と、妹の三人と同じ姿をした者たちの、息の根を止めたのだ。

 その様子を見ていた一人の魔法少女が、電話で誰かに報告していた。


「あの……先輩、聞こえますか!?今炎上している家に到着したんですが……悪魔はもう倒されたようです。燃える家の中から、紅蓮の……鬼が出てきました……!赤い鬼が……泣いています……!」


 ひざまずいたアカネは、自分の手についた血潮を見つめ、何度も同じ言葉をつぶやき続ける。


「これはアタシの家族の血ではない……これはアタシの家族の血ではない……!」


 やがて彼女の前に誰かが立った。アカネが顔を上げる。


「師匠?」

「アカネさん……ついにやりましたね」


「師匠」と呼ばれた魔法少女が手を差し伸べた。アカネが悪魔を滅ぼす閃光少女になる決意を固めた時、稽古をつけたのがその『師匠』だ。閃光少女は悪魔と契約して力を得る魔女とは異なり、『師匠』のような先輩閃光少女から魔法を学ぶのである。


「おめでとう、アカネさん」


 アカネ本人の心情とは裏腹に、『師匠』が祝福の言葉をかけた。文字通り閃光少女としての師である彼女は、アカネの事情を全て知っている。


「あなたは、今日から人類の自由のために戦う閃光少女です。そのための新しい名前が必要ですね」

「新しい名前?」

「そう。まさか本名を名乗るわけにはいきませんから。さもないと、また近しい人が傷つけられて……」


 アカネが再び泣きそうな顔をしたので、『師匠』はそこで言葉を切った。


「アタシの、閃光少女としての名前……何も考えてなかった。仇討ちのことしか考えていなかったから……」

「グレン……というのはどうですか?」

「グレン?」


『師匠』が少し考える。


「グレン……グレンバーンというのはどうでしょうか?」

「グレン……バーン……」


 もとより異存などないが、アカネが尋ねる。


「なにか由来があるのですか?」

「あなたにその名を継いでほしい理由が……いえ、今はやめておきましょう。いずれ、わかる時が来るでしょうから」


 その時、アカネの唇に、何か柔らかい物が触れた。と同時に、まるでジェットコースターのように景色が急落する。

 気がついた時には、アカネは自室のソファーに寝ていた。隣の部屋からはアコースティック・ギターの音色が響いてくる。


「ごめんなさい、お姉さん。起こしてしまいましたね」


 妹のモミジがいた。


「いいのよ、悪い夢を見ていたから」


 とアカネ。


「どんな?」

「アタシが……魔法少女になる夢よ」

「ふーん」


 モミジが再びギターを演奏した。


「戦うー戦うーアタシはー魔法少女〜」


 アカネは思い出した。

 そうだ……自分は妹のモミジと一緒に暮らしているのだ。両親が離婚し、姉妹の親権が別れたが、そんな両親など放っておいて自分たちだけで一緒に暮らそうと決めたではないか。

 アカネは無邪気に笑った。


「あはは、変な歌をうたうのね」


 現実世界では、カエデが変身した魔法少女、ナンバー822とスイギンスパーダ、そしてアケボノオーシャンが対峙していた。さらに、バスからもう一人、女が降りてくる。オーシャンはその顔に見覚えがなかったが、彼女が昆虫のような羽を背中に展開したことで直感した。


「メグミノアーンバルだな!」


 アーンバルはオーシャンを見てニヤリと笑うと、そのまま羽をはばたかせて空に逃げようとする。だが、空を飛べるのはアケボノオーシャンも同じだ。


「待て!」


 オーシャンが足元に結界を展開し、それに乗って空を飛ぶ。その直後、背中にスパーダの叫びが飛んできた。


「オーシャンさん!後ろ!後ろ!」

「えっ!?」


 オーシャンの背後に迫っていたのは、魔法少女822であった。どういうわけか、今はドレスが青一色に変わっている。しかも、オーシャンと同じように、足元に結界を展開して空を飛んできたのだ。


「あなたの相手はアタシです……!」

「うわっ!?」


 822が手刀を結界で包み、剣のようにしてオーシャンを切りつける。自身もまたトランプ型の結界を展開してそれを防ぐが、822が渾身の突きを放つと、トランプ結界は簡単に貫通された。


「わわわっ!?」


 オーシャンは慌てて地上に降りた。そこには日本刀を構えたスイギンスパーダがいる。スパーダは待っていました!とばかりに822と斬り結んだ。


「ふんっ!」

「やーっ!」


 何度か火花を散らした末、822は自身の不利を悟り、スパーダから距離をとる。スパーダは自慢げに言った。


「剣術ならワタシの方が得意みたいですね!」

「あー!でもメグミノアーンバルが!」


 オーシャンがそう叫んで空を指さす。すでに小さい点にしか見えない彼女を捕まえるのは困難だろう。


「ですが、一人で逃げたんですよね?ならば、アカネさんがバスに残っているはずです!何をしているのかわかりませんが、とにかく迎えに行きましょう!」

「お姉さんは渡しません!」

「え、お姉さん!?」


 822の意外な言葉にスパーダがひるむと、822のドレスが、今度は赤一色に変わった。


「見ましたか、オーシャンさん!?さっきもこんな感じで、ドレスの色があなたとそっくりに変わったのですよ!」

「私みたいに……?今は赤色だけど……嫌な予感!」


 822が、今度は火球をスパーダへ投げつけた。


「はあっ!!」

「あーやっぱり!」


 オーシャンは横にジャンプしてなんとか避けたが、スパーダに火球が直撃し、大爆発を起こす。オーシャンが叫んだ。


「スイギンスパーダ!!」

「わ、ワタシなら無事です!」


 炎が収まると、中から何事もなかったかのようにスパーダが出てきた。強化服の防御力は圧倒的だが、しかし問題も発生する。


「刀が……」


 鉄製の刀身はともかく、柄は木製である。熱で急激に劣化した柄が砕け、武器としての用をなさない状態になっていた。


「オーシャンさん!これは一体どういうことなんでしょうか!?」

「あの魔法少女、私とグレンの能力を合わせ持っているんだ!青い時は私と同じように結界を張れて、赤い時は炎を使うんだよ!」

「じゃあ、オーシャンさん……」


 スパーダが恐る恐る尋ねる。


「赤色と青色が半分ずつの時はどうなるのでしょうか……!?」

「えっ?」


 オーシャンもまた822を見ると、彼女のドレスが、初めて見た時と同じように、右半身が赤色で左半身が青色に変わっていた。822は、右手の指先をそろえて伸ばし、左手でそれを支える。その構えといい、指先に集中される魔力といい、オーシャンには悪い予感しか感じられなかった。


「まずい!!何かが来るよ!!」


 オーシャンは慌てて、両手から巨大なカッターを飛ばす。だが、822は構えを崩さないまま跳躍してそれを避けた。カッターは空を切り、そのままバスの背面をえぐる。


「はああああああっ!!」


 822は空中から、スパーダとオーシャンに向けて、右指の先から光波熱線を発射した。


「ウルトラマンかよ!?」


 オトハはすぐさま多重に結界を展開し、それを後ろからスパーダが両手で支えた。


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