天罰必中、心を掴む時
背中に鳥肌が立ったパチ子がハッと振り返る。そこには、誰もいなかった。だが、おかしい。そもそも、トコヤミサイレンスの姿が消えている。そして、彼女が立っていたであろう所から、点々と血の跡が垂れていた。
(うーん?)
攻撃ヘリコプターの雄姿に夢中になっているテッケンサイクロンを残して、パチ子がそれを追跡する。自分の部屋に戻ってきたパチ子は、ありえない光景を目にし、口だけをパクパクさせた。
(なんやで!?これは!?)
部屋の壁には、大きな穴が開いていた。そして、まるでギャグ漫画のごとく、その穴は人の形をしているようにパチ子には見えた。
トーベ・ウインターの操縦する攻撃ヘリコプターが、少なくとも裏庭に見える範囲の蜂怪人を全滅させたのを見たサイクロンは、消音魔法を解除した。ヘリは上空高くに登り、地上に小さなローター音だけを残して去っていく。サイクロンが振り返らずに叫んだ。
「まだあの蜂たちが残っとるかもしれへん!探して倒すで、パチ子!……パチ子?」
返事が無い。振り返ると、彼女とトコヤミサイレンスの姿が消えていたので、サイクロンは頭を抱えた。
「え、えらいこっちゃ!まさか、逃げてしもうたんか!?」
そこから離れた地下室では、暴力の嵐が吹き荒れていた。
消音魔法が解除されたことで、トコヤミサイレンスの姿をしているメグミノアーンバルが、再び言葉を発することができるようになった。最初にその口から飛び出したのは、悲鳴である。
「いやあああああっ!?」
アーンバルの体が壁を突き破って隣の部屋に転がった。壁に開いた穴を通って、トコヤミサイレンスとよく似た魔法少女がアーンバルに迫る。音の消えた世界で、アーンバルが何度も尋ねていた質問を改めて彼女にぶつけた。
「なんなの!?なんなのよ、あんたは!?」
「ハチ女め!暗闇姉妹2号、ユウヤミサイレンスをわすれていたな!」
「知らない!忘れるもなにも、あんたのことなんて知らないわ!!」
「だったら、今からおぼえろ!」
「ひいいいっ!?」
ユウヤミサイレンスはアーンバルを無理やり立たせる。まるでプロレスラーが対戦相手をロープに投げるように、ユウヤミはその背中を、壁に向かって力いっぱい押した。
「いやあああああああああっ!?」
音が消えていた時から、ずっとこの展開が続いているのだ。スピードを活かせない地下での戦闘において、アーンバルの命運は、パワーファイターのユウヤミに掴まれた時点で決していたといえる。壁を突き破ったアーンバルを追って穴を通ったユウヤミは、その部屋に小便器があるのを見て困ったような声をあげた。
「ここ男子トイレじゃん!いやだなー、女の子はとなりのトイレにいかないと……」
それはつまり、また壁に向かって投げられるということだ。「ひっ!?」と小さく悲鳴をあげたアーンバルは、すぐに右手から指輪を外した。トコヤミサイレンスから奪った指輪だ。元の姿に戻ったアーンバルは、ひざまずいたままその指輪をユウヤミに向かって差し出した。
「お願い……もうやめて……!私が悪かったわ……この指輪は返すから……!」
「お姉ちゃんのものをかえすのはあたりまえだ」
「そうよ、その通りよ……だから返してあげる……さあ、もっと私のそばに……」
「うん。わかればいいのだ」
ユウヤミがアーンバルに近づく。しかし、それは罠であった。
(馬鹿なガキめ……大人の恐ろしさを思い知らせてあげるわ……!!)
ユウヤミが手を伸ばすと、アーンバルの指先から指輪がポロリと落ちる。もちろん、わざとだ。「あっ」と思わず指輪を拾おうとするユウヤミの首筋に向かって、アーンバルは反対の手に用意していた毒針を振り上げた。
「馬鹿め!!死ねえっ!!」
トイレの床に血が飛び散った。ユウヤミが驚いて顔をあげる。血を流しているのは、指を風のカッターで切断されたアーンバルの方だ。いつの間にか自分の背後にパチ子が立っていたことに、ユウヤミはこの時はじめて気づいた。風のカッターを飛ばしたのはパチ子である。
「な……ナンバー821ぃいいっ!!」
アーンバルが半ば絶叫する。
「どうして!?どうして私を……ママを攻撃したのよぉおおっ!?」
「あんたは……ママじゃないんやで!」
「!?」
「そこにある鏡で、自分の姿をよく見てみるんやで!」
アーンバルは、トイレにある鏡で自分の顔を見て驚愕した。顔がひび割れている。そして、そのひび割れた顔の奥に見える自分の本当の顔は、蜂怪人たちと同じであった。
「なんてこと…………そうか……私も同じ……ナンバー821と同じ……自分をメグミノアーンバルと思い込まされた、哀れな子どもたちの一人……うふふふふっ…………あーっはははははは!!きゃはははははははは!!」
偽アーンバルが発狂して、踊るようにその体をクルクルと回転させる。その頭を、ユウヤミが左手で掴んで動けなくした。もはやその顔に生気は無い。そっと右手を偽アーンバルの胸元へ向けたユウヤミは、気合もろとも心臓へ指をめり込ませた。
「おらああっ!!」
「うっ!?」
鼓動を続ける心臓を、ユウヤミが鷲掴みにする。握りつぶされ、やがて拍動が止まった心臓からユウヤミが指を引き抜くと、胸に開いた大穴がユウヤミの回復魔法でふさがっていった。
「なむあみだぶつ……」
死者の冥福を祈るのは、ユウヤミサイレンスが村雨ツグミから見習ったことである。泡となって消えていく偽アーンバルの前で合掌したユウヤミは、目を閉じて、にわかじこみの念仏をとなえた。
ユウヤミサイレンスは消えた。変身が解けた後に、一人残されるのはツグミである。一文字ツバメと二人で一人の暗闇姉妹になるのは、今夜が初めてではない。その度に、ツグミの心には嬉しさと同時に、寂しさも募っていくのだ。
ツグミが床に落ちていた自分の指輪を拾う。その時、背後でバタバタと走る音が響いた。
「パチ子ちゃん!?」
彼女の姿はもう無い。走って逃げたのだ。指輪をはめてトコヤミサイレンスへと再び変身したツグミは、少し迷いつつも、偽アーンバルの成れの果てである泡の塊に手を突っ込む。奪われていた手槍を回収したトコヤミは、急いでパチ子を追った。
「待って!逃げないで!」