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なりすまされた時

 テッケンサイクロンに抱きしめられたトコヤミ(アーンバル)は、そっと彼女を抱きしめ返す。だが、なぜかサイクロンは体をこわばらせた。


(?)


 アーンバルが違和感をおぼえる。でも、実は違和感をおぼえているのはサイクロンも同じだ。サイクロンはトコヤミから腕を離すと、そのままの姿勢で三歩さがった。


「あんた……本当にトコヤミサイレンスか?」

「えっ?」


 アーンバルはなるべく平静を装ってサイクロンに尋ねる。


「私、いつもと違うように見える?」

「見えへんよ」

「なら、どうして?」

「先週ウチらのパチモンが出た時、あんたに抱きついたら投げられた。オーシャンはあんたがシャイやから言うてたけど……なんで今は良かったんや?」

「それは……」


 まさかそんなやりとりがあったことまではアーンバルも把握していない。


「だって、今はあなたに怪我されたら困るもの。一緒に戦えないでしょ?」

「でも、トコヤミちゃんはヒーラーやで?すぐに治せるやろ?」

「うっ」


 アーンバルは言葉に詰まる。だが、やがてトコヤミの姿をしたアーンバルは、わざとらしく頬を赤らめた。


「サイクロンったら鈍いよ!」

「え?なんや急に?」

「私……あなたのことがずっと好きだったの……!」

「へーえ!?」


 サイクロンが頓狂な声を出した。


「トコヤミちゃんがウチのことを好きぃ!?」

「嫌よ嫌よも好きの内って言うでしょ?この前はつい恥ずかしくて投げちゃったけど、ずっとあなたの事を想ってたわ!それなのに……私のことを疑うなんてぇ……ふえぇ」


 アーンバルは(もちろん演技だが)、そう言って涙を流した。女の涙にもろいのは、どういうわけか同じ女であるサイクロンも同じらしい。


「わ、悪かった!悪かった!トコヤミちゃんがそこまでウチを想うとったやなんて知らんかったんや!勘弁してーな!」

「ぐすん……」


 トコヤミ(アーンバル)はそれを聞いて嘘泣きを止める。だが、トコヤミの正体がツグミであると知っているパチ子は、あまりにも強い違和感をおぼえてサイクロンに注意をうながした。


「もう少し疑った方がええんとちがうか?なにしろワテみたいに、そっくりさんを造るのは簡単やでなぁ。注意することに越したことはないやで」


 本人に似ていないパチ子が言うと説得力に欠ける気がするが、現にグレンやアケボノオーシャンの偽物は見分けがつかなかった事をサイクロンは知っている。パチ子のその言葉に、サイクロンはうんうんとうなずいた。


「つまり、本人でないと答えられへん質問をしたらええんやな?」

「そうやで」

「それじゃあ……」


 サイクロンはしばし考えてからトコヤミ(アーンバル)に尋ねた。


「ウチのどんなところが好きなんや?」

「ずこーっ!?」


 パチ子がひっくり返る。アーンバルは我が意を得たとばかりに舌を回した。


「クライムファイターとして犯罪者と戦う、テッケンサイクロンって、すごくカッコいいよ!それなのに、ダイキチハッピーとして歌って踊るあなたはすごく可愛くて……私、そんなギャップに興奮しちゃうのー!!」

「き、聞いたか!パチ子!うふふ!こんなにウチの事をようわかっとるのは本物のトコヤミちゃんしかおらへんで!」


 パチ子は呆れた。


「あんたがダイキチハッピーと同一人物なのは、さっきママにも明かしとったやで……」


 結局のところ、本物のトコヤミサイレンスでなければ答えられない質問というのは、サイクロンにはわからなかった。そもそも、サイクロンにとってトコヤミはまだ謎の多い魔法少女なのだ。正体も知らない以上、変身を解除してもらうことで真贋を見極める事さえ不可能である。


(ワテはトコヤミの正体を知ってるんやで……)


 かといって、トコヤミの正体がツグミであることは、サイクロンに対して秘密なのだ。パチ子が悩んでいると、どこからか電話の鳴る音が聞こえてきた。


「えっ、電話?」

「ワテの部屋からや」


 とパチ子が答えた。パチ子の部屋には、受信専用の電話機が置かれている。


「ウチが出る!……もしもし?」


 サイクロンが受話器を耳に当てると、そこからトーベ・ウインターの声が聞こえてきた。テッケンサイクロン/立花サクラが「おっちゃん」と呼ぶ、彼女の執事である。


「招かれざるお客様への対応に、手を煩わせてしまい申し訳ありません、お嬢様。トコヤミサイレンス様とは合流なされましたか?」

「おお、今会ったで」


 サイクロンがトコヤミ(アーンバル)に視線を移すと、毒針で背後からパチ子を刺そうとしていた彼女は、さっとそれを背中に隠す。


「左様でございますか。なら、残るお客様は裏庭にいらっしゃる方たちだけですね。彼らは、私の方で歓迎いたしましょう」

「おっちゃんが?」

「そこでお願いがございます。音を消していただけませんか?」


 音。その正体は空気の振動である。風の魔法使いであるテッケンサイクロンには造作もないことであった。


「ええけど、なんでや?」

「屋敷には今も多くのメイドたちが眠っております。日々勤労に励む彼女たちの眠りを妨げたくないからです」

「うーん、なんやようわからんけど、おっちゃんの頼みなら……」


 受話器を下ろしたサイクロンは、パチ子とトコヤミ(アーンバル)の方を向いて口をパクパクさせた。二人も口を動かしてみるが、奇妙そうに首をひねる。


(ああ、そうやった。音を消したらウチらも会話できへんのやな)


 サイクロンは身振り手振りで、二人に裏庭へ向かって開いている穴の方へ行くように促した。


 三人がそこへ着くと、裏庭はまばゆい光に包まれていた。


(何よ……アレ……!?)


 アーンバルが驚愕して空を見上げる。パチ子も開いた口が塞がらないまま、そうしていた。そして、裏庭で待機していた蜂怪人たちもまた、空から現れた鉄のバケモノに驚きを隠せないでいる。

 ライトで裏庭を照らし、音も無く空中でホバリングしていたのは、トーベが操縦する攻撃ヘリコプターであった。


(ここ日本でしょ!?)


 ヘリコプターの先端に付けられた機銃が火を吹いた。さらに、機体側面に取り付けられたロケット砲が炸裂し、裏庭が爆炎に包まれる。音が無い世界では、そんな光景さえもまるでスローモーションで流れているように見えた。


(我が子たち……)


 蜂怪人たちが次々に泡となって消えていく。アーンバルにとって使い捨ての命であるとはいえ、全滅するのは想定外であった。多少の落胆を感じつつも、アーンバルは気を取り直す。


(我が子たち……あなたたちの犠牲のおかげで、ついにチャンスが来たわ……!)


 音の無い世界では、アーンバルの動きを気取られる心配はない。「ええぞ!やったれ!」と(口だけが動いて)はしゃいでいるサイクロンと、あっけにとられているパチ子の背後で、アーンバルは両手に毒針を持って迫った。


(二人とも死ね!!)


 その時である。ポンと、誰かがアーンバルの肩を叩いた。肩に乗った赤いグローブを目にしたアーンバルの動きが固まる。


(えっ、誰……!?)


 次の瞬間には、アーンバルの肉体もまた激しい暴力の嵐に襲われていた。音の無い世界でなら気取られないのは、もう一人の暗闇姉妹も同じだったのである。


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