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愛ゆえに弱くなる時/愛ゆえに強くなれる時

 トコヤミサイレンスが後ろ向きに歩き、床に置いたランタンの光が届かなくなった彼女の姿が闇に溶ける。その様子を見た蜂怪人の一人が、思わずトコヤミを追った。


「あっ、バカっ……!」


 アーンバルが止める間もなく、ランタンに照らされた蜂怪人の頭部に、投擲された何かが突き刺さる。短い棒の先にダガー状の刃が付いたそれは、極端に柄の短い槍のようだ。柄の反対側にはロープのように黒い包帯が結ばれており、姿の見えないトコヤミサイレンスが引っ張ると、蜂怪人の頭部から抜けて闇に消えた。倒れた蜂怪人もまた、泡となって消える。


「チッ……!」


 アーンバルは舌打ちをしながら毒針をランタンに投げつける。砕けたランタンは燃料を床に漏らし、そこから火の手があがった。


「この屋敷がどうなろうと、私の知ったことじゃないのよねぇ。闇の中から炙り出してあげるわ、トコヤミサイレンス」


 アーンバルが満足そうに笑みを浮かべる。だが、余裕な態度もそこまでだった。


「は?」


 炎が消え、漏れた燃料はランタンに戻り、割れたガラスが時間を巻き戻すようにつながっていく。ランタンは何事もなかったかのように、ロビーの中央で光り続けた。


(回復魔法……!)


「ギャッ!?」


 アーンバルのすぐ隣にいた蜂怪人の頭部に、またもやトコヤミの投げた槍が突き刺さる。絶命した我が子を前にして狼狽したアーンバルは、すぐさま命令した。


「みんな!私の周りに集まりなさい!私の盾になるのよ!」


 蜂怪人たちに逆らう権限は無い。スズメバチに襲われたミツバチはスズメバチに密集して自らの体温で蒸し殺すというが、今はむしろアーンバルを守るための蜂団子となった。


(地下室への道順はわかっている……!)


 トコヤミが闇の中から投げつける手槍のせいで少しずつ外周の蜂怪人を殺されながらも、アーンバルと彼女を守る集団は地下へ続く階段に近づいていく。


(んん?)


 蜂怪人の体の隙間からロビーの方を見たアーンバルは、ランタンが持ち上がるのを見た。トコヤミサイレンスだ。ランタンを手に持った彼女は、闇の中でも格好の標的だ。


「あいつがいるわ!攻撃を……!」


 蜂怪人にそう言いかけたアーンバルであったが、ふと足元にピチャリという音を聞いて立ち止まる。階段の前に液体が撒かれているのだ。アーンバルがその液体の正体を悟ったのは、トコヤミが持っていたはずのランタンが、宙を舞ってこちらに飛んできた瞬間であった。


「まずい!!どきなさい!!私を逃すのよ!!散開!!散開!!」


 アーンバルが自分に密集する蜂怪人の群れを泳ぐようにして元来た方向へ逃げるのと、地下室へ続く階段に近づいていた蜂怪人の集団が炎上したのは同じタイミングであった。


「「「ギイイイイイイッ!?」」」


 階段の前に撒かれていた液体の正体は灯油である。トコヤミがランタンを乱暴に投げつけたせいで、まさに蜂怪人たちの()()()()()()()のだ。蜂怪人たちはアーンバルからの命令もあって散り散りに逃げ惑う。だが、それはトコヤミサイレンスの思う壺であった。


「あ……ああ……ああああ…………!!」


 なんとか炎から逃れてへたり込んでいたアーンバルであったが、統率を失った我が子たる蜂怪人たちが、次々とトコヤミに仕留められるのを見て、言葉を失っていた。ある者は槍をこめかみに刺され、ある者は顔が歪むほど殴られた後に首の骨を外される。黒い包帯で首を吊られた蜂怪人が徐々に力を失っていく様子を、燃える炎が照らし続けていた。


(炙り出されたのは……私たちの方だと言うの……!?)


 自分の周りを守ってくれる蜂怪人はもういない。そんなアーンバルの元へトコヤミサイレンスが歩いてくると、回復魔法によって炎が消えた。またしても元通りに修復されたランタンが床で光り続ける。


(体が動かない!?)


 仲間からは『蛇にらみ』と称されているトコヤミの技である。強い殺気で体を硬直させられたアーンバルは、声を出すことさえできなくなった。


(殺される!!)


 トコヤミはへたり込んでいるアーンバルの髪を手でそっと掻き上げた。愛でるような手つきではない。アーンバルのこめかみをそうやって露出させると、逆手に握った手持ち槍を振り上げた。


 その時である。


「ツグミちゃん……何やってるの?」

「!?」


 トコヤミサイレンスが声のした方へ振り向くと、そこに糸井アヤがいた。だがトコヤミはすぐさま自分の誤りに気づく。


(違う!!アヤちゃんじゃない!!)


 だが、糸井アヤの姿になった蜂怪人の擬態は、一瞬だけでもトコヤミの集中力を失わせるのに十分であった。一瞬。たった一瞬あれば、アーンバルは蛇にらみの呪縛から逃れ、トコヤミに逆襲ができる。


「うっ!?」


 アーンバルの拳がトコヤミの顔に刺さる。鼻血を流しながらもアーンバルに反撃をしかけるトコヤミであったが、そんな彼女を糸井アヤの姿をした蜂怪人が後ろから抱きついた。


「ツグミちゃん……いつまでも、一緒にいようねぇ…………」


 蜂怪人の体が蜜になって溶けていく。やがてそれはセメントのように固まり、トコヤミサイレンスの胸から下を拘束した。


(硬い!)


 トコヤミは手持ち槍を硬化した蜜に打ち込むが、まるで石のようにびくともしなかった。ペースを取り戻したアーンバルは、トコヤミの手からその槍を乱暴にもぎ取り、顔を拳で殴る。


「私の名前……メグミノアーンバルの『アーンバル』は琥珀という意味なのよ」

「あなたの名前なんて知らない」

「じゃあ、今から憶えてぇん」


 名前の由来を明かしながら、アーンバルは何度もトコヤミの顔を殴った。口の中を切り、倒れることもできないトコヤミが意識を朦朧とさせている隙に、アーンバルが彼女の右手から魔法少女の指輪を抜きとる。トコヤミサイレンスとしての変身が解除され、村雨ツグミの姿に戻った。


「本当に殺されるかと思ったわ。オウゴンサンデーがあなたを執拗に狙う理由がわかった気がする。大変な脅威であるし、味方にできたら心強いでしょう。でも、所詮はただの人間ね。どんなに強い人間でも、愛する者には弱いもの。愛は人を縛り、弱くする。あなたも例外では無いのよ」

「……あなたもオウゴンサンデーの部下なの?」

「部下?……ふん!馬鹿にしないでくれるかしら」


 気分を害したアーンバルは、さらに一発ツグミを殴る。腫れた右手を軽く振ったアーンバルは、その右手にトコヤミサイレンスの指輪をはめた。アーンバルの姿が、トコヤミサイレンスに変わる。


「あなたを殺すのは容易いけれど、オウゴンサンデーとの取引きにあなたを使わせてもらうことにするわ。待ってなさい。下の二人を殺したら、すぐに迎えに来るわ」


 トコヤミの姿になったアーンバルは勝ち誇ったようにそう言うと、ツグミに背を向けて地下へと向かっていった。


 煉瓦塀に開いた穴から外を覗くテッケンサイクロンは、蜂怪人たちが突撃してこないことに疑問を抱き、様子を伺った。


「あの偉そうなレオタードの姉ちゃんがおらへんな?」

「……あの人はメグミノアーンバルって名前やで」

「んん?」


 パチ子の言葉を聞いて、サイクロンが振り返る。


「それが黒幕の名前か?もしかして……なんもかんも話す気になったんか?」

「ワテはショックなんや……ママがワテを殺すためにここまでやって来たことが……」

「ママ?もしかして……」


 サイクロンが再び外の蜂怪人たちを見ると、パチ子がうなずいた。


「せや。ワテもあの怪人たちと同様、ママに造られた存在なんやで。けど……どうやらワテは、ただの捨て駒だったらしいんやで……」

「だったら話せや!」


 サイクロンが声を荒げる。


「話せや!何もかも!あの女の目的はなんや!?能力は!?弱点は!?」

「それはできんやで!」


 パチ子がまたしても頬の肉を揺らしながら顔を横に振る。


「ダメなんやで!なんか知らんけど、ダメな気がするんやで!ママを裏切ることは!」

「お前は捨てられたんやぞ!その感情そのものが、あいつが勝手につくった刷り込みの……!」


 そう言いかけたところで、何者かが二人に声をかけた。


「サイクロン」


 呼ばれたテッケンサイクロンが振り返ると、そこにトコヤミサイレンスの姿を見た。


「トコヤミちゃん!どうしてここに!?」

「もちろん、二人を助けるために決まっているじゃない」


 トコヤミの姿を借りたメグミノアーンバルは、厚顔にも平然とそう言ってのける。


「私たち、仲間でしょ?」

「おおきにやで~!トコヤミちゃ~ん!」


 テッケンサイクロンは、そう言って思わずトコヤミサイレンスの姿をしたアーンバルに抱きついた。


 ロビーに取り残されたツグミは、一人静かに目を閉じていた。その手が、彼女の怒りによって震えている。


「あの人……許さない……!」


 ツグミが目を開き、その両腕を斜めにビシッと伸ばす。まるでヒーローの変身ポーズをしているようなツグミの右手に、もう一つの魔法少女の指輪が出現した。そのまま両腕を回転させたツグミの心を満たしていたのは、かつて自らの手で殺害した妹、一文字ツバメの魂である。


「変……身!」


 黒い影と、赤い光のラインがツグミの体を包み込む。やがて姿を現したのは、トコヤミサイレンスとは異なる、黒いドレスの魔法少女であった。トコヤミサイレンスとの一番の違いである赤いグローブと、真紅のマフラーが首元でたなびく。その名はユウヤミサイレンス、もう一人の暗闇姉妹である。


「おらあっ!!」


 魔法少女としても規格外のパワーを持つユウヤミは、すぐさま体を固めている琥珀を粉砕した。


「あいつ!よくもお姉ちゃんをいじめたな!」


 ユウヤミサイレンスは鼻息荒く、地下へと飛び込んで行った。


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