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何を見られてもいいから普通に起こしてほしかった時

 日没後の立花邸。

 パチ子こと、偽テッケンサイクロンのいる地下室の扉を誰かがノックした。


「誰やで?」


 と、一応聞いてみるが、ここを訪ねてくる者は知れている。


「私だよ。夕食、持ってきたからね」

「おー!ツグミちゃーん!」


 メイド服のツグミである。扉を開けると、食事の乗ったワゴンを押して中へと入った。無防備ではあるが、パチ子は逃げるつもりはない。ツグミもそれをよく理解していたし、逃げようとすれば、それはそれで追いかける準備はできていた。


「今夜のご飯はなんやで?」

「他人丼だよ」

「他人丼?」

「そう。親子丼は鶏肉と卵だから親子でしょ?今日みたいに、トンカツと卵は他人だから、他人丼」

「ツグミちゃん、それはカツ丼やで?でも、おいしそうやな~」

「今日は私もここで食べていくから」


 ツグミは、普段は本物のサイクロンこと立花サクラと夕食をともにしているが、今夜は帰るのが遅いのだ。そういう時は、今のようにパチ子の話し相手になっていた。


「そのドレス、汚さないように気をつけてね。洗うのに手間がかかるんだから」


 そんなツグミの注意が聞こえているのか、いないのか。赤いラインの入った白いドレスという、魔法少女の服装をしたパチ子は、ガツガツとカツ丼をむさぼった。


「それにしても、アレやな」


 とパチ子。


「トコヤミサイレンスがこんなに優しい子とは思わんかったやで」


 ツグミにとってはありがたいことに、熱々のおでんを顔に押しつけたことは不器用さのあらわれだとパチ子は受け取っているようだ。


「もっと鬼みたいな子を想像しとったやで」

「本当は泣き虫だって、あなたに私の事を教えた誰かは伝えなかったんだね」


 とツグミ。暗闇姉妹トコヤミサイレンスの正体が村雨ツグミであることは、オウゴンサンデー側の陣営であれば彼女から聞いているのだろう。それはいいとしても、自分のイメージについて現実と乖離があるのは、ツグミとしては大いに抗議したいところであった。もっとも、自分の今までの所業を考えれば、『鬼』と呼ばれるのは仕方がないのは、ツグミにもわかってはいるが。


「私の正体、サクラちゃんに黙っていてくれてありがとう」

「礼にはおよばんやで。淑女のたしなみやで」


(結局、言えなかった……)


 と、ツグミは微笑を浮かべているが、内心曇っている。目の前にいるこの少女は、あと10日以内に死んでしまうのだ。それも、パチ子の生みの親である何者かが、彼女に予め仕組んだウイルスによって。


(でも、いつかはその事を伝えなきゃ……)


 そのタイミングをはかっていると、パチ子はツグミの手元を覗きこんだ。悩めるツグミのどんぶりには、まだ半分以上、カツ丼が残っている。


「ツグミちゃん、食べんのか?ワテがもらってやってもええんやで?」

「う、うん。食べてもいいよ」


 ツグミは食べかけのどんぶりをパチ子に渡すと、自分は椅子から立ち上がった。


「そうだ。リンゴも剥いてきてあげるね」

「ありがとうやで、ツグミちゃん」


 部屋から出ていくツグミの背中に手をふるパチ子。その肩には、ツグミのメイド服の裾にさりげなく貼りつき、パチ子のいる部屋まで無事に侵入した大きな蜂が止まっていた。


「ほんまに、ええ子やで〜ツグミちゃんは。脱走するのが本当に惜しいんやで。でも、ワテにも家族がいるんやで。悪く思わないでほしいんやで……」


 パチ子は蜂をそっと自分の布団に隠した。その蜂がどんな存在かは、パチ子はよく知っている。しかるべき時がくれば、役に立つということも。


 深夜0時過ぎ。

 パチ子の耳元で、件の蜂が「ブブブブブ……」と大きな羽音を出した。合図である。パチ子はベッドから起き上がると、その蜂を手に持ち、ドアへと近づいた。


「そんじゃ、頼むやで」


 蜂はドアノブに取りつくと、鍵穴にお尻の針を差し込む。針から分泌される毒液が鍵を溶解させたタイミングで、パチ子はドアをそっと開けた。地下通路に顔だけを出し、左右をよく確認する。


「……誰も気づいてへんな?」


 鍵を壊した蜂がドアノブから離れて飛んでいく。パチ子は先導する蜂についていく形で移動を開始した。


 しかし、実際のところ屋敷の執事、トーベ・ウインターは異変をいち早く察知していた。


「おや?」


 彼の部屋にあるパソコンが、侵入警報を意味する赤いランプを点灯させている。トーベの正体は、人間の姿をした悪魔であった。睡眠を必要としない彼が立花家の執事であったことが、侵入者たちの誤算だったのである。


「どうやら、招かねざるお客様のようですね。私と、ツグミさんで対応させていただきましょう」


 トーベは早速、ツグミの部屋へ向かった。国際ルールに則り、正確に4回、ドアをノックする。


「ツグミさん。夜分遅くに申し訳ありません……ツグミさん?」


 返事は無い。おそらくは深い眠りに入っているのだ。どんな時でもぐっすり眠れるのはツグミの特技であるが、この場合はそれが裏目に出てしまっている。

 トーベは執事なので合鍵を使って部屋に入るのは容易いが、仮にもレディーであるツグミの部屋へ無断で入るのは忍びないと彼なりに思った。あられもない姿で寝ていれば、それを見てしまうのはあまりにも酷だろう。


「ふむ……?」


 トーベは一計を案じ、台所からフライパンを持ってきた。その中に火をつけた爆竹を入れたトーベは、ツグミの部屋のドアをわずかに開き、それを差し入れた後にそっとドアを閉じる。

 まもなく、パンパンと爆竹が弾ける音とツグミの悲鳴が中から聞こえてきた。


「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!?にゃにごとなの!?」

「夜分遅くに申し訳ありません、ツグミさん」


 トーベは何事もなかったかのようにドアの外から話しかけた。


「侵入者でございます」

「えっ……!?」


 部屋の中にいるツグミがその言葉で我に返る。


「先ほど監視カメラで確認してみましたが……おそらくはパチ子さんを奪還しにきたのではないかと……」

「どうしてそう思ったんですか?」

「偽グレンバーンが昆虫の羽のような物を背中から出して逃走を図ったのは覚えていらっしゃいますか?今夜の招かれざるお客様は、()()それをお持ちです」

「全員?一人じゃない……ってこと!?」


 服を着たツグミはトーベの部屋に移動して、彼のパソコンのモニターを見た。確かに、侵入者たちの背中には昆虫の羽が付いている。だが、そもそも侵入者たちは人間には見えなかった。


「なんなのこの人たち……?人間みたいな……蜂……!?」


 ツグミの素直な感想がそれである。無数の蜂怪人たちが屋敷の裏庭に集結していた。モニターに映る、煉瓦塀に開いた穴をツグミが指さす。


「トーベさん、この穴は!?」

「大変ありがたくないことに……地下のワインセラーに近い位置です。そして、ワインセラーの隣が、パチ子さんの部屋になっています」

「パチ子ちゃんが!」


 穴から顔を出したパチ子の声までは拾えなかったが、なんとなく雰囲気で「ありがとうやで!ありがとうやで!」と仲間たちに感謝している様子がうかがえた。


「パチ子さんはすでに、部屋を出たようですね。ツグミさん、私と一緒に来ていただきます。お召し物の準備はよろしいですか?」


 トーベにそう聞かれたツグミは、右手の指に出現した、黒い宝石で飾られている魔法少女の指輪を確認した。


 裏庭に脱出したパチ子の周囲を蜂怪人たちが飛翔して取り囲む。パチ子は歓迎されているものと思い、笑顔で手を振った。そんなパチ子を取り囲む集団の中に、一人だけ異質な存在がいる。人外じみた蜂怪人とは違い、黄色のレオタード風の衣装を着たメグミノアーンバルだけが、少女らしい外見を保っていた。彼女の姿を見つけたパチ子が叫ぶ。


「ママぁ!」


 そう呼ばれたアーンバルは、背中の羽をたたんでパチ子に近づいた。


「ナンバー821」


 それが、アーンバルがパチ子に付けていた名前だ。


「生きていたのね……かわいそうに。囚われて拷問されなかった?」

「そうでもないやで。みんな親切にしてくれたやで」

「そう……ところで、あなたは私の情報を何か喋ったかしら?」


 パチ子が頬の肉が揺れるほどブンブンと顔を横に振る。


「言わんかったやで!ワテはママの言う事をちゃんと聞いたやで!」

「本当に?」

「本当やで!」


 アーンバルがパチ子の顔をじっと見つめる。どうやらその言葉に嘘はないと確信したメグミノアーンバルは、パチ子を盛大に褒めた。


「素晴らしいわ、821!それでこそ私の娘ね!」

「えへへ」


 パチ子は嬉しそうだ。だが、次のアーンバルの言葉を聞いたパチ子は凍りついた。


「では死んでちょうだい」

「へ?」


 パチ子を取り囲む蜂怪人たちが、一斉にお尻の針をパチ子一人に向けた。アーンバルは巻き込まれないように、パチ子から数歩下がる。


「ママ……どういうことや!?ワテは……ワテは何も話してないやで!!」

「だから都合がいいんじゃない。余計なことを言う前に、始末することができるんだから」

「わ、ワテを連れ帰ってくれたらそれでいいんじゃ……!?」

「目立ちすぎるわ、あなたは。それに、そもそもあなたたち偽物の閃光少女たちは、あの晩に本物たちと戦って全員死ぬのが私のシナリオだったのよ。そう、最後に死ぬ事があなたの仕事の一つ……」

「そ、そんな!アホなーっ!?」

「さぁ……」


 アーンバルが右手を挙げる。


「やりなさい」


 そう言ってアーンバルが右手を前に振ると、蜂怪人たちの針から液体が射出された。


「さ、酸やーっ!!」


 パチ子は無駄な足掻きとは知りつつも、両腕で自分の身をかばった。


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