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情愛の時

 サナエはアカネに気を使ってクールに去ってしまったが、当然ながら二人の情愛には続きがあった。時間を昨夜の夏祭りに戻そう。


 アカネから唇を離したカエデは、体が震えていた。


「拒絶されたらどうしようかと思っていました」


 不安だったのだろう。それに比べて、アカネは妙に落ちついていた。


「……女の子とキスをするなんて、初めてよ」


 その言葉に嘘は無いのに、である。しかし、その言葉はカエデにとって聞き捨てならなかったらしい。


「じゃあ、男の人とならあるのですか?」

「いや、それは……」


 アカネが言葉を濁す。


「……あんたって、意外と嫉妬深いのね」

「そんなことは……」


 今度はカエデが言葉を濁す番だった。


 いつまでそうしていただろうか。

 黙って星を見上げていた二人であったが、ついにアカネの方から沈黙をやぶった。


「あんたが考えている通り、アタシがグレンバーンよ」

「アカネさん」


 カエデはアカネの顔を見ずに言う。


「どうして今、それを明かすのですか?アタシは、そんなこと気にしないと言ったはずですが」

「アタシが気にするからよ」


 アカネが続ける。


「閃光少女には敵が多い。特に今は……だから、カエデとは……そういう関係にはなれない」

「えっ?」


 思わぬ失恋であった。カエデがすぐに応える。


「そんなこと、アタシなら覚悟はできています」

「アタシはできないわよ」


 とアカネ。


「もしもアタシがグレンバーンであることが原因で、アタシの好きな人が傷つけられるとしたら……アタシはそれに耐えられない。自分のことが許せなくなると思うわ」

「そんな……じゃあ、誰とも愛で結ばれることができないじゃないですか!」

「そうよ。アタシは、今までずっとそうやって生きてきた」


 しばし沈黙し、カエデが尋ねる。


「アタシのこと……幸せにするって言いましたよね?」

「幸せにするわ。閃光少女グレンバーンは、そのために人知れず戦い続けるのよ」


 取り付く島もなかった。


「そろそろ、帰りましょう。遅くなるとミツコさんが心配するわ。めぐみまで送っていくから」


 そう言ってカエデの手をとったアカネが感じたのは、夏なのに妙に冷たいカエデの指先である。


(もしもアタシが、グレンバーンと肩を並べて戦うことができる閃光少女であれば、結果は違ったのでしょうか?あるいは敵対する魔女であれば、ずっとアタシを見てくれるのでしょうか?)


 カエデは心でそう思ってはみるが、口に出すことはできなかった。


 その後。

 自分のアパートに帰ったアカネは、妙な眠気を感じてふらついた。時計を見ると、夜の9時である。まだお風呂にも入っていないし、寝るにはまだ早過ぎるとアカネは思う。


(疲れているのかしら?)


 アカネは冷蔵庫からコーラを取り出し、湯呑みに注いだ。


(たしかコーラには、コーヒーのようにカフェインが含まれていたっけ?)


 ソファーに座ってコーラを一口飲む。だが、アカネの眠気はおさまるどころか、どんどん強くなっていった。


「う〜ん?…………」


 アカネはとうとう、ソファーに倒れこむようにして眠ってしまった。


 それから何時間が経過しただろうか?

 アカネは隣の部屋から聞こえるギターの音で目を覚ました。


「ん…………?」


 ソファーで寝ていたアカネの体に、いつの間にか毛布がかけられている。窓に目を向けると、カーテン越しに朝日がまぶしく輝いていた。


「遅刻しちゃう!」


 慌てて起きあがったアカネであったが、自分で自分の言葉に首をかしげる。


(遅刻?いったい何に?)


 アカネが声をあげたせいか、隣の部屋から聞こえてきていたギターの旋律が止まった。


「誰かいるの?」


 アカネはそっと隣の部屋を覗きこむ。アコースティック・ギターを抱えて床に座っている()()を見た瞬間、アカネは言葉を失った。


「ごめんなさい、お姉さん。起こしてしまいましたね」

「あなた……モミジなの?」


 その少女は、カエデと似ているがカエデではない。正真正銘、アカネが知る双子の妹、鷲田モミジであった。


「なぁに?お姉さん。アタシはモミジですよ〜?寝ぼけているのかしら?」


 そう言うとモミジは、再びギターをかき鳴らして歌い始める。


「この世にー悪魔あるかぎりーこの世にー敵がいるかぎりー」


 ここで曲調が変わる。


「戦うー戦うーアタシはー魔法少女〜」

「あはは、変な歌をうたうのね」


 アカネは思い出した。


 そうだ……自分は妹のモミジと一緒に暮らしているのだ。両親が離婚し、姉妹の親権が別れたが、そんな両親など放っておいて自分たちだけで一緒に暮らそうと決めたではないか。


 と、アカネは納得しかける。


(……ちがうわね)


 アカネがモミジに背を向けた。


(これは夢だわ。アパートで一緒に暮らしているのは、夢の中でのアタシたちの設定……本当のモミジは……)


 すでに死亡している。両親ともども、悪魔に切り刻まれて死んだのだ。愛していた妹のモミジを想うと辛くなる。だが、アカネはポジティブに考えることにした。


(これって、明晰夢めいせきむってヤツね。自分が夢を見ていることに、夢の中で気づく……きっとそれだわ。現実のモミジとはもう会えないけど、夢の中でせめて……)


 アカネは、モミジを抱きしめようと思った。過去の悲劇は変えられないが、自分にもそれくらいの幸せを噛みしめる権利があるはずだ。そう思ったアカネが笑顔で振り返った時、モミジの姿はそこには無かった。


「あれ?」


 モミジ愛用のギターだけが床に落ちている。と、クローゼットから物音が聞こえた。


「モミジ?」


 アカネがクローゼットに近づく。そっと手で開くと、変わり果てたモミジがそこにいた。


「ひっ!?」


 死んでいる。出血も無ければ死臭もしない。だが、全身にハサミで切り刻まれたような傷を負った妹は、間違いなく死亡しているとアカネは確信した。


「ああああああああああああああ!!」


 アカネが現実世界に目を覚ました。ソファーで眠っていたアカネに、毛布をかけてくれる者など、本当は一人もいない。それにもかかわらず、びっしょりと汗をかいたアカネが時計に目をやると、午前5時であった。

 アカネは、すっかりぬるくなって気の抜けたコーラを飲み干すと、クローゼットへと向かう。そっと手で開いたその内側には、誰もいなかった。


「ああ……うぅ…………!!」


 アカネは、その場で泣き崩れた。


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