モミジを偲ぶ時
結局、パチ子こと偽テッケンサイクロンの口を割らせることができなかった三人は、クーラーの効いた応接室で、ツグミ特製おでんで昼食をとることにした。
「ウチがずっと尋問できたらえんやけど……生憎ちょっと忙しゅうてな」
「夏休みなのに?」
正体を明かしたアケボノオーシャンが、和泉オトハとしてサクラにそう尋ねる。立花サクラはアカネと同じ城南高校の生徒なので、彼女と同様に夏休みに入っているはずだ。
「うん、まあ……バイトや、バイト。金儲けをせんと……」
「大金持ちなのに?」
「うっ」
「あ、あれだよオトハちゃん」
横からツグミがフォローした。
「サクラちゃんは、そういうのに甘えずに、自分でお金を稼ぐ社会勉強がしたいんだよ。やりがいもあるし」
「せ、せや!せやで~オトハちゃん!」
立花サクラは、閃光少女テッケンサイクロンでもあり、魔法少女アイドルのダイキチハッピーでもある。サクラの夏休みが忙しくなるのはアイドル業のせいだ。まさにダイキチハッピーのファンであるオトハにそれを明かすのは、オトハ風に表現すれば「危険が危ない」とツグミは思ったので、それは秘密である。
「なるほど~それも一理あるな~」
とりあえず、オトハをごまかせたようで、安心しながらツグミがハンペンを齧った。
「やっぱりアカネちゃんにも拷問……じゃなかった!尋問を手伝ってもらった方がええかなぁ?弱火でじっくりと炙ってもらうとか……」
サクラのその言葉に、ツグミとオトハはそろって首を横にふった。
「たぶんだけど……パチ子ちゃん、ああ見えて意志が固そうだった。肉体的にいくら痛めつけても、きっと何も話してくれないと思うよ」
とツグミ。
「まあ、そもそもアカネちゃんって捕虜になった相手を痛めつけるのは趣味じゃないだろうからね~。いっそ一思いに介錯仕り候、とか言って止めを刺しちゃいそうだから、やめといた方がいいと思う」
「ほな、あかんなー」
サクラもオトハの言い分に納得した。
「朝、サナエちゃんからも連絡があったんだけど……」
とツグミが切り出す。サナエとは、暗闇姉妹の一人。魔法少女探偵の中村サナエのことだ。
「昨夜の戦いの後、誰かがサクラちゃんやオトハちゃんたちを尾行した様子は無かったって言ってたよ」
「そっか~、じゃあ私たちの正体を探るためにわざと偽物を暴れさせたというわけじゃあないのかな?」
オトハが悩んでいると、サクラが口を挟んだ。
「そんなに深い意味は無いんとちゃうか?偽物をけしかけて、ウチらを始末できればそれでよし。それだけだったんとちゃう?」
(もしもそうであるのならば良いけれど……)
オトハは、モヤモヤした気持ちを抑えられなかった。見えない黒幕の、危険な罠にすでにかかっているのではないか?そう考えるオトハであったが、それが何なのか見当もつかなかった。
夕方。
老人ホームにいるアカネはビックリして目を覚ました。
(いけない!眠ってた!)
頭を起こそうとするアカネであったが、誰かが彼女の頭をそっと撫でる。
「慌てることはありませんよ、アカネさん」
「カエデ……」
アカネが再び頭を下ろすと、その後頭部に柔らかい感触がひろがる。どうやら、カエデに膝枕をされているらしい。カエデがアカネの顔を見下ろしながら言った。
「すごいですね。中庭の草、今日だけで全部抜いちゃったじゃないですか」
草むしり。それが、今日アカネができる精一杯の、家族への貢献だった。
「アタシ……体力くらいでしか貢献できないから」
「他の事も、すぐに憶えられますよ。それにしても、木陰で寝ているのを見つけた時は、熱中症で倒れたのかと心配しましたよ?」
「驚かせてゴメン。でも、暑いのは平気だから、大丈夫よ」
居心地の良さを感じたアカネが、しばらく目をつむる。やがて薄目を開けたアカネがカエデに語りかけた。
「あなた……似ているのよ」
「誰にですか?」
「アタシの妹に」
「そうですか。会ってみたいですね、その妹さんに」
「…………もう会えないわ」
「えっ」
アカネが沈黙する。しばし間を開けて、カエデが尋ねた。
「お亡くなりになったのですか?」
「ええ。父と母と、妹のモミジ……みんな悪魔に殺された。悪魔に殺されて、その悪魔たちは、父と母と、妹のモミジの姿になって……アタシは彼らと、しばらく一緒に暮らしていた」
「それは……」
カエデが言葉を失う。
「気づかなかったのよ。あまりにも本物にそっくりだったから…………いいえ、違うわね。気づきたくなかったのよ。喧嘩ばかりしている両親が急に仲良くなったし、病気がちだったモミジが元気になって……嬉しかったから。でも、彼らの遺体を見つけてしまった。もうそうなったら……続けるわけにはいかないでしょ?家族ごっこなんて……」
「その悪魔たちは、どうなったんですか?」
「……閃光少女が倒したわ」
「アタシは……」
カエデがアカネの頬についた傷を撫でた時、アカネは思わずハッとした。
「その閃光少女に心当たりがあります……あなたはもしや……?」
「ゴメン!カエデ!」
アカネが慌てて身を起こして立ち上がる。
「アタシ、そろそろ帰らないと!」
「あっ、はい。それも、そうでしたね。本当でしたら、バイトは明日からの予定でしたし」
「そ、それじゃあ!また明日!ミツコさんにもよろしく!」
アカネがそそくさと『恵』を後にした。
(危なかった……アタシの正体、バレていないといいけれど……)
一人自室に残されたカエデは、先ほど言いかけていた言葉をつぶやく。
「あなたはもしや……昨夜アタシを助けてくれた閃光少女のグレンバーンではありませんか?」
答える者は、そこにはいなかった。