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アツアツの時

 時は少し遡る。


 カエデに『老人ホームめぐみ』を案内されるアカネは、今さらな質問をした。


「あの……アタシ、そういえば介護の資格とか、何も持っていなかったような……大丈夫かしら?」

「うふふ、それはアタシも同じですよ」


 とカエデ。


「何から何までこちらがお世話をするというのは、世間によくある誤解なんです。歳をとったからといって、できる事をしてもらわないというのは、かえって失礼なものですよ。ほら、今は朝食が終わったところで……」


 カエデがそう言いながら食堂のドアを開くと、老人たちが空になったトレーを、自分たちで流し台で洗っているところであった。窓から見える中庭では、ベッド用の大きなシーツを協力して干そうとしている老人たちの姿も見える。和気あいあいと仕事をする彼らに、自分たちが客であるという認識は無い。皆が自主的に、自分ができる仕事に励み、このホームの暮らしをより良くしようと努めている。カエデがそんな説明をアカネにしていると、二人の少女に気づいた老婆が気さくに声をかけてきた。


「おはよう、カエデちゃん」

「おはようございます、鈴木さん」

「そちらの方は?ミツコママの親戚かい?」

「いえ、アルバイト希望の鷲田アカネさんです。今、施設を見学してもらっているところですよ」


 アカネは鈴木という老婆に会釈をしながら、カエデの耳元に尋ねる。


「ミツコママ?」

「アタシの叔母です。このホームの施設長ですから、だからみんなママと呼ぶんですよ」


 噂をすれば影がさすという。エプロンをつけた中年に見える女性が、焼きたてのクッキーが入った大皿を持って食堂に入ってきた。


「みなさーん!クッキーが焼けましたのでどうぞ!……あら?カエデちゃん」


 女性がカエデに微笑みかけ、アカネに会釈をする。


「もしかして、こちらの方は……」

「はい。アルバイト希望の鷲田アカネさんです」

「まあまあ!」


 女性が嬉しそうに手を叩いた。アカネは、彼女が誰なのかもう検討がついている。


「私は『老人ホームめぐみ』の施設長、北島ミツコと申します。よく来てくださいました」

「鷲田アカネです」


 アカネもまた頭を下げて自己紹介をする。包容力を感じる北島ミツコの物腰は、彼女が老人たちから『ママ』と呼ばれる理由をアカネにわからせるには十分であった。


「あの……面接とかはあるんですか?アタシ、今まで介護とかまったくしたことがありませんが……」

「あら?カエデちゃんから聞かなかったの?」


 ミツコはクッキーをアカネに差し出す。


「そういう堅苦しいのは抜きにしましょう。それに、人間と人間が一緒に、家族のように暮らすことに資格なんて必要ないわ。あなたがこの家族のために、何か貢献したいという気持ちさえあるのならば、あるいはそれだけが唯一の資格よ」


 アカネはミツコの差し出すクッキーに手を伸ばす。が、途中でその手が止まった。先ほど自分たちに話しかけてきた鈴木という老婆に、中年男性が声をかけている。


「あの人も施設で働いている方ですか?」

「いいえ、ご家族の方ね。鈴木さんの息子。当ホームには、ご家族の方がよくお見えになるから」


 息子と話している鈴木氏は、幸せそうな顔をしていた。


「彼もよく手伝ってくれているわ。けど、それでもなかなか手が回らないことが多くて……人手が増えてくれたらとても助かるの。どうかしら、アカネちゃん?」

「……そうですね」


 アカネがうなずいた。


「アタシ、不器用だけど力だけはあるから……何か手伝わせてください」

「ありがとう、アカネちゃん。これで……あなたも家族ね」

「家族か……」


 アカネが感慨深そうにつぶやくと、ミツコはカエデとアカネを交互に見ながら言った。


「でも不思議ね。あなたたち二人……まるで本当に姉妹みたい」


 カエデは少し頬を赤くしながらアカネの顔を見る。アカネの方はホオズキのように真っ赤になり、顔をうつむかせた。アカネの携帯電話はマナーモードのまま振動を続けていたのだが、この時、彼女はオトハからの着信にまったく気がついていなかった。


「あなたたちに、恵みあれ……」


 北島ミツコは二人を見ながら、そうつぶやいた。


 時は再び現在。

 アカネが『めぐみ』を見学している頃、立花邸では偽テッケンサイクロンへの恐ろしい尋問が続いていた。


「なんでやねーん!」


 スパァン!という大きな音が地下室に響く。大きなハリセンで偽テッケンサイクロンの頭を叩いたツグミは、嬉しそうに目を輝かせた。


「すごーい!気持ちいいー!」

「こら!せめて何か質問してから叩くやで!」


 いきなりツグミに叩かれた偽サイクロンがそう抗議すると、ツグミは慌てて尋ねた。


「ご、ごめんなさい!もしかして痛かった?」

「いや、それほどでも……って!痛めつけるのが目的やないんかやで!?」


「そうだよ!二人ともマジメにやって!」


 アケボノオーシャンも一緒になって抗議する。本物のサイクロンが頭を掻いた。


「そう言われてもなぁ。ウチらべつに尋問のプロでもなんでもあらへんし」

「こういう時は頭を使うんだよ」


 オーシャンが偽サイクロンの前に椅子を置いて座る。


「さてパチ子ちゃん」

「パチ子?」

「君の名前だよ。ずっと偽テッケンサイクロンなんて呼ぶのは不便だもん。パチモンの子だから、パチ子。それが君の名前だ。さて……」


 オーシャンが偽サイクロン改めパチ子に質問をする。


「私の名前は?」

「…………」

「知らないはずがないよね。アケボノオーシャンだよ」

「ここはどこなんやで?ツグミちゃんがおるゆうことは、立花家のどこかか?」

「ふーん、ツグミちゃんの事を知っているんだ?」

「あっ」


 パチ子が少し動揺する。


「もう一人のワテが言うてたんやで。その子の事をツグミちゃんゆうて」

「そうやったかな?」


 とサイクロンが首をひねる。


「そうやったかも」

「でも、立花家で働いていることまでは言ってないでしょ。パチ子ちゃん、やっぱり君はトコヤミサイレンスを狙うオウゴンサンデーと関わりがあるんだね」


 パチ子が沈黙する。テッケンサイクロンこと立花サクラだけは知らないが、村雨ツグミの正体がトコヤミサイレンスであることは、オウゴンサンデー側にはバレてしまっているのだ。あえて変身しないでツグミが尋問に参加しているのも、それが理由である。

 オーシャンが理詰めの尋問を続ける。


「それに、場所を気にしていたね。もしかしたら、仲間に助けを呼ぶ手段を隠し持っている?」

「そ、そんなことより!」


 パチ子は強引に話題を変えた。


「ワテ腹が減ったやで!今が何時か知らんけど、ワテは昨日の晩から何も食べてないんやで!」

「こいつぅ!捕虜の分際でなにを贅沢なことを……!」


「まあまあ」


 いきり立つサイクロンをツグミがなだめた。


「たしかにそうだよ。それに、尋問って怖い思いをさせたり、痛めつけるだけが方法じゃないと思うよ。温かいご飯を食べたら、気持ちも暖かくなって、素直に教えてくれるかもしれない」

「ツグミちゃん……優しいんやなぁ」


 感動しているサイクロンの横で、オーシャンもうなずく。


「一理あるかも。北風と太陽の童話もあるしね。ツグミちゃん、何か食べ物を用意できる?」

「うん。こんなこともあろうかと準備しておいたから、すぐに持ってくるね」


 地下室から出ていくツグミの背中を見送ったパチ子は笑みを浮かべた。


(ふふふ、聞いてた通り、まったくお人よしやでツグミちゃんは。これなら助けがくるまでワテも楽ができそうやで)


 しばらくすると、再び地下室のドアが開き、ツグミがワゴンを押しながら中へ入ってきた。


「おまたせー」

「えっ?えっ?」


 パチ子が目を疑う。ワゴンに乗っている大鍋の中身は、湯気がもうもうと立ち昇る、熱々の()()()であった。ツグミが豆腐や卵、コンニャクをすくって皿に移してからパチ子の前に差し出す。


「はい。拘束を外すわけにはいかないから、私が食べさせてあげるね」

「ちょ、ちょっと待つやで!なんで夏なのに熱々の()()()なんやで!?」

「私、和食も作れるから」

「答えになってなアーッつい!!」


 ツグミにコンニャクを押し付けられたパチ子が悲鳴をあげた。


「なにすんやで!?」

「次は豆腐を……」

「ギャーッ!!やめてーっ!!」


 予想外の展開に言葉を失っていたサイクロンは、やっと口がきけるようになったのでオーシャンに尋ねた。


「……なあ、ツグミちゃんって本当はドSなんやろか?」

「そうかな……そうかも……」


 オーシャンもまた、引きつった笑みを浮かべながら、そう答えるのがやっとだった。


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