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尋問の時

 何もすることがないアカネは漠然と、窓の外を流れる景色を眺めていた。


(いつもと違う道……こんな通りがあったのね)


 もともと、興味が無いことは全く目に入らない性格なのだ。アカネは城南地区にずっと住んでいるが、こういう機会が無ければ、あえて知らない道を冒険する気も起きないのである。


 アカネがハッとしてマイクロバスの運転手に声をかけた。


「止めてください!」

「……はい」


 バスはまもなく路肩に停車した。高専からはまだまだ遠い地点だ。運転手も、アカネが「高専に行きたい」という旨をハッキリと聞いているのに、それについては何も言わなかった。


「あの……本当にお金は……?」

「いりませんよ。どうも、ご利用ありがとうございました……」


 バスから降りたアカネが、もと来た道を駆け戻る。やがて『老人ホームめぐみ』という看板が掲げられた施設の入口でアカネは立ち止まった。


(やっぱり……!)


 見間違いではなかった。彼女はそこにいた。花壇に植えられた真っ赤な花に、ジョウロで水やりをしていた北島カエデが、施設の入口で立ち尽くすアカネに挨拶をする。


「おはようございます」

「お、おはようございます!」


 アカネがぎこちなく挨拶を返す。不思議そうにこちらをうかがうカエデを見て、アカネは肝心な事を思い出した。魔法少女の衣装には、正体を隠すために認識阻害魔法がかけられている。つまり、カエデからすれば閃光少女グレンバーンの正体がアカネであることはわからない。彼女からすれば、アカネとは初対面でしかないのだ。


「き、キレイなお花ですね!」

「サルビアといいます」


 言うに事欠いてそう口にするアカネに、カエデが優しく説明する。


「花言葉は『家族愛』」

「家族愛……」

「ところで……」


 カエデが首をかしげた。


「ここは老人ホームなのですが……入居者の、ご家族の方ですか?」

「あ、その、アタシは……」

「あっ、もしかして……!」


 カエデの顔がパッと明るくなる。


「アルバイト希望の方でしょうか?」


 アカネが視線を外して玄関を見ると、そこにはアルバイト募集の貼り紙がしてあった。アカネは少し考えてから、カエデと再び目を合わせる。


「はい!アルバイトをしたいと思って来ました!」

「それは助かります」


 カエデは花壇の水やりを終えると、早速アカネに施設を案内することにした。


「どうぞ中へお入りください。申し遅れましたが、私はここで働いている北島カエデといいます。覚えておいてくださいね」

(忘れるものですか)


 すでにその名を知っているアカネは、思わず笑いそうになった。


「アタシは鷲田アカネです」

「鷲田さん……もしかして、前に会った事がありますか?」

「さあ?うふふ」

「?」


 アカネは自分一人だけの秘密を楽しんだ。


 高専の寮でくつろいでいた和泉オトハは、ふとパソコンの時計を見て驚いた。


「あれ?もう11時じゃん」


 おかしいな?とオトハは首をひねる。別に時間を決めていたわけではないが、アカネが来るのが遅いのだ。夏の日中に出歩く趣味は無いので、時間が潰れるのは構わない。だが一緒にカートレースゲームをして、アカネをアイテムで妨害した時に聞ける「あーん!もう!」を耳にできないのは、オトハとしては肩透かしもいいところであった。


「電話にもでんわ……」


 アカネの携帯にかけてみるが、つながらない。つまらなそうに自分の携帯電話を机の上に置いたオトハはベッドに横になるが、その携帯からすぐに着信音が響いたので、彼女は飛び起きた。


「もしもし!……あ、ツグミちゃんか」

「オトハちゃん、実は……」


 ツグミちゃんとは、立花家で働くメイドの村雨ツグミの事だ。そして、彼女の正体は暗闇姉妹のトコヤミサイレンスである。彼女が電話をかけてきた理由は一つしかないだろう。


「…………うん、わかった。すぐに行くよ」


 ツグミから事情を聞いたオトハはそう返事をした。こちらに向かうアカネと入れ違いになるかもしれないが、やむを得ない。


 立花邸は自然公園に近い町外れに立っていた。その噂はツグミたちから聞いていたオトハであったが、直接訪れるのは初めてだ。


「うわぁ!高専よりも大きいんじゃないか?」


 スクーターでやって来たオトハが鉄製の門扉の前でそんな感想をもらしていると、インターホンから男性の声が響いてくる。


「こんにちは。失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「あ、こんにちは」


 オトハは監視カメラに気づき、それを見上げながら挨拶を返した。


「和泉オトハです。村雨ツグミちゃんの友だちです」

「オトハ様……?」


 しばし沈黙、そして合点がいったような声が帰ってくる。


「もしや、あなたは閃光少女アケボノオーシャン様では?」

「あー……はい。いかにも、たこにも」

「今、門を開けます。そのまま玄関までお越しください」


 鉄製の門扉が、電動ですぐに開いた。


「淑女協定もなにもあったもんじゃないな……」


 淑女協定とは、魔法少女の正体を本人の許可なく他者に教えてはいけないという不文律だ。とはいえ、オトハもサイクロンの正体が立花サクラであることは知っているのでお互い様。仕方がないと割り切ることにした。


 やがてオトハは、背の高い、褐色の肌をしたスキンヘッドの執事に案内され、屋敷の地下室へと降りた。彼の名前はトーベ・ウインター。立花家の執事である。先ほどインターホン越しに会話をしたのが彼であることは、オトハにもすぐにわかった。


「こちらでございます」


 トーベはとあるドアの前で立ち止まる。


「中には、お嬢様と、例の彼女。それに、ツグミさんがいらっしゃいます。他の者は近づかせておりません」

「わかりました。では私も中に」

「和泉様。その……お召し物を……」

「ああ、そっか」


 オトハは右手に青い宝石のついた指輪を出現させ「変身!」と叫ぶ。オトハがアケボノオーシャンの姿になったのを見届けたトーベは、一礼して退いた。


 部屋の中には、たしかにテッケンサイクロンと、メイド服の村雨ツグミの姿があった。そして、部屋に一つだけ吊るされた白熱電球が、後ろ手に手錠をかけられ、椅子に座らされている人物を照らしている。


「目を覚ましたんだね?テッケンサイクロンの偽物が」


 その声に反応して、拘束されているサイクロンの偽物が顔をあげた。ツグミがオトハを屋敷に呼んだのは、彼女が理由である。


「よう来てくれたな、アケボノオーシャン」


 そう言って歓迎したのは本物のサイクロンだ。オトハと同様、彼女も変身した姿で偽物を尋問しているところだ。


「こいつ、なかなか口を割らへんねん……うらっ!お前の目的と正体は何や!?」


 サイクロンがそう言って偽物を小突くと、彼女は先ほどから繰り返している言葉を再び吐いた。


「正義……テッケンサイクロンやで」


 スパァン!と地下室に大きな音が響いた。本物のサイクロンが巨大なハリセンで偽物の頭を叩いたからだ。オーシャンが視線を移すと、メイド服姿のツグミもまた、同じ物を持って目をキラキラさせている。


「わ!わ!すごい音!サイクロンちゃん、次は私がやってもいい?」

「おう!どつき回したれ!」


 と本物のサイクロン。


「それ、もしかして手作り?二人とも何やってんのさ……」


 アケボノオーシャンはそんな二人を見て呆れている。偽テッケンサイクロンの方は、


「ほ、捕虜の虐待は禁止やで~!」


 と抗議した。


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