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家族愛の時

「なあ、ちょっと思ったんやけど……」


 サイクロンが尋ねる。


「トコヤミサイレンスのパチモンはおらんかったんやろか……?」

「えっ!?」


 グレンが反応した。


「それは……戦いにくいわね……」

「ん?なんだろう、みんなが騒いで……あっ!」


 とオーシャン。閃光少女たち三人を取り囲む群衆の一角がざわつき、そこだけ道が開いていた。そして、彼女はそこにいたのだ。グレンが構える。


「トコヤミサイレンス……」


 黒い包帯を重ねて形作られた漆黒のドレスを身につけた小柄な魔法少女。彼女が胸の前に構えているのは、極端に柄が短い槍のようだ。グレンたちに向かって三歩、歩いてきたが、やがて前のめりに倒れた。


「…………」


 それを見ていた三人は言葉を失う。先に現れたトコヤミサイレンスが倒れたことで、その背後にいたもう一人のトコヤミサイレンスに気づいたからだ。後から現れたトコヤミサイレンスは、倒れているトコヤミサイレンスのうなじから、深々と刺さっていた柄の短い槍を引き抜いた。どうやら、すでに始末されていたらしい。


「……なあ、まさか死んだ方が本物のトコヤミサイレンスやないやろな?」


 サイクロンが心配そうに尋ねる。生きている方のトコヤミは、槍の柄をひねってその刃を収納すると、グレンたちに尋ねた。


「怪我人はどこ?」


 グレンは胸を撫で下ろした。


「大丈夫、こっちが本物よ」


「あの子、誰だろう?」

「新しいヒーラーかな?」


 群衆がそうささやきあう中、トコヤミサイレンスは怪我をした人間や、壊された物に回復魔法をかけていった。


「う~ん…………?」


 偽グレンにガードレールへ投げ飛ばされ、気を失っていた路上ミュージシャンの男性もそうだ。彼が目を覚まして最初に見たのは、爆発した自動車に回復魔法をかけて直し、そのドライバーから感謝されているトコヤミサイレンスの姿であった。


「助かったのか……?あの子も魔法少女なのかな?すっげぇ、かわいい!ちょっとお近づきに……」

「ねえ、あんた」

「!」


 呼びかけられたミュージシャンが顔を上げると、グレンバーンが手を差し伸べていた。


「大丈夫?ほら、アタシの手を握って……」

「ひいいいいっ!?」


 ミュージシャンが飛び起きる。


「しっ、失礼しましたーーっ!!」

「?」


 困惑するグレンをよそに、ミュージシャンはそそくさとその場を去っていった。


 アケボノオーシャンが辺りを見回す。


「さてと、これで怪我人はもういないかな」

「あ、痛たたたた……!」


 オーシャンの側にいたサイクロンが、急に自分の脇腹を押さえてうめき声を出した。


「あかーん、知らん間にダメージを受け取ったみたいや~。トコヤミサイレンス~、助けて~」

「えっ?うん」


 トコヤミがサイクロンに近づく。脇腹を押さえていたサイクロンだったが、トコヤミが側まで寄ると、急に彼女を抱きしめた。


「わっ!?」

「えへへ~、久しぶりやないかトコヤミサイレンスちゃん。こないだはゆっくりと話ができへんかったからな~今夜はゆっくりと……アーッ!?」


 サイクロンの天地がひっくり返る。トコヤミはサイクロンを投げ飛ばすと、小動物のような素早さで逃げてしまった。


「い、痛い!ほんまに痛い!助けて~!トコヤミちゃーん!」

「もう!急に抱きついたりするからよ!」


 グレンは、トコヤミに投げられて腰を痛めたサイクロンを見ながら、あきれたようにそう言った。


「ほら、彼女って恥ずかしがり屋だから」


 オーシャンはサイクロンを助け起こす。だが、オーシャンが急に手を離したせいで、サイクロンが再び尻もちをついた。


「痛ーっ!?オーシャン、なにしてくれてんねん!?」

「ど、どうしたんだろう!?」


 オーシャンが慌てている。


「無くなっている!さっき倒した私の偽物が……!」

「消えたみたいね。ほら、さっきトコヤミが倒した偽物を見て」


 グレンが指さす先に、なにやら泡の塊があった。そこはたしかに、偽物のトコヤミサイレンスが倒れていた場所だ。泡の塊は、やがてシュワシュワと音をたてながら消えていった。


「泡になって消えた……証拠を残さないようにするためか」

「ますます怪しいわね。一体誰が、どういう目的でこいつらを……」


「あれ?ウチのパチモンは消えてへんなぁ」


 偽テッケンサイクロンだけは、たしかに仰向けにのびたままになっていた。オーシャンは彼女の側に座り、その手首から脈をみる。


「……生きているね。もしかしたら、何か情報を聞き出せるかも」

「なら、ウチにまかしとき」


 サイクロンは手錠を取り出した。犯罪者と戦うクライムファイターである彼女は、当然そうした装備とノウハウを持っている。


「後で拷問を……」

「「拷問?」」

「いや、()()して聞き出してみるで」


 グレンとオーシャンは顔を見合わせる。テッケンサイクロンの正体は、立花財閥の令嬢、立花サクラだ。彼女の広壮な屋敷であれば、偽サイクロンを隠すのに不都合はないだろう。二人はうなずきあった。


「ええ、そいつはサイクロンにまかせるわ!」


「あの……」


 誰かに呼びかけられ、グレンバーンが振り返る。彼女を呼んだのは、先ほど閃光少女の偽物たちに人質にされていた、背の高い少女だった。ほとんどグレンバーンと変わらない身長だ。赤みがかったロングストレートヘアのその少女が、グレンに深々と頭を下げる。


「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」

「いえ、いいのよ。それがアタシたちの仕事だから」


 グレンは頭をあげた少女の顔をまじまじと見つめた。


(この子……似ている……)


 少女もまたグレンの顔をじっと見つめていた。


「グレンバーンさん、怪我をなさっています」

「えっ?ああ……」


 グレンが自分の頬の傷を押さえる。さきほど偽グレンの攻撃でつけられたものだが、かすり傷だと思ってトコヤミサイレンスに治してもらうのを忘れていたのだ。少女は白いハンカチを取り出して、傷口から流れる血を拭き取る。


「だ、だめよ。アタシの血で汚れるわ」

「かまいません」


 少女はためらうことなく血を拭き取ると、そこへ絆創膏を貼り付けた。


「……ありがとう」

「いいんです。あなたがアタシを救ってくださったことに比べれば、万分の一の恩すら返せていないのですから」

「あなた……勇気があったわ」


 グレンにそう言われて、少女の顔が少し赤くなった。


「本当に、勇気があった。よかったら、あなたの名前を教えてほしいんだけど」

「アタシは……カエデ。北島カエデと申します」

「カエデ……そう。いい名前ね」


 カエデは、はにかみ笑顔を浮かべてうつむく。その様子を見ていたサイクロンが、オーシャンを肘でつついた。


「なあ、グレンちゃんはいつもああやって女をたらしこんどるんか?」

「ま、まさかぁ」


 オーシャンは首を横にふった。


「だけど……あんな目をするグレンを見たのは初めてだよ」


 グレンは唇を真一文字に結んだままだったが、その目は愛おしそうに、じっとカエデを見つめていた。


 数分後、グレンとオーシャンは空を飛んでいた。

 警察が到着する前に撤収したのだ。二人は、オーシャンが出した結界に乗り、誰かに追跡されないように気をつけながら、夏の夜空を切り裂いていく。


「ねえ、グレン。もしかして、さっきの子の事が好きになった?」

「ええ、そうね」

「えっ!?」


 オーシャンは冗談のつもりで尋ねたのだ。グレンの率直な返事に狼狽するのは、むしろオーシャンの方だった。


「……ん?ごめんなさい、オーシャン。さっき、何か言った?」

「あ……いや、何も!」

「そう」


 オーシャンは内心つぶやく。


(なんだ。ただの生返事だったのか)


 やがてグレンバーンは変身を解除した。城南高校一年生の鷲田アカネ。それが彼女の正体である。


「それじゃあ、この辺で降りるわ」


 そう呼びかけられたアケボノオーシャンも、同い年の高校生、和泉オトハに戻っている。


「ねえ、アッコちゃんも夏休みでしょ?明日、こっちに遊びに来なよ」


 オトハは『アッコちゃん』ことアカネとは別の学校の生徒だ。彼女が住んでいる寮には、アカネも時々遊びに行くことがあった。


「そうね。また明日」


 アカネは結界から飛び降り、闇の中へと消えた。


 一方その頃。

 暗い道を、血の跡を残しながらゆっくりと這いずる者がいた。

 偽グレンバーンである。地面に墜落した彼女は、半死半生のまま、自分の住処へと帰ろうとしていた。その時、何者かが彼女の顔を、ランタンの光で照らした。


「ママ!」


 ランタンの光が眩しいせいで顔はよく見えなかったが、偽グレンはその人物が、間違いなく自分の母親ママであると確信する。実際、ママと呼びかけられた女もまた、愛おしそうに偽グレンに呼びかけた。


「おお、可愛い私の娘よ……こんなにボロボロになって……」

「ママ……ママぁ!会いたかった……!アタシを……早くアタシを助けて!」

「娘よ……」


 女はランタンを地面に置いて、偽グレンの頭をそっと撫でる。だが、もう片方の手に針を持っているのを見た偽グレンの顔が青ざめた。


「娘よ……すぐに楽にしてあげるからね」

「や!やめて!殺さないで!アタシはまだ……ああっ!?」


 毒針は容赦なく偽グレンの首筋に刺された。やがて息絶えた彼女の体が、泡となって消えていく。


「娘よ……あなたは立派に、自分の仕事を果たしましたよ。これでいいのです。これで……」


 女はランタンを拾い上げると、何事もなかったかのようにその場を去っていった。


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