天罰必中、痛みを教える時
「うぶっ!?」
急加速したタクシーが、今度は急停止をする。シートベルトなどしていない京木は、目の前の座席に顔を叩きつけられた。そして、ジュンコは京木がシートベルトを装着するような、悠長なヒマは与えない。
「よーし!今度はスピンだ!」
「やめろーーっ!!」
タクシーが後輪を滑らせながら、前輪を中心にしてコマのように回転する。激しくシェイクされる京木のことなどつゆ知らず、携帯電話からタクシー会社の受付係の呑気な声が続く。
「すみません、お客様。雑音が強くて、よく聞き取れないのですが……」
「ここは障害物が無いから、ラジコンを走らせるのにうってつけだねぇ。今度は仕事以外でも遊びに来ようかな」
「うわあああああああっ!?」
コンテナが置かれた敷地を、タクシーがスキール音を響かせながらドリフト走行する。右方向へのコーナリングではきれいなラインを描いたタクシーであったが、左へハンドルを切った途端、タクシーはコントロールを失い、側面からコンテナへと衝突した。
「どあああああっ!?」
サイドガラスが粉砕され、わずかに遅れて京木の体も側面に叩きつけられる。
「んー?これは失敗したなぁ。やはり本物は難しいぞ」
ジュンコは頭を掻いていたが、やがて気を取り直した。
「まあ、いいか。どうせこのタクシーは沈めてしまうのだから」
めまいを起こしている京木を乗せたタクシーが、猛スピードでバックした後に180°ターンを決める。タクシーはまっすぐ海を向いていた。
「では、さようならだ。京木ユウジロウ君」
タクシーが海に向かって急加速した。ジュンコがラジコンで練習した通りなら、タクシーは大ジャンプをして海に突っ込むだろう。京木ユウジロウはそこで万事休す……のはずだった。
「んんん?」
タクシーが急ブレーキをかけて止まった。海までもう1メートルもなかったが、運転席へとなんとか体を押し込んだ京木が、ブレーキを踏んだのだ。ギアをパーキングに入れて、サイドブレーキを引く。エンジンを切ってしまえば、ジュンコがタクシーを動かす手段は、もう無かった。京木は、足元で明滅している、自分の携帯電話を拾い上げる。
「もう……お前んとこのタクシーには、二度と乗らねえ」
それだけ言って通話を切った。
「ふむ、お手上げだねぇ。予定とは違ってしまったが、後は彼女に任せよう」
そうつぶやくと、ジュンコは姿を隠した。
京木はしばらく息を切らして運転席に座っていた。
「ハァ……ハァ…………ハッ!?」
彼が息を呑んだ原因は、バックミラーに映る青い光である。彼女の右手に光る、青い宝石のついた金の指輪は、間違いなく魔法少女である証だ。奇術師の衣装に身を包んだ閃光少女。アケボノオーシャンは、ゆっくりとシルクハットを頭にかぶった。
「てめえ!」
京木がすぐさま運転席から飛び出し、彼女に銃を向ける。その瞬間には、オーシャンが両手を上下に開いて撃った、垂直に飛ぶ光のカッターがタクシーを両断していた。それを見た京木は青ざめて、すぐに戦意を喪失する。拳銃をその場に落とすと、両手をあげた。
「お……俺を殺しに来たのか……?」
彼の前に立つアケボノオーシャンは無言で、ゆっくりとうなずく。
「いいのか!そんなことをしても!?」
急に京木が強気に出た。自分の事を棚に上げて、オーシャンにがなり立てる。
「お前ら暗闇姉妹は、人でなしに堕ちた魔法少女を殺すのが仕事だろう!?たしかに俺はリツを使ってヤクザを殺したが、魔法で一方的に俺をなぶり殺すというなら、お前たちは俺と同じだぜ!?お前らも魂が外道に堕ちるんだぞ!!」
「……あんたが銃を使わないというなら」
アケボノオーシャンが自身の指輪を外す。変身が解除され、和泉オトハの姿へと戻った。
「私も魔法は使わない」
「お前は……白金ソウタロウの娘……」
「違う」
オトハは、白金組組長の娘である事と、今夜の自分の所業との関連を否定する。
「あんたのことが許せない。ただの、一人の女だ」
「そうかい」
京木は自分のナイフを取り出すと、それをオトハの前に投げた。
「それを使いなよ。女と男の勝負だ。それくらいのハンデが必要だろう」
「いらない」
「本当にそうか?」
京木は仲間からの報告で、オトハとマオたちが一緒にいた事を知っていた。それを利用してオトハを挑発する。
「あー、そういえば殺したのはヤクザだけではなかったな。マオと一条という刑事も昨日、死んだっけ?」
その名を聞き、オトハがギリギリと奥歯を噛みしめる。
「一条とかいう刑事の方は、最後までマオを守ろうとしていたなぁ……俺のことを絶対に許せないとか言ってよ。俺はやつの体を少しずつ撃ってやったんだっけ」
「貴様!!」
激高するオトハをさらに京木が挑発する。
「来いよ、和泉オトハ!俺を切り刻んでやりたいんだろう?ナイフを拾え!マオは一条の名前を最期まで叫んでいたなあ!俺に撃たれた後も一条のそばまで這っていって手を握ろうとしたが……俺があいつの手を踏みにじってやったから……」
「この人でなし!!」
オトハがナイフに手を伸ばす。が、その隙を待っていたと言わんばかりに、京木はある物を取り出した。
「うわっ!?」
催涙スプレーの噴霧である。オトハはすぐに反応して顔を腕で覆ったが、激痛で目を開くことができなくなった。
「馬鹿な小娘だ!ケチな約束事なんか律儀に守りやがってよお!!」
京木は催涙スプレーを投げ捨て、落ちていた自分の銃を拾う。その時、目を閉じたままオトハがつぶやいた。
「銃を拾ったね」
「えっ?」
京木は意表をつかれたまま、オトハの眉間に銃を向ける。
「私に銃を向けたね」
「見えているのか……!?」
京木は引き金を引く。だが、オトハはその銃弾を、頭を横に振って避けた。
「なぜ当たらない!?」
「友だちから避け方を聞いたのさ」
オトハは以前、村雨ツグミから教わった話を思い出していた。
「銃で狙われるとね、銃口から光る線みたいなのが見えるの。殺気みたいなものかな?それで、むこうが撃とうとしたらその線が強く光るから、それを見てから動くの」
(こういうことだったんだね。ありがとう、ツグミちゃん……私には今……それがハッキリと見えたよ)
オトハがゆっくりと目を開いた。
「そして……あんたは約束を破った。遠慮なく魔法を使わせてもらうよ」
「ば……馬鹿な……そんな馬鹿な、ああーっ!!」
京木の足元に結界が拡がる。そして、結界は京木を乗せたまま上に飛んだ。ぐんぐんと高度が上昇していく。
(墜落死させられる……!!そうだ!!海に向かって飛び込めば……!!)
そんな京木の考えはすでに見透かされているかのように、フッと結界が消えた。体を支える物は何も無い。京木は悲鳴をあげながらアスファルトの地面に激突した。といっても、死ぬほどの高さではない。
「ぎゃあああっ!!腕があああっ!!」
落ちた時に思わず手をついたせいで、京木の肘から先が不自然な方向へと曲がっていた。膝立ちで上体を起こす京木の首に、冷たい金属の感触が走る。カミソリだ。
「あんたも……人の痛みを知れ……!!」
オトハは京木の首に当てたカミソリを強く引いた。おびただしい血がそこから流れ出していく。京木は自分の死を悟り、呆然としながらオトハへ言った。
「お前も……殺し屋のくせに……」
「あんたの耳が聞こえる内に言っておくよ…………私たちは、ただの殺し屋じゃない」
その言葉を聞いた京木は白目をむくと、体がゆっくりと後ろへ倒れていき、やがてそのまま背後の海へザブンと落ちた。
仕事を終えた和泉オトハは、マオたちの冥福を祈ると、闇の中へと姿を消していった。




