Payback Time!!(年貢の納め時)
タクシーが白金屋敷に向かい走り続ける。
後部座席では京木ユウジロウが、今度はマツの携帯に電話をかけていた。
「…………」
繋がらない。ジョーに電話をかけた時も同じだった。タクシーの運転手が前を見たまま京木に声をかける。
「お客さん、さっきから熱心に電話をかけてますね。お客さんの恋人ですか?」
「いいから黙って運転しろ」
こんなセリフを京木が言うのも何度目だろうか?この女性ドライバーは、隙あらば「今日何を食べた?」「好きな本は?」「遊びに行くならどこに行くの?」などと、くだらない質問をして京木をうんざりさせた。
最後に京木はヒデに電話をかける。やはり彼も電話にでなかった。三人が同時に沈黙する、その理由は一つしか考えられない。
(罠だったか……)
京木はヒデに言った言葉とは裏腹に、やはり今回の酒宴には企みがあると睨んでいた。考えられるとしたら、黒波組の組長に裏切られる展開しかない。
(俺が最終的に黒波組を喰らうつもりであった事を感づかれたのか……?)
となると、次は自分が危ないと京木は思う。ジョーたち三人を身代わりにして長らえたこの命を、簡単に捨てる気にはならなかった。リツを自分のボディーガードにするのはどうか?しかし、何か情緒がおかしいリツを側に置くのも危険だ。
「おい運転手、行き先変更だ。空港まで送ってくれ」
「え?空港ですか?白金邸には?」
「いいから空港へ行け」
「わかりました」
それだけ言うと、京木は無念そうにタクシーの天井を睨む。
(しばらくは高飛びして身を隠すしかないか……だが、俺はここで終わる男ではない。いずれ白金組も、黒波組も喰らって、のし上がってやる。……そうだ。東南アジアあたりで幼女を買いとって、また魔法少女に育ててみるか。リツと同じ間違いをしないように、今度はセックスと薬漬けでコントロールを……)
その時、ふと窓から外を覗いた京木は違和感を覚えて運転手に尋ねた。
「おい、どこへ行くんだ?これは埠頭に向かう道だろ?」
「近道ですよ、お客さん」
「別の道にしてくれ」
「いいからいいから」
良くは無いと京木は思う。埠頭で昨夜、人間二人を殺しているのだ。警察が捜査しているはずの現場にノコノコと戻る犯人がいるだろうか?だが、意外にも赤く光るサイレンの輝きは見えない。なぜ警察がいないのかは奇妙だったが、それならそれで構わないと、京木は胸を撫で下ろした。その直後である。
「知っていますか、お客さん。昨日ここで死んだ二人の男女の話……」
京木はギョッとした。思わず返事をしてしまう。
「いいや、知らねえな」
「そうですか?昨日ここで死んだ女はねぇ、恋人に騙されて風俗で働かされていた、気の毒な女でしてねぇ」
「…………」
京木が沈黙しても、女性ドライバーは構わず話し続ける。
「手首を切って自殺しようとしたそうですよ。だが命は助かった。その後の彼女を支えたのは一人の刑事です。女は本当の愛を知って立ち直ったのに、かわいそうに、前の男からまた風俗で働けと脅され、断ったらその刑事と一緒に殺されたそうですよ。
だからここを通る者は彼女たちのこんな声を聞くんですよ。どうか私たちの……この怨みを晴らしてください……とね。
まったく悪い男がいたもんだねぇ。もしもその男がこの車に乗っていたら……同じ女として、今すぐぶっ殺してやりたいよ」
「……車を止めろ」
「はい?」
「止めろってんだよ!!」
「痛いっ!」
後ろからシートを蹴られた女性ドライバーは、仕方なくタクシーを停めた。
「どうするんですよ?お客さん?」
「代わりのタクシーを呼ぶ。余計なことをベラベラ喋りやがって!お前の事はタクシー会社に文句を言わせてもらうからな!お前の名は……」
京木は電話をかけながら、タクシーの前方に貼られた顔写真と名前を見る。
「山本マナブ?男じゃねーか!」
顔写真も中年男性のそれで、運転席に座っている女とは似ても似つかない。
「私は代行なのでね。ほら、これが私の名刺だよ」
女の差し出す裏向きの名刺を受け取った直後、タクシー会社と電話がつながった。
「もしもし!さっき電話した音無ユウジロウだが、あんたらはドライバーにどんな教育をしているんだ!?」
「え?先ほどの音無様ですか?」
受付担当が怪訝な声を出す。
「さきほどご予約をお取り消しになられた、あの音無様ですか?」
「え?」
京木はドライバーから受け取った名刺を裏返す。名刺には、ただこれだけが書かれていた。
『天罰代行、暗闇姉妹』
「暗闇姉妹だとーっ!?」
「お客様?どうされましたか、お客様ー?」
京木とタクシー会社とのやりとりを尻目に、運転席に座っていたジュンコがタクシーから降りた。窮屈なタクシー会社の制服の首元を緩めながら、ラジコンのプロポを取り出し、サッとアンテナを伸ばす。
「どうなってんだ!?ドアが開かないぞ!?」
「京木ユウジロウ。君が白金屋敷に行こうが行くまいが、確実に君を抹殺する手段は用意してあるのだよ」
車内で無駄な抵抗を試みる京木ユウジロウを見ながら、ジュンコは楽しそうに叫んだ。
「さあ、始めよう!Payback Time!!」
「うおおおおあああああっ!?」
ジュンコがプロポのトリガーを一気に握ると、京木を後部座席に乗せたラジコン操作のタクシーは、タイヤから白煙をあげて急発進した。