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音無リツが死んだ時

 鷲田アカネが通う高校の裏手には、竹林が続いている。

 そこがサナエの指定した立合いの場所であった。日中ですら、ほとんど人はいないのだ。日が落ちた今となっては、ここに足を踏み入れるもの好きなどいない。決闘の場所としては申し分なかった。


(明かりが……)


 すでに魔法少女の姿へと変わったリツは、竹林の中で光るそれをめがけて歩いていく。まるで、輝く竹を見つけた『かぐや姫伝説』のようだ。だが、光っているのは竹ではなく、宙に浮いた火球だった。


 グレンバーンの能力である。リツが十分に近づいたので、さらにあちこちで火球が生じ、立合いの場所を照らした。


(勝ってね……サナエさん!)


 火球に囲まれた空間から少し離れた場所で待機するグレンバーンはそう願う。もしもサナエが負けてしまったら、彼女らを囲む火球を爆発させるのが事前の取り決めであった。山火事になるだろうが、今夜は大雨が降ることがわかっている。それによって鎮火されるだろう。


 ジュンコが言っていた。


「反射魔法ということは、攻撃のベクトルを変化させる能力だろう?ならば、君がスカラーで攻撃すれば倒せるんじゃないか?」


 スカラーとは、方向性の無い攻撃のことである。四方八方から同時に。つまり、今回の場合は敵の周りを一度に爆発させれば反射できないのではないかとジュンコは考えた。だが、本当にそうだろうか?とグレンは思う。四方八方から攻撃しても、四方八方に反射されるだけかもしれない。そもそも、火球を爆発させた時点でサナエの命は無いのだ。サナエのバックアップが今夜のグレンの仕事だが、できれば出番が来ないことを祈るしかなかった。


「お待ちしていました」


 リツの姿を見たサナエが、落ち葉の積もっている地面から立ち上がる。今夜は強化服ではなく、巫女の衣装に襷をかけ、頭に白い鉢巻きを巻いていた。大刀一本を腰に差しながら名乗りをあげる。


「日本陸軍伝軍刀操法、中村サナエ……!」


 リツもまた名乗り返す。


「シニガミマンティス……」

「ちがうでしょ」


 サナエが否定する。


「あなたはリツさんです!」

「……音無リツは死にました」

「心から死神になったと言いたいんですか!?あなたは!!」

「問答無用……!」


 竹林の中では、鎖鎌を自在に使えないのは明白だった。だからこそサナエもこの場所を選んだのだろうと、リツは思う。だが、リツにはもっと強力な武器がある。トコヤミサイレンスから盗んだ『蛇睨み』だ。早速、殺気をぶつけられ、サナエの体が緊張を始めた。

 しかし、その時パァン!という破裂音が鳴り、リツの集中力を削ぐ。竹が火球に炙られて中の空気が膨張し、破裂したのだ。もちろん、グレンバーンの仕業である。サナエは体の自由を取り戻した。


「この、わからずやーっ!!」


 サナエが走って近づき、柄に手をかけた。得意の居合である。リツもまた憎悪に満ちた表情を浮かべ、自らの刀の柄に手をかける。そのあまりの豹変ぶりに、サナエは「音無リツは死んだ」という言葉を信じそうになった。


(居合もできるのか!?この人は!?)


 サナエの斜め上に斬り上げる抜き打ちは、まったく同じ太刀筋のリツの抜き打ちに弾かれた。暗闇の中に火花が散る。二人の距離は近かったが、リツは、体勢がやや崩れているサナエよりも優位であるにも関わらず、パッと距離を離した。その顔に残忍な笑みを浮かべて、肩で息をするサナエを、リツが嘲笑う。


「私に……少しでも勝てる可能性があると思っているのですか?」

「そんなの……やってみなければわかりませんよ!」

「無理ですね」


 リツが切っ先を前に伸ばすと、サナエの上体がわずかに反れた。


「あなたには恐怖心がある。剣と剣の戦いにおいて、これほど邪魔な感情はありません。昔日の剣豪は、それを克服するために生涯をかけて修行してきたのです。ですが、そもそも恐怖心の無い私に、あなたは決して追いつけない。臆病過ぎるのですよ、あなたは」

「恐怖心が無くなったのは、両親が殺されたせいですか……?」


 サナエの言葉に、リツが息をのむ。


「なぜ知っているのですか?」

「そんなことはどうでもいいんですよ!」


 サナエが刀を八相に構え、リツの間合いに飛び込んでいく。リツはやや反応が遅れ、サナエの太刀をまっすぐ受け止める形となった。


「命の恩人に、恩を返そうとするのはいい!だけど、あなたはやりすぎですよ!」

「そんなこと、あなたに決められる筋合いはない……!」


 二人は互いの刀を激しく打ち合う乱戦へと突入した。リツには恐怖心は無いが、怒りの感情はある。いみじくもリツが指摘した通り、戦い方が荒れるほど有利になるのはサナエの技の方だ。


「死んだ両親が、それで喜ぶと思いますか!?」

「私の両親も殺し屋だった!同じ道を選んだだけのこと!」


 リツの感情がヒートアップしていく。


「両親を殺したのはヤクザです!奴らは人間のクズだから殺した!」

「その言葉を、村田マオさんたちの死に顔に向かって言えますか!?」

「その名前を言うなーっ!!」


 サナエがリツの刀を弾き落とすと、リツの頭上ががら空きになった。隙あり!……そう思ったサナエだったが、ハッとして飛び退いた。


「……学習したようですね、サナエさん」


 サナエには、この展開に既視感があったのだ。エアーホッケーで対決した時、リツはわざと隙をつくって攻撃を誘い、カウンターを決めてみせた。おそらく、先ほどもリツの面を狙えば、下からの斬り上げで仕留められていたことだろう。


「リツさん……あなただって、本当はこんなこと、したくないんじゃないですか?」


 サナエの言葉に、リツの顔から感情が抜けていく。能面のようになったリツの表情は、むしろ先ほどまでより優しそうに見えた。


「人間を守る閃光少女に……なりたかったんじゃないのですか?今のリツさん……ただ、ヤケになっているだけなんじゃないのですか?殺せたはずの私たちを、回復魔法で治して去ったあなたこそが、本当のあなたではないんですか?」

「だとしたら、何だと言うのです?私を見逃すとでも言うのですか?」

「それは……」


 言えない。それが暗闇姉妹の使命だから。


「私たち……もう後戻りなんてできないでしょう。今からやりなおすことなんて、できないんですよ。もう……善と悪の板挟みになることには……疲れました。私は私の使命のために戦います。あなたも、あなたの使命のために戦いなさい。さもなければ……」


 リツが急にサナエから目をそらした。というより、別の者へ視線を送ったのである。


(えっ!?うそっ!?)


 グレンバーンである。リツは蛇睨みで、グレンバーンを硬直させた。たしかに、サナエに対して蛇睨みをしても、グレンバーンに邪魔されるのは先ほど経験した通りだ。グレンから潰すのは理にかなっているかもしれないが、当然そうなればサナエの方が黙っていない。


「リツさん!!」


 サナエが刀を上段に構える。だが、リツが振り向くと、サナエの動きもそこで止まった。それなのに、グレンはまだ動くことができない。


(こいつ!!)


 口がきけなくなったグレンが内心で驚愕する。


(アタシとサナエさんを……複数人を同時に、蛇睨みで止めることができるのか!?なんてことなの……トコヤミサイレンスの技を超えているわ!!)


「ジュウタロウさんを殺します」


 そうリツが口にしても、サナエの体は小刻みに震えているだけだ。


「あなたたち兄妹のこと……忘れません。あなたたち二人の記憶を……私の中で永遠にしたい……そのために、これから先、どれだけの人間を殺すことになっても……!」


 サナエにとどめを刺すべく、リツが走り寄った。狙うのは、サナエの振り上げた右手だ。刀を持つ手を切断すれば、一切の戦闘力を失うサナエに勝機は無い。しかも悪いことに、グレンはなお、魔法を操作することさえできなかった。


(そんな……これではサナエさんを殺された後、火球を爆発させる前に、アタシも殺される!打つ手が無くなるわ!)


 リツが、サナエの刀が届く範囲へと入る。それは、同時にリツの刀がサナエに届く距離だ。


 暗かったのだ。戦う場所が暗かったせいで、リツはサナエが異常な状態であることに、この時初めて気がついた。


(えっ?)


 リツは自分の目を疑う。


(サナエさん、その目は……!?)


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