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天罰必中、火の池地獄の時

 ジョーたち三人の耳鳴りが消えた。辺りが一切の静寂に包まれる。が、それは三人にとって何の慰めにもならなかった。おそらく、自分たちを襲撃してくるのは暗闇姉妹。人知を超えた力を持つ魔法少女であることは、ジョーたちには容易に想像できた。


「ヒデ、障子を閉めろ」

「はい」


 指示されたヒデが部屋の障子を閉めていく。そして、そう指示したジョーが、すぐに部屋の電灯を消した。すると、どうなるか?部屋の外の方が明るくなるので、障子にハッキリと、襲撃者の影が浮かんだ。


「撃て!撃て!!」


 ジョーたちも素人ではない。自分がいる部屋の明かりをすぐに消すのは、相手の居場所を探る常套手段だ。だが、こんなにも早く襲撃者が近づいてきたのは想定外だったため、マツは思わずマシンガンの弾を全て撃ち尽くしてしまった。


「おい、待て。何かおかしいぞ」


 とジョー。マツは動揺しながらも、マシンガンに新しい弾倉を付ける。


「ヒデ、銃を構えていろ。俺が障子を開ける」


 ヒデは言われた通り、三人の最後方で拳銃をシルエットに向けて構え続けた。その影は、無数の弾丸をくらっているはずなのに、まだ立ち続けているし、動きもしない。正面に立たないように注意しながらジョーが襖をゆっくりと開けると、その正体にマツが呆気にとられた。


「なんだこりゃ?」


 それは、黒い包帯を絡ませて作られた、いわばカカシのようなものだった。それが、障子に面する廊下の梁から吊るされている。どうりで手応えが無いはずだとジョーも思った。


(ということは……これは囮なのか?)


 その通りだった。ヒデの背後にある襖が音も無く開く。黒いドレスを構成する包帯の大半をカカシに使ったために、ほとんど半裸になったトコヤミサイレンスは、ヒデに背後から近づきながら、おもむろに短い棒のような物を取り出す。その端部をトコヤミがひねると、棒からダガー状の刃が飛び出した。極端に柄の短い槍のようだ。


「気をつけろ、ヒデ!敵がどこかに潜んでいるはずだ!……おい、ヒデ!」


 返事がない。マツが振り向いた時には、トコヤミは姿を消していた。そして、ヒデが前のめりにバタリと倒れる。そのうなじには、トコヤミの手持ち槍が深々と刺さっていた。


「くそっ!やられた!ここにいるのはマズいぞ、ジョー!広いところへ移動するんだ!」


 自分たちを狙う暗闇姉妹の能力や人数は不明にしろ、どうやら暗殺に長けているらしい。銃器の利を得るためには、見通しの良い場所の方が有利だと考えたのはジョーも同じようだった。二人はお互いの死角をカバーしながら庭へと降りる。


「どうする、ジョー!?」

「南の正門から出るのは無理だろう。東門には番犬がいるらしいし……西門へ向かうぞ。そこから脱出するんだ」

「わかった」


 その時、信じられない物を見たジョーは言葉を失った。


「どうした?」


 マツも同じ物を見て唖然とする。ヒデだ。死んだはずのヒデが、置き去りにした暗い部屋の中で立っている。いや、立たされているのだ。彼の体を持ち上げ、銃弾から身を守る盾にしながら、トコヤミサイレンスはジョーたちへ近づいていった。


「ひ、卑劣な!それが魔法少女の戦い方か!?」

「…………」


 生憎、暗闇姉妹トコヤミサイレンスは正義のヒーローなどではない。トコヤミはヒデの体を構えながら、戦慄する二人へ近づいていく。


「許せ、ヒデ……あああああああっ!!」


 マツはヒデの体へ向かってマシンガンの銃弾を集中させた。ヒデの体を盾にしているトコヤミは、逆に言えば自由に動けない状態だ。マツがヒデの体ごとトコヤミを貫こうとしたのは、人情を別にすれば合理的な選択である。


「チビ!!」


 ここでトコヤミがするどく叫んだ。


「何がチビだ!!お前の方がよっぽどチビじゃ……」


 その瞬間、黒い影が横からマツに襲いかかった。銃を持つ手を千切らんばかりに噛みついているのは、白金邸で飼われているドーベルマンだ。彼の名前は『チビ』という。


「がああああああっ!?」

「こ、こいつ!!」


 ジョーが折りたたみナイフでドーベルマンの脇腹を突くと、彼は「ギャン!?」と悲鳴をあげて倒れ、体を痙攣させる。その時には、トコヤミはヒデの体を放り捨て、ナイフを持ったジョーに襲いかかるところだった。


「がふっ!?」


 トコヤミの、地を這うようなダッシュからの縦拳突きがジョーの顔面を歪める。さらに左右からの拳のラッシュが続き、ジョーの足元がぐらついたところで、トコヤミは彼の、ナイフを持った右手首の関節をひねって外した。


「ぐああああっ!?」


 さらに、トコヤミは肘関節を裏から前腕で叩き壊し、さらにひねって肩関節を外す。そのたびに度し難い激痛に襲われたジョーは、その場にうずくまった。


「……これで終わりだ、暗闇姉妹」


 トコヤミの後頭部に、硬い銃口が突きつけられた。マツである。


「ガキが……大人を舐めるからこうなる。死にやがれ!!」

「その指で引き金が引けるの?」

「あ?」


 アドレナリンで痛みを忘れていたマツは、視線を落としてようやく気がついた。チビと名づけられたドーベルマンによって、自分の人差し指が噛み千切られていたことに。


「なにーっ!?」

「…………」


 トコヤミがぐるりと体を回転させ、その勢いのままスイングパンチをマツの頬に叩き込んだ。


「げっ!?」


 パンチの勢いで体が回ったマツの背後から、トコヤミが首に何かを巻きつけた。彼女自身の髪の毛である。ぐいぐいと首を締めつけられたマツは、そのまま息の根を止められた。


 残りは一人。マツにとどめを刺したトコヤミが振り返ると、ジョーが屋敷内へと逃げ込もうとしているところだった。振り返ってトコヤミと目があったジョーは、甲高い悲鳴をあげながら走ろうとする。そのたびに、外れた肩関節に激痛が走った。


(速くは走れないだろう)


 そう見てとったトコヤミは、先にドーベルマンのチビを回復魔法で治してやることにした。血を流して荒い息をしていたチビが、トコヤミに光る掌を押し付けられると、何事も無かったように起き上がる。


「待て」


 唸り声をあげてジョーを追いかけようとしたチビは、そのトコヤミの指示に素直に従った。


 屋敷内にジョーが入ったのには理由があった。彼が想像した通り、やはり屋敷内には監視カメラがあった。それが音声も拾ってくれることを祈りながら、ジョーがカメラの前で土下座する。


「か、勘弁してください!!」


 その音声は、たしかにマイクで拾われていた。その声に、茶室の組長たちが耳を傾ける。


『俺にできることなら、なんでもしますから!!お金でも!!何でも!!だから、命だけはお助けください!!お助けください!!』

「そいつはできない相談だ」


 そうつぶやく白金ソウタロウの声は、ジョーの方には聞こえない。


「こうなっちまったら、俺だって暗闇姉妹を止められねえよ」


『弾は一発……命は一つ……』


 別のマイクがトコヤミサイレンスの声を拾った。


 線香の匂いに気づき、ジョーが振り返る。まるで、ジョーに仕置の理由を思い出させるかのように、火のついた線香を左手に握ったトコヤミが廊下の端に立っていた。そして、右手にはグリップの付いた竹筒のような物を持っている。


「ひいいいいいいいいいっ!!」


 ジョーが悲鳴をあげ、逃げ出そうとした。だが、彼の足がツルリと滑り、廊下に転ぶ。ジョーが左手で廊下に触れると、ベタベタと濡れているのがわかった。廊下のワックスがトコヤミの回復魔法で、乾く直前にまで()()()()いたからだ。


「死んで償え」


 トコヤミは、右手に持ったジュンコ特製の竹鉄砲の火皿に、線香で火をつけた。発射された弾丸はジョーの体には当たらなかったが、ジョーの周りにあるワックスに火をつけるのには十分だった。


「ぎゃああああああああっ!?」


 ワックスが火の池に変わり、ジョーの着る高級スーツに引火する。やがて炎に包まれたその体から悲鳴が消えた時、トコヤミサイレンスは、今夜の仕事が終わったことを悟った。


 茶室にいる黒波組の組長は「恐ろしいな……」とつぶやきながら、本日三度目の質問を白金組組長にぶつける。


「なあ、本当にこいつらはお前らの殺し屋(ヒットマン)じゃあないんだよな?」

「残念だが、そうじゃない」


 ソウタロウはため息をつく。


「手を結ぶのは弱者の涙とだけ……なんだとよ」

「そうかい。そいつは、俺たちよりよっぽど任侠をしているじゃねえか。ええ?白金の」


 そう言われたソウタロウは、苦笑するしかなかった。モニターに映っているトコヤミサイレンスは、しばらくうつむいて黙祷していたが、やがてカメラの死角へと消えた。


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