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命の恩を返す時

 たしかに金を払うという言質をツグミからとったおばさんは、アカネたちが知りたがっている魔法少女の正体、すなわち、音無リツの過去を語り始めた。


 それは、今から15年前のことである。

 白木リツ、当時5歳。彼女はごく普通の子供で、ごく普通の両親のもとで育ち、ごく普通の生活をしていた……はずだった。


「えっ……!?」


 夜、母と共に二階の寝室で眠っていたリツが、何かが破裂するような音を聞いて目を覚ました。生まれて初めて聞いたその音が、銃声であると理解したのは、ずっと後になってからのことである。この時間、父はまだ一階の居間でテレビを見ているはずだ。


「ここに隠れているのよ、リツ。いいわね?」


 母はそう言ってリツをクローゼットに隠すと、慣れた様子でオートマチック拳銃に弾を込め、一階へと降りていった。クローゼットの隙間から見た母の背中を見送るリツの目から、涙がこぼれる。事情は何もわからないその少女にとっても、それが母の最後の姿になると、直感でわかったからだろう。


 その後、階下では何発もの銃声と、男同士の怒号と、母の断末魔が聞こえてきた。あるいは、この時にリツの心は壊れてしまったのかもしれない。少女の心からは、いつしか恐怖心が消えていた。だからこそ、寝室に拳銃を持った男が入ってきて、リツが隠れているクローゼットをゆっくりと開けた時も、彼女は身じろぎ一つしなかったのだ。


「あの二人の娘か……」


 そう言って男は微笑む。彼が着ている白いスーツは、返り血でところどころが黒く汚れていた。男が血に濡れた手をリツに伸ばす。


(この人が私の家族を殺したのか!?)


 リツの心が、生まれてはじめて殺意に満たされた時、寝室に銃声が何発も響いた。


 気がつくと、眼の前に男が倒れていた。白いスーツの背中を、自らの血で真っ黒に濡らして。


「おい」


 誰かが闇の中からリツに声をかける。部屋にはもう一人の男が入ってきていたのだ。彼こそが、当時20代だった京木ユウジロウである。ユウジロウは、しばしリツにも銃口を向けていたが、やがて拳銃を下ろすと少女に言った。


「死にたくなければ俺についてこい」


 一階では、やはり母と、母をかばうようにして倒れている父の遺体があった。リツは、嗚咽こそもらさないが、再び頬を涙で濡らす。


「お前の両親は、殺し屋だった」


 ユウジロウがリツに説明した。


「恨まれていたのさ。二人を殺し、お前をさっき殺そうとしていた男は、ヤクザだ」

「あなたは誰なの?」

「京木ユウジロウ。俺も、殺し屋さ。お前の父とは仲間だった。俺がもう少し早く来ていれば……」


 やがて二人は、京木の車に乗ってそこから逃げた。死んだヤクザの仲間が来るかもしれないからだ。


「お前の名は?」

「白木リツ」

「そうか。なら、今度から音無リツと名乗れ。お前は俺が匿ってやる。正体を誰にも悟られないように」

「ありがとうございます、ユウジロウさん」


 そして、リツはこの時に決めた。今夜、私は死んだのだ。今ここにある生命は、それを救ってくれたこの男に捧げるのだ、と。


「あなたが私を救ってくれたこと、一生忘れません」


 リツの人生が決まった瞬間だった。


 おばさんはここまで話すと、ツグミの顔をじっと見る。


「その少女に心あたりがあるだろう?」

「うん」


 ツグミがうなずく。


「リツ姉ちゃん。一緒にあなたと鍛えられた」

「ツグミちゃん、その子と幼なじみだったの?」


 アカネの問いにツグミが首をひねる。


「たしかに一緒だったけれど、友だちでは無かった。というより、なれなかった。リツ姉ちゃんは、たぶん、京木ユウジロウにしか心を開いていなかったから」

「あたしは京木に金を積まれて頼まれたのさ」


 とおばさんが続ける。


「リツを誰よりも強くしてくれ、って。リツの希望通り、両親にも負けない暗殺者にしてくれ、と。リツを魔法少女にしたのは、あたしの仕業なのさ。あの子は、それが京木への恩返しになると信じていたんだろうね」

「アタシたちが知りたいのは、その音無リツという魔法少女の能力、あるいは弱点なんだけど」

「能力は回復魔法と、反射魔法」


 アカネの質問におばさんが答える。


「能力はこの二つだけさ。シンプルだろう?それ以外の、あの子の戦闘力は、あの子自身の訓練のたまものさ。誰にも真似できない。はっきり言っておくよ」


 おばさんは念を押すように言った。


「あの子に弱点は無い。あたしが育てあげた子たちの中で、あの子が一番強い。あたしの最高傑作が、あたしの子では無いことだけが残念だよ」


 アカネはそっとツグミの顔を見る。その言葉を聞いたツグミの感情は、その表情からは読み取ることができなかった。


「最後に教えておこう」


 おばさんはツグミたちに伝えた。


「魔法少女としての音無リツの名は……シニガミマンティス」

死神シニガミ……蟷螂マンティス……」


 アカネがその名前を反芻した。


 それだけ聞けば、おばさんにもう用は無い。約束の金を後で届ける必要があるが、ひとまず本郷寺を出て、ツグミとアカネは下山することにした。


「?」


 山門まで着いたところでツグミが振り向く。なぜか、アカネが遅れてやってきた。


「どうしたの?」

「ちょっとおばさんと話をしていたのよ」

「ふーん」


 ツグミとアカネは来た時と同じ山道を一緒に歩いていった。


「何を話したの?」

「おばさん、ツグミちゃんのことを親不孝者って言ってたでしょ?どうしてなの?って」

「…………」


 ツグミが黙っていると、アカネが一人で話し続けた。


「せっかく立派な暗殺者に育てあげてやったのに、あいつは他人のためばかりに生きて、自分のために生きていない。親としてこれほど悲しいことは無い、って言ってた」

「……そう」

「本当に、よくわからない人ねーおばさんって」


 アカネが小石を蹴飛ばしながら言った。


「なんで急にツグミちゃんの良いところを言い出したのかしら?」

「……ふふっ」


 吹き出したツグミの顔を、アカネは不思議そうに覗き込んだ。


「どうしたの?アタシ、なんか変なこと言った?」

「ううん、何でもない」

「それにしても……」


 アカネの顔が険しいものに変わる。


「シニガミマンティスをどうするか……ね」

「たとえ彼女に同情の余地があっても、仕掛けることに変わりは無いし、勝てないからって逃げるつもりはないよ」


 ツグミの言葉にアカネもうなずく。おばさんにルールがあるように、暗闇姉妹にも曲げられないルールがあるのだ。


「まず、音無リツという人の居場所を、サナエさんに突き止めてもらいましょう。それに、アタシはサナエさんなら、今度こそシニガミマンティスに勝てると思っているわ。ちょっとお馬鹿で変わり者で臆病だけれど、アタシたちの中で一番強いのはサナエさんだもの」


 その頃、サナエは盛大にくしゃみを連発していた。


「ぶえっくしゅん!ぶええっくしょーん!!」


 そして体をブルブルと震わせる。


「うーん、なんでしょう?誰かがワタシのことを噂していたような……?」


 ここは犬神山神社である。社殿こそ小さいが、敷地自体は広く、春になると桜が咲き乱れ、花見客で賑わう。7月現在、もちろん桜はもう散っているし、参拝客が来るのは稀であった。

 御社殿、つまり神様の家に向かう参道の脇に社務所がある。いわゆる巫女の控え場所で、中村サナエはそこで寝起きしていた。御守り等を販売する授与所がそこに併設されており、サナエが勝手に『中村探偵事務所』の看板を掲げている。

 当のサナエはシャツと短パン姿で社務所に引きこもっているところだった。


(それにしても、あの太刀の一閃……)


 サナエは昨晩の戦いを思い出す。そして、情け容赦なく自分を斬った、あの氷のような表情をした魔法少女を。


(ワタシなんかが勝てるわけがない!)


 すっかり自信を喪失したサナエは、敵の魔法少女から受けたトラウマから回復する目処がまるで立っていなかった。


「ん?」


 誰かが社務所のドアをノックした。サナエの祖父に雇われている神主か、はたまたお守りを買おうとしている参拝客か?どちらにしろ、一応、巫女であるサナエが放っておくわけにはいかない。


「はーい」


 そう言ってドアを開いたサナエは、よく知った顔を見て安心したようだ。


「ああ、おはようございます!」


 サナエはにこやかに彼女を招じ入れた。


「お兄さんからここを聞いたんですか?狭いところですが、歓迎しますよ、リツさん」


 リツは無言で頭を下げると、そっと社務所の中へと入っていった。


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