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暗闇姉妹0号登場の時

 アカネには、どちらが先に動いたのかわからなかった。もしかしたら、同時だったのかもしれない。チドリとおばさんがお互いに急接近し、両者無言でボコスカと殴り合いの喧嘩を始めたので慌てて止めに入った。


「ツ……チドリちゃん、やめなさいよ!痛っ!?」


 チドリの方はすぐに止まったが、おばさんの怒りの鉄拳が数発アカネに当たった。どうやら、こういう師弟が久しぶりに再会した時にやる「弟子よ、まだまだ甘いな」というような実力を確かめる儀式ではなく、本気で喧嘩していたらしい。


「アカネちゃん、なんでちょっと笑ってるの?」

「いや……衝撃的だったから」


 アカネは言葉を濁した。レッサーパンダの喧嘩みたいで可愛かったから、などと言ったら余計に話がこじれかねない。


「見てたでしょ?」

「ええ、チドリちゃんが何を見せたかったのか、わかったわ」


 チドリとおばさんの格闘技の動きは酷似していた。それでいて、おばさんの仕事は、身寄りのない子どもを殺し屋に育てることだという。符丁が合っていく。


「あの魔法少女を育てたのが、このおばさんなのね」


 チドリはこくりとうなずいた。


「ところで、あんたは?」

「あ、はじめまして!」


 おばさんに声をかけられたアカネが丁寧に頭を下げる。


「チドリちゃんの友だちの、鷲田アカネです」


 だが、おばさんの方は名のり返さないし頭もさげない。


「いい歳してコスプレかい?あんたにゃセーラー服は似合わないよ」

「なっ!?アタシは現役の女子高生です!」

「あんたみたいな男女おとこおんなが女子高生なわけあるかい」

「なんだとコラァ!!」

「ちょ、ちょっとアカネちゃん……!」


 プッツンするアカネをチドリが羽交い締めにして止める。


「話がややこしくなるからやめて!」

「自分は殴り合いをしたくせに!」


 三人の空気が最悪になったところで、やっと話し合いが始まった。実に幸先の良いスタートだ。


「それじゃあ、なにかい?」


 おばさんが話を要約する。


「あたしが育てた子どもの一人が、京木という男に飼われて外道仕事をしていると……そう言いたいんだね?そして、その正体を教えろと」


 チドリがうなずくと、おばさんが鼻で笑う。


「あんただって外道じゃないか。他人のことをとやかく言えないだろうに」

「チドリが外道ですって!?」


 そう怒るアカネの袖をチドリが引いた。


「おばさんが言う『外道』って、女子どもを殺すことだよ」

「それはたしかに外道だけど……ああ」


 アカネは改めて考えると、暗闇姉妹とは、まさにおばさんが定義する外道の範疇に入ることに気がついた。暗闇姉妹にとっての同族殺しは、まさに『女子ども』をターゲットにしているのに他ならない。そして、おばさんは当然、チドリが暗闇姉妹であることを知っているのだろう。彼女の友だちと名乗ったアカネもまた暗闇姉妹だと思っただろうし、それは間違いではない。


「そもそも、その子に心当たりは無いんですか?」

「あるさ」


 アカネの質問におばさんがあっさりそう答える。


「じゃあ……!」

「教える気はないね」

「なっ!?」

「外道に話すことは何もない」


 その態度にアカネが憤る。


「あなたは他人のことを外道と言える資格があるんですか!?」

「あるさ」

「子どもを殺し屋に育てているくせに!」

「それの何が問題かね?」

「何がって……」

「そもそも、全員が殺し屋になるわけではない」


 おばさんはアカネたち二人の周りをぐるぐると回った。


「あんたはまだ、持たざる者の絶望を知らない。アカネとか言ったね?あんた、家族は?」

「……13歳の時に、悪魔に殺されて死にました」

「それからどうやって生きてきた?」

「親戚が援助してくれています」

「親戚がいなかったら、どうなっていただろう?」

「バイトか何かをして、なんとか生活していたと思いますが」

「まあ、そうだろう。あんたは力も強そうだし、賢そうだよ」


 最後の言葉は皮肉だろうか?とアカネは疑ったが、次の言葉を聞く限り、どうやらそうではないらしい。


「あんた、この世に生まれた最初の職業は何か知っているかね?」

「……売春婦ですか?」

「そう。そして次に生まれたのが同族殺し。つまり、殺し屋さ」


 おばさんが持論を展開する。


「幼く、身寄りもなく、力も学力も無い。そういう子どもが生きていくには、体を売るか、殺しを覚えるしかない。あたしは、そのどちらかを選ぶチャンスを子どもたちに与えているのさ。そう、ちょうどあんたの隣にいる、()()()()と同じようにね」


 チドリのことだ。


「子どもは警戒されにくい。まずは毒殺を覚えるのさ。山でトリカブトを見つける練習をして、さらに大きくなったらナイフを……」

「そういう話はいいから」


 チドリがピシャリと遮った。


「おばさんに会いにいこうと思った私が馬鹿だったよ」

「え、そんな!」


 おばさんにくるりと背を向けて立ち去ろうとするチドリに、アカネが困惑する。


「あの魔法少女はどうやって倒すのよ!?」

「なんとか私たちだけでやってみようよ。おばさんは頼りにならない」

「それでいいの!?ツグミちゃん!!」


 アカネがそう叫んだ時、チドリの体が硬直した。


「はあ?」


 反応したのはおばさんの方だった。


「ずいぶんと気安く呼んでくれるじゃないか」

「えっ?」


 アカネが振り向いて怪訝な顔をする。チドリの方はおばさんに背を向けたまま、両手で頭を抱えた。困惑してチドリとおばさんを交互に見るアカネ。おばさんは事情を察すると大笑いをした。


「ははははははは!!」

「え、なに?なんなの?」

「あんた、あたしの名前を名乗っていたのかい?チドリ……いや、ツグミちゃんと呼んでやろうか?」

「あ……もしかして」


 チドリは振り向いて、アカネを恨めしそうに睨んだ。


「ツグミという名前は、本当はおばさんの名前なの。村雨のツグミ……通り名の一つだよ」

「そうだったんだ」


 それならば、チドリがアカネにその名前を言うなと約束させたのは、わからないでもない。どっちに呼びかけているのかわからなくなるからだ。だが、チドリとおばさんの反応を見るに、二人にとって襲名行為には特別な意味がありそうだった。


「あんた、意外とあたしのことが好きだったんだね」


 おばさんがそう呼びかけた時、やっとチドリはおばさんと目を合わせる。


「好き……ではないと思う。性格は悪いし、おばさんの持論も嫌いだし、子どもを殺し屋に育てることも許せないよ……まあ、それでも」


 チドリ改めツグミは言葉を選びながら続けた。


「結局、私もそういう道を進むことになって……少しはあなたを尊敬できるようになったのかもしれない」

「それはどうしてかね?」

「あなたがルールを守っていたから。女子どもは狙わない。この仕事は、自分で決めたルールでさえ守り続けることが難しい。あなたは、方法はともかく、子どもを守ろうとしていた心だけは嘘ではなさそうだから」


「ねえ、ツグミちゃん……もうツグミちゃんって呼んでもいいわよね?ちょっと聞きたいんだけど……」


 アカネが横から口を挟んだ。


「おばさんって、もしかして殺し屋だったの?それも、魔法少女の殺し屋?」


 ツグミはおばさんの表情を読む。話しても構わないのだろう。そう判断したツグミがアカネの質問に答えた。


「ツバメちゃんが自分の事を暗闇姉妹2号って名乗る事があったよね?それって、私が1号って意味だと思うけれど……もしも暗闇姉妹0号がいるとしたら、目の前にいるこの人がそうだよ」

「あたしは魔法少女殺しはやらない。制裁はするけどね」


 とおばさん。


「今まではそれで良かったのかもしれない。女子どもは常に弱者で、いつも大人に狙われる被害者だった。だけど、1971年に初めて魔法少女が出現して、その数がどんどん増えたことで世界は変わってしまった。力をつけた少女たちは、逆に大人たちを襲うようになった。そんな世界で、魔法少女にすらなれない子どもたちは、さらに追い詰められていく」


 ツグミの言葉に、おばさんは無言で耳を傾ける。


「村田マオという女性は……」


 ツグミは白金組の渡辺シンゾウから聞いた話を語る。


「行き場の無い女性を支える会を作った。彼女は、あなたとは違うやり方で、子どもたちへの性加害を防ごうとしていた。だけどその会を、風俗店で使役する女性を集める道具として利用しようとする京木ユウジロウたちに殺されてしまった。マオさんが保護している女性の中には、中学生もいる。このまま彼らを生かしておくわけにはいかない」

「だから、リツを殺すというのかい?」

「えっ?」

「あっ!その名前って!」


 アカネもまた身を乗りだすようにして、おばさんが口にした名前に反応した。


「いいだろう。あんたたちが知りたがっている魔法少女のことを教えてやろう」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし」


 頭を下げるアカネにおばさんが条件を出す。


「白金組から受け取った金、全部渡しな」

「えっ……アタシたちが白金組から依頼を受けたこと、最初から知ってたんですか?」

「言ったでしょ、アカネちゃん」


 ツグミが言った。


「この人、性格は最悪だって」


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