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育ての親に会った時

 西ジュンコは残念そうにつぶやいた。


「それにしても、君たちが負けるとは……」


 暗闇姉妹の三人は、今後の計画を相談するためにジュンコの工場へと集まっていた。そこにもオトハはいない。そして、ジュンコもオトハから何も連絡を受けていなかった。


「…………」

「ツグミちゃんのせいじゃないわよ」


 うつむいているツグミにアカネが声をかける。オトハを一人で残したことが良かったのか、未だに悩んでいるのだ。アカネもまた、ツグミたちから話を聞いて、オトハの恋の結末を知っている。


「オトハは馬鹿じゃない。早まった真似はしないし、気持ちの整理がついたら戻ってくるわよ」

「……うん」


「それにしても……」


 ジュンコは刀で斬られた強化服の傷を手でなでる。


「凄まじいな、その魔法少女は。かつて榊原健吉という剣豪が兜を刀で斬った話を聞いたことがあるが、魔法少女が剣術を極めるとここまでの事ができるのか……」

「面目次第もございません……」


 ジュンコにそう言ってうなだれているサナエはすっかり自信を喪失しているようだ。剣を手にとって遅れをとるのは、人生で初めての経験だからだ。


「ジュンコさん、この強化服って回復魔法も受け流してしまうんですね。直そうとしましたが、無理でした」


 とツグミ。


「ああ、機能の切り替えをすれば魔法の受け流しを無効化できるが……」


 ジュンコは残念そうに語る。


「そのためには強化服を直さないといけない。困ったジレンマだよ。なるほど、敵の魔法少女がわざわざ短刀でサナエ君を刺したのは、強化服の上からだと回復魔法が無効化されるからだな」

「そんな物、無くても大丈夫よ!」

「そんな物とは失礼だな」


 ムッとするジュンコを横目に、そう言ってアカネがサナエの肩を叩く。


「相手が強化服ごとこちらを斬れるならば、むしろ無い方が動きやすくていいじゃない!」

「そ、そんな……怖いですよ!」

「自信をもってサナエさん!あなたの斬撃は、アタシだって目に追えないくらい速いんだから」

「そう言われましても……」


 サナエは斬られたのがすっかりトラウマになっているようだ。アカネに励まされても、弱音を吐いて震えることしかできなかった。


「それにしても、どれだけ強くても一つくらいは弱点があるだろうに。敵の魔法少女の情報をもっと集められたらいいんだがねぇ……」

「できますよ」

「えっ?」

「心当たりがあります」


 ジュンコがぼやいていると、ツグミがそう言いながら彼女の襟を掴んだ。


「アーッ!?」


 ジュンコの体が宙を舞う。相手の重心を崩してそのまま前に放り投げるその技は、リツと戦ったアカネとサナエにとっては忘れようにも忘れられない。


「なにをするんだい!ツグミ君!君を怒らせるような事をした覚えはないぞ!」

「ごめんなさい、ジュンコさん。アカネちゃんとサナエちゃんに、今の技を見てもらいたかったから」


 ツグミが倒れたジュンコを助け起こしている横で、サナエがうんうん頷く。


「今の投げ技、敵の魔法少女が使っていた技とそっくり……いいえ、まったく同じですよ!」


 アカネが首をひねった。


「どういうことなの?まさか、見て覚えたってわけじゃないわよね?ツグミちゃん、あの魔法少女と何か関係があるの?」

「ハッキリしたことは、まだわからないけれど……」


 ツグミはそう前置きをして言葉を続ける。


「それがわかる人に心当たりがあるよ」

「誰なの、それって?」


 アカネがその先を促すと、ツグミはしばし悩んだ後、口を開いた。


「明日、私の育ての親に会いに行ってみる」


 翌朝。

 ツグミは長く続く参道の石段を登っていた。ここは本郷寺という山寺である。ツグミが昨夜電話し、とある人物と会うことを約束したのがこの場所なのである。

 ツグミは一人では無かった。


「今日も暑くなりそうね……」


 そう言って空を見上げながら、一緒に石段を登っているのはアカネだ。アカネは正装のつもりで、学生服を着てきた。


「夜には大雨が降るって天気予報では言ってたけど」

「ねえ、アカネちゃん」


 ツグミが、どうしてもついて行きたいと言ったアカネに、昨夜した約束事を改めて確認する。


「おばさんと会う時は……」


『おばさん』とは、ツグミの育て親のことだ。なぜか頑なに、ツグミは彼女の本名を明かさなかった。その女性のことは、基本的に『おばさん』と呼べば、別に本人も気分を害したりはしないらしい。


「私のことを『ツグミ』って呼んじゃダメだからね」

「わかっているわ。それは記憶喪失になった後の名前だから、おばさんには通じないからでしょ?」


 ツグミは曖昧にうなずく。


「どうしても私を呼びたい時は『チドリ』って呼んで」

「それが……の名前なのね」


 アカネは、あえて「の名前なのね」とは言わない。


「かわいいじゃない」


 ツグミが赤くなる。


「それにしても、ツグミちゃん……いえ、チドリちゃんの育てのお母さんに会えるなんて、楽しみね」

「あんまり性格は良くないよ、その人」

「アタシが楽しみなのは、ツグ……チドリちゃんが好きだからよ。好きな子の事は、何だって知りたいもの。急ぎでなければ、ゆっくりとチドリちゃんの子どもの頃の話を聞きたいくらいだけど」

「……アカネちゃん、無自覚で女たらしだな」

「何か言った?」

「ううん、何も」


 石段を登りきった。アカネがこの寺に来るのは二度目である。前回来た時は墓地へ向かったが、今回もそうだった。この寺に縁のある人間は、なぜか秘密の話をそこでしたがるようだ。


「おばさんは何の仕事をしている人なの?」

「育て屋さん」

「育て屋?」

「身寄りのない子どもを引き取って、育てるの。私みたいに」


 ツグミは捨て子だという話は、アカネも最近聞いたばかりだ。


「それって、良い仕事じゃない。ツ……チドリちゃんがおばさんを嫌う理由がわからないわ」

「それが殺し屋に育てることだとしても?」

「えっ?」

「ほら、見えてきたよ」


 以下、筆者もツグミのことをチドリと表記する。チドリが指さす先に、一人の尼僧が待ち構えていた。チドリの話によれば40歳はとうに超えているそうだが、頭巾から覗くその顔は若々しく、肉付きの良い豊満なシルエットは法衣では隠しきれないようだ。ただ、背丈はチドリと同じくらい低い。


 アカネがチドリにささやく。


「まだ予定の時間より30分早いのに」

「……おばさんのそういう性格を忘れていた。あの人なら、1時間前から来て場所の下見くらいはする。そして、私たちに文句を言うよ、きっと」


 おばさんはチドリが想像した通りの言葉を投げつけてきた。


「久しぶりに呼び出したかと思えば人を待たせるなんて、ずいぶんと舐めたことをしてくれるじゃないか。この、親不孝者が……!」


 アカネが知るチドリが人を本気で嫌う事は稀だ。おばさんがその数少ない一人である理由が、なんとなくこのセリフから察することができた。


「これは容易じゃない相手みたいね」


 やはり、只者ではない。アカネがチドリの耳元にそうささやくと、彼女は頭を片手で押さえてため息をついた。


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