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暗闇姉妹全滅の時

 京木ユウジロウと、その仲間である男たち三人が事務所へ入ろうとする。裏口から外へ逃れる気だ。


「逃がさん!!……うっ!?」


 そう叫んで彼らに突進しようとしたグレンバーンであったが、リツが飛ばした鎖鎌の分銅に阻止される。直撃はしなかったものの、格闘戦のエキスパートであるグレンでさえ、身を捩って躱すのが精一杯だった。


「こいつ!はやい!」

「落ち着いてください!グレンさん!」


 スイギンスパーダことサナエが叫ぶ。


「まずは目の前にいる魔法少女に集中しましょう!京木たちは、彼女さえ倒せばなんとでも始末できます!」


 リツもまた暗闇姉妹の各個撃破を目指す。それ自体が生き物のように自在に動く分銅が、グレンを防戦一方にさせた。


「やあーっ!」


 その背中を、スパーダが上段から斬りかかった。リツは振り向きざまに、鎌でその斬撃を止める。


 トコヤミサイレンスはもちろんだが、グレンは複数人で仕掛ける事に対して、すでに心理的抵抗は感じないようになっている。スパーダがリツに仕掛けている間に、それぞれの得物を準備した。

 トコヤミが取り出したのは短い棒だ。その端部を捻ると、ダガー状の刃が飛び出す。極端に柄が短い槍のようだ。


「相手の射程距離が長いなら……!」


 グレンもまた同じように棒を二本取り出す。棒はグレンの魔法で赤熱し、炎の鎖で連結された。炎のヌンチャクだ。だが、今夜は一味違う。


「もう一丁!」


 グレンはさらにもう一本、棒を取り出して連結した。炎のヌンチャクを超えた、炎の三節棍である。


「うわっ!?」


 リツと鍔迫り合いをしていたスパーダが、柔道で言う隅落としのような投げ技で宙を舞った。相手の重心を崩して自分の前に投げるこの技は、暗闇姉妹で最強のパワーを持つスパーダすら問題にならないらしい。


「気をつけてください!この人、強いですよ!」


 強化服を着ていても目が回るのはどうにもできない。スパーダは頭を振りながら、他の二人に警告した。


「わかってる!アタシたちが知らないところで、こんなに強い魔法少女がいたなんてね!」


 鎖分銅と炎の三節棍が目にも止まらぬ速さで空気を切り裂き、文字通り火花を散らしてぶつかり合う。一進一退の攻防が続くかと思われたが、やはり武器の操作に慣れている分、リツの方が徐々に押していった。


「これほどの力がありながら、悪党の手先に堕ちるなんて!」


 そのグレンの言葉に、リツの目つきが鋭くなる。そして、自分の背後へ向かって鎌を振った。トコヤミサイレンスが突進して来たからだ。トコヤミは地を這うようなダッシュでそのまま鎌の下を潜る。柔道でいう双手刈り(両足ごと抱えて押し倒すタックルのような技)でリツを押し倒したトコヤミは、彼女の両脚の間に体を入れてのしかかると、手持ち槍をその喉へ突き立てようとした。当然、リツがそれを両手で止める。


「暗闇姉妹……あなたたちは殺してもよいと命令されている」

「自分で善悪を判断せずに、他者に言われるがまま人殺しをするような魔法少女を、生かしておくわけにはいかない」


 リツの言葉に、トコヤミはそう答えた。


「それは、殺したいから殺すことよりも、もっと悪いことだよ」

「……悪人ですか、私が」


 リツはトコヤミの力を逸らし、その槍の先を自分ではなく地面にぶつけさせた。そして、トコヤミの腿を足で蹴ってバランスを崩させ、体位を入れ替える。逆にトコヤミをうつ伏せにして上からのしかかったリツは、彼女の服の襟を掴むと、そのまま首を絞めようとした。


(この動き……!?私と同じ……!?)


 トコヤミが動揺する。だが、複数人から狙われている状況で、寝技を仕掛けるのは自殺行為だ。


「こんにゃろーっ!」


 スパーダがリツの体をサッカボールキックで蹴り飛ばす。ガードしたリツであったが、彼女の体が事務所の壁に叩きつけられた。すぐさま立ち上がったリツが目にしたのは、ドッジボールのような火球を今まさに投げつけようと構えているグレンバーンの姿であった。それが彼女の必殺技である。海に囲まれた埠頭であれば、京木たちの車を燃やした時と同じように、グレンバーンは思う存分に能力を発揮できる。


「今よ!トコヤミ!あいつの動きを止めて!」


 その言葉を聞いたトコヤミは立ち上がり、強い殺気とともにリツを睨んだ。ツグミ本人はあまりそのネーミングが気に入っていないようだが、他の暗闇姉妹のメンバーたちが『蛇睨み』と呼んでいる技だ。魔法という範疇を超えたこの必殺技は、タソガレバウンサーやジャシューヴァリティタといった強力な魔女たちを、文字通り蛇に睨まれたカエルのように金縛りにしてきた。


 リツもまた動きが止まる。しかし、その様子にトコヤミは違和感を覚える。


(この人……何かおかしい!)


 だが、グレンバーンは、すでに火球を投げるモーションに入っていた。


「おらああっ!!」

「待って!グレン!」

「!?」


 リツが動いた。トコヤミの蛇にらみが効かなかったのである。それは、強い殺気で相手の恐怖心を引き出して体を硬直させる技だ。恐怖心がそもそも無い相手には通用しない。


「アタシの強火玉が!?」


 リツに反射された。火球はまっすぐグレンバーンに向かって飛び、そして大爆発した。グレンはもちろんのこと、そばにいたトコヤミサイレンスもまた、余波で吹き飛ばされ、気を失う。


「グレンさん!トコヤミさん!」


 動けるのはスイギンスパーダだけだ。


「くっそーっ!」


 八相に刀を構えたスパーダが突進する。リツは、鎖鎌をしまい、自らも刀を抜いた。


「えいっ!」

「…………」


 リツはその面打ちを、横から逸らすように受け流し、スパーダのバランスを崩す。たたらを踏んだスパーダが振り向いた時には、リツが刀を上段から振り下ろしていた。


「ぐえええっ!?」


 袈裟懸けに斬り下ろされたリツの刀は、強化服ごと彼女の胸を裂いた。装甲の割れ目から鮮血が吹き出す。よろめいて仰向けに倒れたスパーダに、リツが近づいた。


「あ、あああ……」


 痛みと恐怖に震えるスパーダに馬乗りになったリツは、何かを探るように傷口を手でまさぐる。だが、諦めたように一息つくと、懐から短刀を取り出した。殺害した白金組幹部を解体した時に使った凶器と同じものだ。


「サナエさん……」

「えっ!どうしてワタシの名前を……?」

「あらかじめ言っておきますが……痛いですよ」

「ぎゃああああああああっ!!」


 リツは短刀の先端を強化服に空いた隙間に差し込み、体重をかけてブスリと突き刺した。肺に穴が空き、あふれる血がそれを満たしていくことで、サナエは溺れそうになる。


(アカネさん……ツグミさん……みんな……)


 短刀を引き抜いたリツが、サナエに背中を向けてどこかへ歩いていくのが、サナエが最後に見た光景だった。きっと自分と同じように、他の暗闇姉妹へとどめを刺しにいくのだろう。サナエの目の前が、真っ暗になった。


 サナエはツグミに肩を揺さぶられて目を覚ました。


「あ、あれっ?」

「アカネちゃん!サナエちゃんが目を覚ましたよ!」


 ツグミはすでに変身を解除していた。同じく変身を解除して、鷲田アカネに戻っていたグレンバーンがサナエを見下ろす。


「強化服はボロボロのままだけど……」


 アカネはサナエが着ている強化服の手動脱着ボタンを押した。卵をむいたように中から出たサナエの体には、傷ひとつ付いていなかった。


「舐められたものね」


 アカネは憤慨した。サナエが尋ねる。


「いったい、何がどうなっているんですか!?」

「あいつ、気を失っていたアタシたちに回復魔法をかけて去ったのよ」


 その頃、京木ユウジロウたちは海の上にいた。ヒデが操縦するモーターボートは、タソガレバウンサーが一条たちを逃がすために用意していたものだ。リツにその存在を教えられたユウジロウたちは、皮肉にもそれに乗って埠頭から脱出したというわけである。


「京木さん、これからどうしますか?」


 ジョーが京木に尋ねた。


「俺はリツのアパートに身を寄せる。お前らもしばらくは店に近づかない方がいいだろう。店の方はしばらく代理にまかせる」


 もちろん、京木が『代理』と呼ぶ系列店の店長は、京木の裏の顔を知らない。


「朝になれば死体が見つかるだろう。警察とて馬鹿ではない。暗闇姉妹のこともある。身辺には気をつけておけ」


 マオたちの遺体のことだ。だが、遺体は消えていた。

 目を覚ました暗闇姉妹の三人がオトハを一人残した場所へ戻った時には、彼女も、一条キヨシも村田マオもいなくなっていたのだ。アカネはすぐにオトハに電話をかける。


「……通じないわ」


 携帯電話を耳から離したアカネがツグミにそう伝える。サナエの方は、別の人物に電話をかけているところだった。


「もしもし、ジュンコさんですか。サナエです……」


 サナエは沈痛な面持ちで伝える。


「今夜の仕事は……失敗しました……ワタシたち、全員が負けたんです」


 リツは一人、夜道を歩き続けていた。すでに、魔法少女としての変身は解いている。ふと立ち止まったリツは、苦しそうにその場にうずくまった。


「ううぅ……ああ……私は……なんてことを…………」


 痛むのは体ではない。心だ。だが、やがてリツは何事もなかったかのように立ち上がった。


「……ユウジロウさんの言っていた通りですね。善人ぶろうとしなければ……苦しむこともない……」


 リツは再び、暗闇を歩き始めた。その口元に、幸福とは違う意味の笑みを浮かべながら。


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