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悪道に堕ちる時

 それは、咄嗟の判断だったのだ。

 走りながら後ろを振り向いた時、京木の仲間の一人が散弾銃で狙っているのを見たマオは、一条を庇うように体を広げた。


 自分の体には商品としての価値がある。

 だから、こうすれば銃を撃てないはず。


 その期待は、銃口から発射された無数の鉛玉によって、無惨に打ち砕かれたのだ。


「マオーー!!」


 一条が振り向いた時には、マオの胸が真っ赤に染まっていた。体から力が抜け、その場に倒れるマオの動きが、まるでスローモーションのように一条の目に映った。


「バカヤロウ!」


 追いついたユウジロウは、散弾銃を手にしたまま唖然としているマツを叱りつける。


「どうして胸を撃つんだよ!」

「すみません!咄嗟の事だったので……」

「あいつの女としての価値が無くなるだろうが!」


 その言葉が一条の逆鱗に触れた。マオの、人間としての価値を全て否定するような言葉を、絶対に許すことはできない。


「ユウジロオオオオーー!!」


 一条は拳銃を抜いた。距離は約25メートルである。訓練を積んだ者でも、この距離から拳銃弾を命中させるのは困難だ。マツから散弾銃を奪いとった、京木の方が有利だった。


 二つの銃口が同時に火を吹く。血に染まったのは一条の方だ。


「ぐあっ!?」


 散弾は一条の左肩を抉った。さらに続けて、京木は次弾を薬室へ送る。


「いいか、マツ!銃ってのは、こう使うんだよ!」


 次に京木が撃ったのは一条の右脚だ。一条はたまらず、うつ伏せに倒れ込んだ。


「一条さん!一条さん!!」

「マ……マオさん……!」


 先に倒れていたマオが必死に呼びかける声に、一条が弱々しく応える。京木がまた次弾を薬室へ送ると、再び白い着物の魔法少女姿になっていたリツが走り寄り、横から彼を止めようとした。


「やめてください!ユウジロウさん!」

「どけ!リツ!」


 一条は痛みにうめきながらも、その手に握った拳銃で京木ユウジロウに狙いを定める。


「ユウジロウ……貴様だけは、絶対に許さない……!!」

「あっ!」


 一条が撃った拳銃の弾が京木に真っ直ぐ向かう。それを見たリツは、咄嗟に反射魔法で跳ね返した。悪い事に、跳ね返った弾丸は一条の眉間を貫き、彼の命を奪った。


「いやあああああああああ!?」


 マオの悲鳴が埠頭に響き渡る。


「一条さんが……一条さんが……!!」

「私は……そんなつもりじゃ……」

「人殺し!!」


 マオがリツに叫ぶ。


「人殺し!!人殺し!!人殺しーー!!」


 再び銃声が響いた。京木がマオを撃ったからだ。


「うっ……!?」


 マオの胸に、新しい血痕が拡がる。


「ユウジロウさん!?」

「もう、あの女に価値は無い」


 京木ユウジロウはこともなげにリツにそう言った。


「一条さん……一条さん……」


 瀕死のマオは、それでも必死になって自分の手を伸ばし、既に事切れた一条の手を握りしめようとした。二人の手が重なろうとする寸前に、歩いてきたユウジロウが、足でマオの手を、まるで小石でも蹴飛ばすかのようにして払いのける。


「これで終わりだ」


 散弾銃が火を吹いた。マオは、心臓が破裂して死亡した。


「……むごい」


 思わずそうつぶやくリツにユウジロウが吠える。


「一番悪いのは、お前だぞ!リツ!」

「私が……!?」

「一条を殺したのは誰だ!?」

「それは……」

「俺がマオを撃つのを止めることができたのに、そうしなかったのは誰だ!?」

「…………」

「目を覚ませよ、リツ!」


 ユウジロウは散弾銃を投げ捨て、リツを抱きしめた。抵抗しない彼女の耳元にそっとささやく。


「俺たちは一生、悪人のままだ。一度でも自分のために人殺しをした人間はよぉ、魂が呪われてしまうのさ。悪いことは言わねえ、その運命を受け入れろ。そうしなければ、一番苦しい思いをするのはお前なんだぜぇ?俺はお前を愛している。お前に、そんな苦しい思いはさせたくねえんだ……」

「ユウジロウさん……」

「お前は、俺から離れることはできねえ。そいつは、お前が一番わかっているはずだ」


 リツは、両手をユウジロウの背中に回し、その体をそっと抱きしめた。


「京木さん!」


 仲間のジョーが呼ぶ。


「エンジンの音が!誰かがこっちに近づいて来ます!」


 最初にスクーターのライトに照らされる二つの物体を目にした時、オトハの脳はその現実を拒もうとした。だが、近づけば近づくほど、動かしがたい現実が否応なく迫ってくる。


「マオさん!!キヨシ君!!」


 呼びかけても返事は無い。オトハは転ぶようにしてスクーターから降りると、血の海に浸かる二人へ駆け降り、この世の不条理を呪った。


「なんなんだよぉ!!なんだよこれは!!どうして二人が……ただ普通の幸せを願っていただけなのに……!!くそーっ!!チクショーッ!!」


 オトハは泣きながらマオと一条の手を取り、それをそっと重ね合わせた。せめて二人が、黄泉路を渡る旅の途中で、決して離れ離れになることがないように、と。


「幸せになってほしかったんだ……二人には……本当に……」


 その様子を、コンテナの影から見つめている者たちがいる。京木ユウジロウとその仲間たち三人。そして、リツだ。マツが散弾銃を構えてオトハを狙っても、リツは止めなかった。だが、今度はユウジロウが彼を止める。


「待て。他にも近づいてくる奴がいるぞ。バイクの音だ」


 オトハもそれに気づいて振り返った。レッドとシルバーに色分けされたそのバイクには見覚えがある。サナエのバイク、マサムネリベリオンだ。当然、運転をしているのはサナエだったが、後ろにもう一人、誰かが乗っていた。リベリオンのライトが眩しいせいで、にわかに何者かわからなかったが、その声を聞いて誰だかすぐにわかった。


「オトハちゃん?どうしてここに?」

「……ツグミちゃん?」


「えっ……!この人たちは……?」


 とサナエ。バイクから降りたサナエもまた、ツグミと同じようにマオたちの側へ駆け寄る。ツグミはそっと彼らに手を当てていたが、死んでいるのがわかった以上、自分には手の施しようがないと悟った。どんなに優れたヒーラーであっても、死んでしまった人間を生き返らせることはできない。オトハがサナエに教える。


「村田マオさんと、一条刑事だよ……」

「オトハさんが今朝話していた二人ですか……」


 オトハの三角関係はアカネと一緒に聞いたばかりだった。その恋の結末に、サナエは胸を痛める。


「どうして、この二人が……?」

「サナエちゃん、その話は後にして。オトハちゃん……」


 ツグミがオトハに向き合う。


「私たちは、仕事のためにここに来た」

「仕事って……もしかして、暗闇姉妹の?」


 ツグミがうなずく。


「白金組の渡辺シンゾウさんから、京木ユウジロウがここに隠れていると聞いたから」


 シンゾウの準備がやけに良かった理由はこれだったのか。シンゾウは京木ユウジロウを仕留めるために、こうした情報を調べてジュンコたちに教えていたに違いない。それがわかったオトハは即座に言った。


「私も手伝うよ!」


 しかし、ツグミが静かに首を横に振る。


「なにそれ!?どういう意味なの!?」

「あなたは、この仕事から外れているはずでしょ。殺したいから殺すというのは、暗闇姉妹の仕事じゃないよ」

「そんなの関係ないでしょ!!私は二人の仇を……!!」

「今のオトハちゃんは冷静じゃない」


 ツグミが突き放すように言う。オトハの三角関係は何も知らないツグミであったが、彼女の殺気が強すぎることだけは手に取るようにわかった。


「冷静じゃない今の状態で、オトハちゃんはこの仕事ができると思っているの?」

「…………」

「ツグミさん……」


 少し冷たすぎるのではないかとサナエが心配そうに見守る。だが、やがてオトハはツグミの言い分を理解した。


「わかった……でも、私は……」

「二人を守ってあげて」


 オトハが倒れているマオと一条を見ると、彼らの体に残っていた損傷が治っていた。ツグミの回復魔法で治された二人は、まるで眠っているかのようだ。


「この二人を……誰であろうと、二度と傷つけることができないように」

「……うん」

「祈ってあげて。やがていつか愛の日が、二人に来るように……って」

「…………うん」


 ツグミは、今度はサナエに語りかける。


「サナエちゃん」

「なんですか、ツグミさん?」

「私……銃で狙われている」

「えっ!?」

「盾になって」


 ツグミがコンテナの影をまっすぐ指さした。彼女の目には、銃口から自分へと伸びる殺意の線が見えている。サナエが両腕を広げてその射線上に立ちはだかると、鉛玉が当たった彼女の胸から火花が散った。


「なにぃ!?」


 サナエに胸で銃弾を弾かれたマツが驚愕の声をあげる。リツはリツで、別の理由で驚いていた。


「あそこにいるのはサナエさん……!?」

「なに、サナエ?中村の妹か?」


 リツのつぶやきを、ユウジロウは聞き逃さない。


 サナエもまた指をさしながら叫んだ。


「敵はあそこですね!」

「うん、行こう」


 ツグミとサナエが、京木たちへ向かって歩きだす。彼らに、血の報いを受けさせるために。


「変……身……」


 そう口にしたツグミの、右手の中指に闇色に光る矛盾したオーラの指輪が出現する。彼女の体もまた漆黒の包帯に包まれていき、やがて包帯が集まってできた、黒いドレスの魔法少女へと姿を変えた。


「大変身!!」


 サナエもそう叫んで両拳を突き合わせると、その姿が、レッドとシルバーに塗り分けられた、鎧のような強化服を着た姿へと変貌する。もっとも、サナエの場合は強化服を着た状態で、変身能力を使って普段の姿に擬態していただけだが。


 村雨ツグミと中村サナエ。またの名を、トコヤミサイレンスとスイギンスパーダが向かってくるのを見たユウジロウは、仲間三人に指示した。


「車で逃げるぞ!」

「えっ、逃げる!?俺たちの殺しを見られたのに!?」

「バカヤロウ!魔法少女の強さは、さっきお前らも嫌というほど味わったんだろうが!」


 リツを含めた5人がもと来た道を戻る。だが、そこに停車していたワンボックスカーは、火柱をあげて燃えあがっていた。


「なっ!?俺たちの車が!?」

「待て!誰かいるぞ!」


 燃える炎の中から、真紅のドレスと、それに似合わぬ無骨な篭手をつけた戦士が現れる。鷲田アカネ。またの名を、閃光少女グレンバーンである。


「天罰代行、暗闇姉妹!」


 グレンバーンがそう名乗ると、京木の顔から血の気が引いた。


「暗闇姉妹!?まさか、お前らが!?」

「アンタたちに殺された人たちのうらみは、アタシたちが晴らす!」


 京木たちが振り返ると、トコヤミサイレンスとスイギンスパーダもまた、彼らを囲むように立っていた。リツがユウジロウに何かを手渡す。


「ユウジロウさん……私が時間を稼ぎますから、逃げてください」

「わかった……死ぬなよ」


 リツの着ている白い着物の袖から、ジャラジャラと鎖分銅が伸びた。反対側の袖から出た鎌がリツの手に握られている。


(鎖鎌ですか……なかなかやっかいそうな武器ですね)


 そう思いながら自らも刀を構えるサナエ/スイギンスパーダは、目の前にいる魔法少女の正体がリツであるとは、この時まだ知らなかった。


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