軽蔑の時
「今さら善人になろうとするな、リツ」
「何の話ですか?」
「俺たちの仕事は……」
ユウジロウはグラスを置く。
「他人の不幸の上で成り立っている。だれかが自分の代わりに不幸になるから、俺たちは幸せに生きていけるんだ」
「でも……閃光少女は人間を守る存在です」
「俺だって人間だぜ?強い人間が弱い人間を喰らう。弱肉強食のこの世界で、お前が選んだ弱者だけを救済していって、それに何の意味がある?」
「それは……」
リツが言葉に詰まっていると、突如ヒデがユウジロウたちのいる部屋に飛び込んできた。
「京木さん!マオと一条に、逃げられました!」
「なんだとぉ!?お前ら三人がそろっていながら、どうしてそうなった!?」
「黒いドレスの女が……」
ヒデは、自分の顔についた殴られた痕を手で押さえる。
「襲ってきたんです!俺たちを次々に殴り倒した後、一条の手錠の鍵を外して……それに、どういうわけか裏口のドアまで鍵を開けていたようで……」
「黒いドレスで……鍵の……魔女…………ハッ!」
京木ユウジロウは思い出した。そんな女に、最近自分は会ったではないか。お互いに干渉するのはやめようという約束を反故にされ、京木の頭に血が昇る。
「ジョーさんとマツさんが二人を追っています!」
「お前も行け!俺もすぐに行く!」
京木がそう答えると、そばにいたリツが急に部屋から飛び出した。
「リツ!?どうした!?」
しかし、リツは振り返りもしない。
(魔法少女同士、引かれあっているのか……?)
リツは彼女をすぐに見つけた。黒い忍者風ドレスを着たその魔法少女、タソガレバウンサーとは初対面であるし、その正体が警察官の氷川シノブであるとは思いもしなかった。しかしタソガレバウンサーの方は、まるで友人でも見つけたように、親しげに話しかけてくる。
「おー、やってみるもんですねぇ。こうやって、わざと殺意を出せば、あなたが反応してこちらに来ると思っていましたよ」
「……村田マオを逃したのは、あなたの仕業ですか?」
「ついでに、一条刑事も。同僚のよしみです。一回だけはチャンスをあげましょう」
「同僚?」
「あっ!えーっと……そんなことより!」
タソガレはリツに簡単な地図を手渡す。指で位置を示しながらタソガレは説明した。
「一条さんたちはこのルートを逃げていると思われますが、なにぶん、遮蔽物が無いのですぐ見つかるでしょう。海に面したこの場所に……」
タソガレが埠頭の端を指さす。
「モーターボートが止めてあります。一条さんたちを守りながら、これに乗って、三人で逃げてください」
「私……ボートなんて操縦できません」
「だったら漕げばいいじゃないですか!」
リツをマークしていた氷川/タソガレバウンサーからすれば、リツの正体を知っていることも、一条たちを逃がす手段を用意していることも、なんら不思議なことではなかった。その目的は一つ。
「……私に、ユウジロウさんを裏切れというのですか?」
「リツさん。あなたは正義の心に目覚めかけています。あんな男に従ってはいけません。閃光少女は、人間の自由を守るために戦う者なのです」
「どうして私の名前を……?それに、その言葉……あなたは誰なのですか?只者とは思えませんが、私の知っている人なのですか?」
「通りすがりの魔法少女です!」
タソガレは音も無くさっと跳躍する。
「覚えておいてくださいね〜!」
そんな奇妙なセリフを残して、そのまま夕闇の中へ姿を消した。
広い埠頭の敷地を、マオをつれた一条はひたすら走っていた。息が続かず倒れそうになったマオを心配して、一条はひとまず彼女をコンテナの影に座らせる。
「さっきの……黒いドレスの人……魔法少女ですよね……?」
息を切らしながらもマオが一条に尋ねる。
「知り合いなんですか?」
「まさか。僕に魔法少女の知り合いなんていないよ」
「でも……むこうは一条さんを知ってそうだった……」
一条は携帯電話を取り出す。だが、何度ボタンを押してみても、携帯電話はうんともすんとも応えなかった。
「スタンガンのせいで壊れたらしい。応援は呼べないな。いや……仮にここがどこかの埠頭なら、派出所から出動しても、応援が来るまで時間がかかりすぎる……」
一条はコンテナの影から自分たちが来た道を覗いた。謎の魔法少女に襲われたとはいえ、京木の仲間たちはすぐに自分たちを追ってくるだろう。やりすごそうにも、ここは隠れる場所が少なすぎる。早く移動するしかない。
「大丈夫ですか、マオさん?走らないと、奴らにすぐに捕まってしまう」
「え……ええ……」
マオが無理をして立ち上がる。すると、そんな二人の前に白い影が飛び降りてきた。
「キャッ!?」
「な、なんだ!?」
「二人とも、落ちついてください。私は味方です」
「君が……味方?」
「あなたたちを逃すためにここに来ました」
一条が怪訝そうな顔で、白い着物姿をした魔法少女を観察する。その手に握られている日本刀を見た一条が連想したのは、文字通りバラバラにされた白金組の幹部の遺体だ。
「君は、京木ユウジロウの仲間ではないのか?白金組舎弟頭、山口ジンを殺害したのは……」
「ええ、それは私の仕業です」
「そんな君が、僕たちを助けるだって!?信用できないぞ!」
「ま、待ってください……!私は、マオさんと知り合いで……!」
リツが変身を解除する。魔法少女の衣装に込められた認識阻害魔法が消え、その正体をマオが知る。
「音無リツさん……!」
「この人を知っているのか、マオさん!?」
だが、マオは信用するどころか、軽蔑のまなざしをリツへ向けた。
「この人です!私を騙して、ここへ誘拐してくるのを手伝ったのは!」
「それは、行き違いの結果で……!」
「そうやって、また私を騙すつもりですか!?近づかないでください!!」
「ああ、僕たちに近づかないでほしい」
一条もそれに同意する。
「悪いが、今は君を信用することができない。僕たちは僕たちの力でここを脱出するよ。白金組舎弟頭殺害の件については、また改めて事情聴取させてもらおう」
京木ユウジロウはここまで想定して計画を練っていたのだろうか?少なくとも、リツに背を向けて走りだす二人の背中に、彼女の言葉は届かなかった。
「待ってください!そっちに行ってはダメです!そっちに行ってはダメなんです!!」
その時、一発の乾いた銃声が埠頭に響いた。
オトハは先ほど、埠頭の敷地に入ったところであった。その銃声を耳にしたオトハの顔から血の気が引く。
「そんな…………そんな……そんな、そんな!そんなぁ!!」
スクーターの排気量が50ccしかないことを恨めしく思いながら、それでもアクセルを精一杯ひねり、オトハはその場所へと急いだ。