何かを映すモノ 8.
不気味。
ただそう表現するしかなかった。
本来動き得ないものが動いている。人は自然的には起こりえない違和感を見たときに不気味だと感じるのだ。
そして、不気味は恐怖を含む。
ゆっくり。すこしずつ。じわじわと。人形達が、まるでゾンビのようにこちらに向かってくる。
動きは緩慢。が、全員が手にナイフを持っている。
使い慣れていないもの刃物は恐れるに足らない。そんなことをどこかの主人公が口にしていたが大きな間違いだ。
包丁というのはそれだけで必殺なのだ。命中率が低いが一撃の技を持っている主人公と同じ。
竹刀の一本でもあれば状況が変わってくるが……生憎そのようなものは無い。というか準備するのを完全に忘れていた。
あー僕馬鹿。
でも仕方が無い。そんなものが必要になる状況が日常にはないのだから。
そう言えば。黒崎にパワーアップしてもらったんだった。
と、それを思い出すと今でも赤面してしまい、こんな状況で何を照れているんだと思うが、仕方がないだろう。
さっきは難なく3秒以上の具現化に成功したが、今考えてみれば黒崎のパワーアップのおかげだろう。
黒崎いわく完璧に術を使えれば、鏡に魔力の続く限りの寿命を与えることができるらしい。ただ、今は慣れないためにすぐ消滅してしまうだけらしい。
なら、今度はありったけの力を込めて。
イメージするは、刃渡り60センチ、幅3,4センチの長剣。
そして僕は駆け出した。次の瞬間、握られた手には確かに鏡の剣。形は剣だが、表面は光り輝き全てを反射している。それはまさしく鏡剣。
そのまま鏡剣は確かな軌跡を描き、一番近くにいたマネキンの間接を横なぎに両断する。
「よししゃ……」
と、喜んだまでは良いが、次の瞬間には鏡剣が光となって四散してしまったのだ。強度が足りないということか。ならばまた作れば良いだけのこと。
すかさず次の剣を作ってマネキンを一閃する。いかに包丁を持っていようと、動きが緩慢な人形相手なら、リーチさえ確保すれば恐れるに足らない。そのまま一体、また一体とマネキンを壊していく。
そして、6体目。もはや単純作業で剣を作り──
「ぁ……」
空の手を振り回す。
何故……そう思った瞬間、マネキンのナイフが右肩を掠めていた。
「君崎君っ!」
水樹が叫んでいる。
切り裂かれた制服、走る痛み。掠めただけ、血がにじむ程度の傷だったが、それでも痛くないはずが無かった。
咄嗟の判断でマネキンに蹴込みを喰らわせる。するとマネキンは数メートルの地面にぶつかって動かなくなった。
しかし。本当に困った。
これで、武器を作ることは不可能になったわけだ。
こうなったら、いっそ逃げて武器を持ってくるというのがベストなのだろうが……。
どうも、逃げるのは癪に障る。プライド許さない。逃げるんじゃない、戦略的撤退だと、言い聞かせてみるが、上手くいかない。
命がかかっている状況でこんなことを思うなんて、それが分かっていないのかもしれない。
だけど。逃げられるわけが無かった。
……好きな子の前で逃げ出すなんて男としてできない。
「あー大方魔力切れかな? ちなみに、逃げようとしてるなら無駄だよ? 外にも人形はいるから」
上野の声が体育館に響く。
何だ……逃げようとしても逃げられないのか。
それなら、ちょうど良い。
もう立ち向かうしかないのだから。