何かを映すモノ 6.
6.
「ああしーちゃんのこと知っちゃったんだ」
黒崎はお弁当のフタを空けながら僕の話を聞いてかすかに笑った。
シーちゃん、というのは符条静香の静香から取った仇名だろう。
「まぁな。お前のことを娘、水樹のことを初恋だと抜かしていたぞ」
「はは」
黒崎は小さい箸で小さい口に玉子焼きを運ぶ。
なんか、可愛い。
……っていうか、何でのんきに昼飯食ってんだ、僕。
能力の修行はどうした、僕。そのために黒崎と屋上にいるんじゃなかったっけか。
……ま、いっか。なんか幸せだし。
「そういえば今日符条休みだったな」
珍しいことだ。普段は風邪など引かないし、本人いわく『遅刻はしても早退はNon Non Non!』らしい。つまるところよく遅刻する。が、休みとか早退はほとんど無い。というか今まで一回も無かった。
「ちょっと用事がらしくよ」
「へー。葬式とかかな」
まぁ、遅刻が多いから皆勤賞関係ないから、休みくらいどうってことないけど。
「なんでも3日は戻ってこないって」
「3日も休むのか?」
それは長い。っていうか羨ましい。
「ところで、君崎君、どこまで出来るようになったの? 鏡の力」
「ん? まぁ、実体化を平均して3秒くらい」
「そっか。やっぱり上達早いね」
「そう言えば気になってたんだが、魔術師って世の中に一杯いるものなのか?」
「んー。どうかな。魔術師の血筋ってのがいくつかあって、その血筋の人は大抵可能性を秘めているけど、全部が全部魔術の存在を知っているわけじゃないし」
「魔術師の血筋?」
「そう。黒崎もそうだし、君崎もそうだよ。もっとも、君崎の人間は大抵魔術のことを知らずに過ごすし、どっちかってっと能力者が多く排出されるかな。結構レアな血筋よ」
「へぇ……君崎が」
ってことは、従姉妹とかも才能あんのかな。
「まぁ、日本で魔術師って言ったら、遠野、白城、黒崎が御三家、それに特殊なパターンの君崎。これが有名どころかな。もちろん、それ以外でも突然変異的に生まれる場合も在るけどね」
「そっか。じゃぁもう一つ。なんか魔術師をまとめる機関とかあるのか?」
「まとめる機関……か。力の上でそういうのは無いかな。協会は少人数で、円滑にことを進めるように勤めてはいるけど、強制力は無いから。それに、魔術師ってのは社会に必要とされていないモノだしね。あ、だけど魔法学校的なものはあったりするよ?」
「あんのか魔法学校!?」
「というか住人が魔術師だけって島が在るの。必然的にそこは魔法学校になる、ってわけ。世界でも三つしかない魔法学校のうちの一つ」
なんか通ってみたいなその学校。
どうやら、僕の知らない世界が広がっているらしい。
▽
火曜の一限は空きで、他人より遅く登校できる。そのため道行く人も少なく、快適な登校が実現している。
そんな高校まで後300メートルというところで信号待ちをしていると、前方に見覚えのある女子生徒を発見した。、
「よぉ、黒崎」
呼びかけると、小さいそいつは振り返る。
「あ、シスコン、おはよう」
「ちげぇよ!」
そんなわけで、二人で歩き出す。
「あのね。君崎君、授業中真っ白いノートを眺めていると、突然、妹に対する愛の言葉を綴りたくなるでしょ? そんなとき……」
「ならねぇよ! ……でも、気になる。続けていいぞ」
「……お得情報なのに」
「…………」
「それでね。そんなとき、『妹が大好きだ!』って書きなぐって、それを教師に見付かったことがある君崎君の欲求を解消する方法を教えてあげる」
断っておくが、そんなことは一度も無い。
「…………聞くだけ聞こう」
「良い? カタカナでこう書くの。イモウトガスキー」
「馬鹿か。カタカナにしたところで結局同じ……じゃない!?」
「そう。どこぞやの作家なんじゃないの? 的な印象を与えられるのよ」
「コレは!? もし、教師が文学に詳しい人なら『あ、もしかしてこの子罪と罰とかが好きなのかな』。と上手くいけば文学少年だと言う印象を与えることすら可能!?」
コレはもしや世紀の不思議発見!?
「スキーをダイスキーに変えると尚、愛情が伝わるわね」
「よっしゃー! これからイモウトガダイスキーって書きまくるぜ!」
…………。僕は何をしているんだろう。
そんな不毛な会話をしばらく続けていると、あっというまに学校に着いた。
「一限数学で同じ教室だよな?」
「うん」
ちょうど一限が終わり、皆が教室を移動している途中。そんなないか、自分達は一限空きで、割とさっきまで寝てました、と、ちょっとした優越感に浸ることができる。
ちなみに、水樹も火曜一限空きで、数学からのはずなのだが……。
「後1分しかないのにまだ来てないな、水樹」
「本当だ。遅刻かな?」
そうこう言っているうちに教師がやってきて、授業が始まってしまった。
▽
自体が急変したのは放課後になった直後だった。
僕の携帯に届いた一通のメール。
『旧校舎で水樹と待っている。必ず一人で』
差出人は水樹となっているが、コレを書いた人は水樹ではない。つまり例のストーカーからと思われ、その場合、水樹とストーカーと接触は必至……。
「黒崎! これを見てくれ!」
帰り支度をしていた黒崎に駆け寄って、携帯を突きつける。
「何……ん!?」
短いメール文。黒崎はその意味を一瞬で理解したようだ。
「ついに、こうなっちゃったか。……そういえは、今日上野君も休んでいた」
「……よし。とりあえず行って来る」
「一人で?」
「そう書いてあるからな」
それに。いくら魔術師だとは言え、黒崎は女の子だ。それに加勢を頼むのは男として情け無い。
「……私も行く、と言いたいところだけど。今の私では単なる足手まといだから……。分かった。黒崎君。ちょっとこっち来て」
何かを決心した様子で、黒崎は教室の外へ向かった。僕はそれに黙って付いていく。
しばらく歩いてたどり着いたのは、放課後は誰もいない多目的室。
教室の中ほどに入ったところで立ち止まる黒崎。
「……君崎君、ファーストキスは?」
「は?」
あまりに突然の質問に僕は冷静な対応が出来なかった。
「あるの? ないの?」
黒崎ははっきりとした口調で聞いてくる。その威圧感に押されて、思わず正直に答えてしまった。
「……無い」
「そう。じゃぁ、やっぱ痛いほうになるけど我慢して」
そう言って黒崎は歩み寄ってくる。そして、両手が僕の頭を掴んだ。
黒崎が精一杯背伸びをしているのが見える。
まさかキスをするんじゃ。
頭を引き寄せられ、黒崎の顔がどんどん近づいて来る。
──首筋に触れた。そのまま首筋を甘噛みされる。
「黒……」
何をしているんだと言いかけたとき。
首筋にチクリという痛みが現れた。激痛には程遠い。せいぜい針でさされた程度の痛みだ。
何かが入ってくるのが感じられる。──まるで予防注射のようだ。
5秒ほどで黒崎は唇を離した。
「……終わり」
そう言う彼女の頬が少し赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
「今何を?」
甘噛みされた部分を手で触ると、そこには彼女の唾液。
「魔術師の体液は魔力の塊。これで君崎君の魔力を底上げできる」
「……どういうことだ?」
「私の魔力を分け与えたの」
つまり、戦うために力を貸してくれた、ということか。
「……ありがとう黒崎」
「どういたしまして」
「じゃぁオレ行って来る」
「私も後から行くわ。家に道具を取りに行かないと。もしもの時はすぐ電話して」
「分かった」
そう言ってから僕はカバンを肩にかけて多目的室を飛び出した。