何かを映すモノ 5.
5.
特にすることも無く家でだらだらとしていた土曜日の午後。
突然携帯のバイブが振動した。
振動の種類からして、メールではない。それで、誰かと手にとって見たところ、画面には『水樹七歌』の文字。
「あ、もしもし?」
「君崎……君」
突然のことに、僕は反応が遅れる。水樹の声が有り得ないくらい震えていたから。
「お、おい? どうした?」
「旧校舎……旧校舎に今すぐ来て」
有無を言わさず切れる電話。
一体何があったのかと思考をめぐらせる。
旧校舎。僕らの中で旧校舎と言えば、高校の旧校舎のことだ。
旧校舎と言っても、場所自体が一駅離れたところに在り、今はまったく使われてない。僕らの高校入試の年から誰も使っておらず、取り壊しを待つ建物だ。
ワケが分からないので、もう一度電話をかけ直してみるが、繋がらない。
もしかしたら、例のストーカーに襲われたりしたのだろうか。そこから先は悪い想像しか浮かんでこない。
何が何だか分からないが、とにかく、旧校舎に向かうしかなかった。
▽
四半世紀以上の歴史を誇るその建物は、それでも廃墟と言った感じではなかった。まだ夕方だが、あえて表現するなら、夜の学校。そう言った雰囲気をかもし出している。
校門を潜って下駄箱に向かうと、一枚だけ開いているドアがあった。
あそこから入れ、そう言うことだろうか。
「…………」
あまりに罠臭い。
とは言え、ドアはガラス製で透明、見る限り危ないものは無い。
ここは思い切って行くしかない。
一歩。また一歩と足を踏み入れ……中に入る。
「なんだ……大丈夫か」
安心して、そのまま中に入る。
いずれ取り壊されるのだから、靴は脱がなくても良いだろう。そう思って、下駄箱をスルーした時。
突然の物音。
風を切る音。
茶色の斬撃。
──木刀!?
それを地面に飛び込むようにしてギリギリで交わす。
アクション映画に影響されて、飛び込みの練習をしていたのが功を奏したな……。などと思いつつ身体を起こす。
目に入ったのは、黒いダッフルコートを羽織った人。
水樹のストーカー!?
そう思ったときには敵は駆け出していた。
僕も急いで走り出す。
なにか……武器になるモノ!
廊下を走ってはいけませんというポスターが目に入ったのは一体何の皮肉か。走りながら、武器になるモノを探す。
「あった!」
廊下に立てかけてあった棒だけになってしまったモップ。僕はそれを掴んで振り返った。
すると、敵も数メートル離れたところで立ち止まって木刀を構えなおす。
長刀の君崎の名が疼く。
「はぁ!」
気合と共に斬りこむ。
下段からの振り上げ、それは軽く受けられる。だが続けて半円を描いて、降ろし、再度今度は左からの切り上げ。だが、これも受けられる。スポーツチャンバラ上級者の君崎から見ても、洗練された動きだ。
すかさず回し蹴りを放つも交わされ、逆に相手の踵をもろに喰らってバランスを崩してししまう。そのまま埃のたまった床に背中から倒れこみ──圧し掛かられて手を押さえられてしまう。
「くそ!」
もがくが完全に固められてしまっている。
こうなっては自力で脱出は……そうだ!
今の今まで忘れていた。
僕には能力がある!
僕ははすぐさま鏡をイメージする。縦横30センチほど。位置は──顔の前!
そして現れる鏡。僕と敵との間に突然現れたそれは、敵に確かな隙を作る。それをついて勢い良く起き上がり、敵の胸に手を押し込んで、逆に圧し掛かり……圧し掛かり…………アレ。
押し込んだ手。
本来ならそこには強靭な胸板があるはず。
だが、あったのは冗談のように柔らかい感触……。
そしてフードが外れた敵の顔は……
「意外とエッチなんだね、君崎君」
綺麗な声。
その顔も決して野郎のモノではない。
「……符条静香!?」
弓道部のエース、間違いなく符条静香だった。
「こんにちは、君崎くん」
「符条、何やってんだお前」
思わずそう聞くと、彼女は何故か視線をそらして、口ごもった。
「私に……それを言わせるの?」
「いや、お前しかいえないだろ」
「……君崎くんって実はサドなんだね」
「いや、何で急に僕がサド!?」
「分かったわよ。言えば良いんでしょ? ……誰もいない学校でクラスメイトの男子生徒に押し倒されて、胸を触れているわ」
と。
その説明で、自分の状況を理解する。
右手は以前押し付けたまま──。
「ごめんなさい!」
勢い良く飛びのいて謝る。
すると、符条はゆっくりと起き上がって、こちらを見つめてくる。
「……君崎くんなら……良いよ」
「何で!? どうして!? いやいや。まずいって。ラノベなんだから! いま業界も規制厳しいから!」
「大丈夫。今からでも『登場人物は全員18歳以上です。また全ての行為は同意のものと行われています』って書けば何でも許されるわ」
「許されないから!」
さておき。
「お前なのか? 僕をわざわざ呼び出したのは」
そう聞くと、彼女は立ち上がって埃を払いながら、頷いた。
「そうよ。ほらコレ」
そう言って彼女はポケットから携帯を取り出す。
「見覚えあるな……」
「七歌の携帯よ。ちょっと借りたの」
「僕を呼び出すために?」
そう言えば。
あの時、水樹の番号からだったから、本人だと思い込んでいたが、良く考えればちょっと声が違ったような。
「言っておくけど、ちゃんと借りたんだからね?」
「……それは分かったけど、何でそんなことをしたんだ?」
「試すため」
「僕を?」
「そう。あなたがどれだけの腕前なのか」
「何故?」
「七歌を守るだけの力があるのか」
「守るだけの、力?」
「だって、敵は私と同じ、夢を結ぶモノ<魔術師>なんだから」
▽
符条静香。
水樹と同じ弓道部所属。弓道部での通称はエロ。
どういう意味か。そのままの意味である。
制服の上からでも伺えるスタイルの良さ。それもそう呼ばれる原因の一つでは在るが、一番は彼女自身下ネタが大好きということ。
口を開けば卑猥な言葉が飛び出し、する、やる、行く、などと言うだけで過剰反応する様は、もはやエロとしか言いようが無い。
弓道部員が『あのエロ』もしくは『あの変態』と言ったら、間違いなく符条静香のことである。
クラスでの(一方的にだが)ベタベタぶりから、水樹七歌と百合なのでは、という疑惑もあり、本人も否定していなかったりする。
ちなみに、サブカルチャーをそれなりに嗜む僕でも分からないことを知っていたりするくらいのオタクでもある。
男子は、エロい話ができる女子を好んだりするが、彼女は行き過ぎ感が否めない。
とは言え。
健全者とは言えないにしても、僕にとって彼女は一般人だった。
が、彼女は立った今、
「私は、魔術師だ」
そんなことを口にしたのだ。
「それは……どういう意味だ?」
「まんま。私魔術使えるのよ。黒ちゃん──黒崎雨から聞いてない?」
聞いてない。
「なんだ……。まぁ、そういうことなのよ。ところで、君崎くん」
突然の切り替え。
一体なんだろうか。
「君崎くんは突然、『ブルマ!』って叫びたくなる時があるでしょ?」
「ねぇよ!」
どこの変態だ。
「そんなあなたのために、良い解決策を教えてあげるわ」
「……絶対に必要ないが、一応聞こう」
「こう叫ぶの。『大盤振る舞い!』」
「……はぁ? 大盤、振る舞──はっ!」
まさか……これはっ!
「そう」
「ブルマ良い!?」
「ミソは『舞』を『マ』ではなく『マイ』と読むこと。あとアクセントも大事だわおおばんブルマ良い」
「すげぇ! これで堂々と『ブルマ』と連呼できるぜ! 大盤振る舞い! 大盤振る舞い!」
…………。何をやっているんだ僕は。
というか、話を始めた符条が変態を見る目で僕を見ている。
「……そっか。やっぱりそうなんだ……。私スパッツ派なのよね……」
「そこ!?」
「まぁ、それは置いといて」
「自分で話逸らしておいて何事の無かったかのようにしてるな」
「とにかく。君崎くんを呼んだのは、私の七歌を守る力があるかを試すためなの」
「いまさらっと『私の』と言ったな!」
「七歌は私の初恋なの!」
「…………」
百合だってのは本当だったんだな。
「ともかく。七歌がストーカーに狙われてるのは知っているでしょ?」
「ああ」
そのことで相談を受けているわけだからな。
「そいつが魔術師だってことも黒ちゃんから聞いたわよね?」
「まぁな」
「分かるでしょ? 危険なの。だから、守る人数は多いに越したことは無い。黒ちゃんと私、それに君崎くんで守れば、三柱の守りでしょ?」
「まぁ、分かる。で、僕がどこまで使えるか試したってわけか」
「そゆこと」
そりゃそうだよな。初恋(大いにツッコミたいところだが!)の相手がストーカーに狙われているんだ。心配するのは当然か。
「まぁ、分かった。とは言え、突然木刀で斬りかかって来るのはどうかと思うけどな」
とりあえず言いたいことを言っておく。
「それについては、悪かった。ただ、敵は決闘を申し込んでくるわけではない。だから奇襲にも対応できるかが試したかったんだ」
「……まぁ、別に良いけどさ。ところで、黒崎雨とはどういう関係なんだ?」
「黒ちゃんと?」
「だってあいつこないだ転校してきたばっかりじゃないか」
「ああ。まぁ、引っ越してくる前からの友達なの。娘同然だわ」
「初恋の次は娘!?」
「可愛いし」
「…………」
もうツッコミは止めよう。
「まぁ、結果的には合格ね。大丈夫。ストーカーごときなら君崎くんでも対抗できるわ」
「それは、どうも」
こうして、僕は水樹七歌を守る騎士第三号に任命されたのだった。