何かを映すモノ 4.
4.
「鏡の能力の最も簡単な使い方は、鏡を実体化させていろいろなことに使うことなの」
「実体化させる?」
「そう。今のままでは、ほとんど質量を持たず、戦闘には役に立たない。けれど、実体化させることが出来れば、その用途は大幅に広がるわ」
例えば、と黒崎は身振り手振りを付けて続ける。
「手裏剣の形にして投げつけたり、盾として使ったり」
「なるほど」
確かに、そういうことが出来れば、魔術師相手でも戦える気がする。
「ええっと、具体的にはどうすれば?」
そう聞くと、黒崎は一瞬溜め、そして。
「やればできる」
そんなことを言った。
「……そんな、某通信教材みたいな」
「君も一緒にゼミを始めようぜ」
「…………」
あちゃ。実名出しちゃったよ。
「アレさ、たまに来る広告に入ってる、教材を使うことによって薔薇色の人生が待っている、っていうストーリーの漫画。アレいっつも同じストーリーだよな」
「部活も勉強も出来ない主人公が、憧れの先輩にその教材を薦められて、やってみたら、部活も勉強も上手く言って、最終的にその先輩と結ばれて楽しい大学生活」
「あれ読んだあとは、何か、部活も勉強も出来て彼氏彼女も居る自分が想像できるんだよね」
まぁ、確かに。
アレのいつも面白いほどに上手くいくストーリーだ。
「実際、あの教材取ったからと言って、彼女出来ないのは良く知ってますけどね」
「そーそ。でも、教材としてはかなり優れてると思うけどね。〝ちゃんと〟やれば成績も上がるよね」
って。
いけないけない。
話が反れた。
「ま、本当になんとなく、なんだだよ。鏡が実体を持って触れられる──そう意識するの。声を出したりするのと同じ。声を出すとき、意識して『あ』とか『い』とか出すわけじゃないでしょ? それと同じ。これは魔術・異能全般にいえることだけど、大事なのは慣れなの」
「はぁ」
いまいちパッとしない。長くても良いから呪文とかを詠唱するののほうが良いよな……カッコ良いし。
「まぁ一度やってみなよ。って言っても、またスカートの下とかだったら……」
…………。
意識を集中する。
まずは鏡だ。これは、思い浮かべるだけで出来る。
黒崎と自分の間に一枚の鏡をイメージ。すると、ものの一秒で鏡が現れた。
後はコレを実体化させる。
イメージ。イメージしろ。手を伸ばす。そうすると、冷たい感触が──。
「あっ!」
一瞬。一瞬であったが、確かに冷たい感触。
「おー一回目から成功ってのは中々だよ。うん」
黒崎も手を叩いて褒めてくれる。
本当に一瞬。認識した瞬間になくなったけど、あの瞬間、確かに鏡があった。
これが魔術──。
否。神の力。
インドとインドネシアが違う国だと知ったときくらい感動した。
ナスとナスビが同じものだと知ったときくらい感動した。
リメイク版にプラスコミュニケーションとプラスシチュエーションがあったのを知ったときと同じくらい。まだまだ出るんだ繰り返し。
小さい頃、誰しもが憧れる魔法。それが今になって現実にあると、そして自分が使えると知ったのだ。この感動は本当に大きい。
そう。僕にとっては、それこそ新世界だった。
▽
「いやー今日からテスト週間で部活休みだよー」
水樹の一言が俺の新世界<幻想>をぶち壊した。
忘れてたぜ。いや、忘れようとしていた。
「orz」
きっちり口で発音しつつ、床にうなだれてみる。
「って、なるよね。特に帰宅部は」
テスト前一週間は部活がなくなるので、運動部に入っている人にとっては、長い休み。だが、帰宅部にとっては単にテスト前。感じ方がまったく違う。
「あー。涼宮だ」
カバンがどことなく重い。別にテスト前だから、いつもは置き勉してる教科書類を持って帰る、などということはしていないのだが。
「まぁ、とりあえず帰ろうか?」
「うん」
「そういえばさ、ストーカーに心当たりとかって無いの?」
昨日からちょっと疑問に思っていたことを聞いてみる。
「心当たり……」
「例えば最近告白されて、断ったとか」
ストーキングするくらいだし、水樹のことが嫌いなはずが無い
「ええっと、実は先々週に弓道部の上野君に」
上野、上野。おぼろげには覚えてはいる。
身長・体格的に、昨日のストーカーでも違和感は無い。
「上野君の告白を断ったんだけど、その後、彼弓道部止めちゃって……」
「うわぁ……怪しすぎる」
逆に彼じゃなかったら誰なんだ。
とは言え、疑わしきは罰せず。それだけで疑うのは良くないだろう。
「あ、でも彼だって決まったわけじゃないから」
「ああ。とりあえず頭の隅に置いておくよ」
水樹はモテるしな。水樹を好きな奴なんて一人や二人じゃないんだし。
でも、水樹ってギャルゲーに出したら、あんまり人気で無いかもな。幼女でもツンデレでもないし。しっかりモノお姉ちゃんキャラだし。そこが二次元と三次元の差と言う奴か。美人キャラはあんまり萌えないからな。
その点、黒崎は二次元でも三次元でもモテるな。なんせ童顔だし。幼女、とまではいかないにしても、高校二年生には見えない。
って。何を美少女に関して考察してるんだ……。
とりあえず、鏡の実体化は、数回に一回は2,3秒、他は大抵不発か一秒弱。この調子で行けばそのうち自由自在になるのではないかと想っている。
今の状態では、まだ実践向きとは言えないが、それでも、魔法が使えるという事実は、自分に自信を与えていた。これなら、魔術師相手でも勝てる気がする