何かを映すモノ 2.
2.
帰路についてから約十分後。
僕はお喋りが好きなほうではあるが、普段余り話さない相手と盛り上がるほど口達者ではない。
自然のように会話に困り、空気は死にかけていた。
そんな時、水樹が突然口を開き、
「君崎ってさ……シスコンでロリコンだって聞いたんだけど本当?」
なんて恐ろしいことを言ってきた。
「はぁ? ちょっと待て。どこから? 誰から? いつのまにそんな噂が……」
「義理の妹さんが居て、しかも溺愛してるって……」
水樹は恐る恐る、といった感じで聞いてくる。
確かに義理の妹が居るには居るが。
「溺愛はしてねぇ。そりゃ可愛いとは思うけど! シスコンじゃねぇ! 断じて!」
とりあえず全力で否定しておく。
すると水樹は無表情、というか軽蔑した顔をしてきた。
「──などと供述しており、警察では、嘘の証言と見て、君崎容疑者のシスコン容疑について検証を進めています」
「僕いつの間にか逮捕されている!?」
シスコンって犯罪だったんだな……。
にしても。水樹も冗談を言ったりするんだな、などと思ってみる。
閑話休題。
「そういやー、今のところストーカー居ないな」
「うん。そうだね」
そう言う水樹の顔は、どこか安心しているように見える。
そして、また沈黙が訪れる。
結局、残りの五分強、一度も二人の口が開かれることは無かった。
「ええっと、私、家この団地だから。今日はその、ありがとう」
「あ、うん。全然。どうせ僕帰宅部だから」
「じゅぁ、また明日!」
そう言って水樹は小走りに去っていった。
僕は役目を終えたので、自宅に向けて再び歩き出す。
そして、角を曲がり二メートルほど歩き──そこで立ち止まった。
振り返るとそこには一人の男。
「お前……何してんだ」
ストーカーは今日もちゃんと居たのだ。気が付いていた。ただ、水樹を不安がらせたくなくて黙っていただけ。
水樹の話どおり、ダッフルコートのフードをすっぽり被っている。身長は173センチの僕より少し小さいくらい。コートがだぼだぼなのではっきりとした体格は分からないが、僕より大きいということは内科と思われる。
僕は無意識のうちに身構えていた。
そして──敵は攻撃に移った。
手を開いて振りかぶってくる。
平手打ち? しかし二人の距離はまだ一メートルもある。こんな速くに手を振り上げる必要は──。
だが。
距離が意味を成さなかった。
突然飛来する炎弾。
それをかわせたのは奇跡、武道の心得があるのを差し引いてもそう呼べるものだった。
一体どこからそんなものだ飛び出したのか。それを探る前に次の炎弾。それは、やはり、男の手のひらから出てきているとしか思えなかった。
まるで魔法──そうだ。
魔法。俺にも使えるじゃないか。
だが、すぐに気が付く。
あの鏡には触れることが出来ない。つまり、それをいくら作ったとしても、無いのと同じなのだ。
ああ、使えない能力! 覗きにしか使えないなんて本当に意味がない!
だが、悪態をついても仕方がない。
僕は二度目の炎弾をかわし、そのまま全速力で走った。
とにかく逃げなければ。
だが、背中を見せたのは失敗だった。
そんなことをしたらたちまち餌食に。
すぐに気が付くも、それは遅すぎた。
炎弾はもはや避けようがない距離に。
そしてその炎弾は──切り裂かれた。
僕は突然のことに呆然と立ち尽くす。
黒鳥の如くに空から落ちてきた少女。
そして少女は炎球を切りさいたのだ。
その細い人差し指についた爪だけで。
「黒崎──」
雨。
本名キャンディス・ブラック。
僕は、彼女に助けられたのだ。
ようやく頭が動き出す。
どうやら、彼女の登場に驚いたのは僕だけではなかったようだ。見れば、フードの男も呆然と黒崎を見つめていた。
そして、我に返った男は再び炎弾を放つ。
だが、それは無駄だった。黒崎が、指揮棒<タクト>でも振るかのように指先を動かすだけで炎弾は切り裂かれる。
「な……」
男が焦っているのは明らかだった。
そして、悪あがき。
再度放たれる炎弾。
こんな格言がある。
二度あることは三度ある。
無駄。
男は黒埼には勝てない。
それくらい、黒崎の動きは無駄が無いものだった。
戦い慣れしている。
黒い長髪を揺らしながら男を睨む黒崎。
それに男は一歩、また一歩と引き下がり、ついには背中を向けて走り出した。
黒崎はそれを追おうとはせず、こちらに振り返った。
炎弾を切り裂いた指は無傷。焦げ痕など残っていなかった。
「こんにちは。君崎君」
そう言って微笑みかけてくる。
「黒崎……雨?」
「そんな疑問形で確認しないでよ」
「お前……一体何なんだ?」
その言い方が失礼だとは知っていても、聞かずにはいられなかった。
すると、黒崎は一瞬首を傾けてから、口を開いた。
「あれ、知らないんだ」
「何を?」
「そっか。分かった。じゃぁ、改めて自己紹介をしましょう」
僕は彼女の言葉の続きを待つ。
そして、彼女は言った。
「キャンディス・ブラック。ユメを結ぶモノ<魔術師>よ」