何かを映すモノ 9.
よく考えてみれば。わざわざ人形の相手をする必要なんてどこにもない。大元を叩く。基本戦略だ。
魔術というのは、気合でなんとかなるモノなのかは知らないが、何とかして見せよう。
「トレース……オン」
違う。
「その幻想をぶち壊す!」
違う。
「トリプルアクセル!」
浅田真央はこんな風にいちいち技名を言ったりしない。
気を取り直して。
必殺技の発動は諦めて、僕は普通に走り出した。直線状に5体の人形がいる。
まずは一体目。気合を入れて鏡剣を作り──切り裂いた。
まだだ。僕はその剣に消えるなと、命令する。
それを感じ取ったのか、剣は5秒経過しても消えることが無かった。
僕はさらにそのままもう2体を剣で一閃し、そのまま直進した。手にはしっかりとした感触が残っている。もうマネキンなど相手ではかった。
僕は一気に残りのマネキンを切り伏せ、壇上に飛び乗る。
「水樹!」
来たなコレ。高感度アップ間違いなしだな。
水樹の不安げな顔を見ると、心の中とは言えふざけていたのがとてつもなく申し訳なく思える。
「君崎君……」
「己、君崎にこんな不安げな表情をさせるとは許せん!」……などと声に出して言うのは余りにも痛いので、心の中にとどめておく。
「上野。何がしたいんだ」
聞くと、上野はかすかに笑みを浮べた。
「何がしたい? 知るかそんなもん」
そう言うと、上野の横にいた人形が動き始めた。
そいつは一体だけ、他とは違い包丁を持っていない。
代わりに持っているのは木刀。
本来であればマネキンに支えられるはずのないものだが、そこは魔力が補っているのか、マネキンはしっかりと直立している。
そして、マネキンが剣を振りかぶってくる。
その動きは今までのそれとは比べ物にならなかった。
速い。
僕はその斬撃を何とか鏡剣で受け止めるが、すかさず次の攻撃が来る。
速いだけではない。一発一発に重みが在る。とても木刀の重さではない。まるで、鉄の塊でも振り下ろされているような重さ。
3発。たったそれだけで鏡剣は砕け散ってしまった。
僕は咄嗟に後退する。
「ほら休んでる暇はないぞ!」
上野が手を振り上げ、炎弾を飛ばしてくる。それを辛うじて交わして、体勢を立て直す。
遠距離攻撃。
敵にはそんなものもあった。一方、僕は飛ばすものといえば、靴が精一杯だ。あと言、と言うものも在るけれど、この状況で、炎弾を超えるそれを言葉だけで作るのは難しい。
いや、試してみる価値は在るか。
「お前の母ちゃんデべそ!」
…………と言おうとしたが、小学生レベルなのでやめておく。
そういえば。
黒崎から聞いた話によれば、鏡の力の根本は『すべての現象を映す』。漫画風に約してしまえば、敵の必殺技をコピーして跳ね返す、という解釈で良いのではないだろうか?
あれ、それって何か無敵じゃね?
出来るという確証が在るわけではないのに、急に自信が沸いてきた。
しかし、残念ながら方法が分からない。念じれば良いのか?
そんなことを考えていると、マネキンが動き出した。僕は咄嗟に鏡剣を作って敵の攻撃を受け止める。
今度は先ほどの教訓から、一撃の後、すぐに反撃した。
確かに、マネキンの動きは速いし重い。だが、いささか直線的過ぎる。
確実に、一撃でマネキンを破壊し、持っていた木刀を奪う。
鏡剣がすぐ消えてしまったところを見ると、やはり、魔力はほとんど残っていないらしい。そうなると、リーチの長い武器は重宝してくる。
ついでにマネキンのパーツを上野に投げつける。
が、ひょいっといとも簡単に避けられてしまった。
正直。どうしようもない。せめて盾になるものがあれば話は変わってくるが、生憎鏡の力ももう使えない。
万事休す。