お見合いゾンビ
「それじゃあ、この方なんかどうでしょう? 年収、年齢、学歴、全て笹塚さんの条件を満たしてます。彼がゾンビであることに目をつぶれば、かなりの優良物件だと思いますよ!」
初めて訪れた結婚相談所。パッとしない相手を紹介され続けた後、仲介人のスタッフが営業スマイル全開で紹介してくれたのは、『高田義雄』さんという男性だった。
ゾンビかー、と私は思いながらも、面白半分でプロフィールを確認してみる。年収は世間一般より一回りも二回りも上で、年齢は私より三歳上。学歴についても、有名大学卒業で申し分ない。顔写真には清潔感あふれる端正な顔立ちの男性の顔が映っている。仲介人の言う通り、ゾンビであることを除けば私が求める結婚相手の条件を全て満たしているように思えた。
「念の為お伝えしておくと、その顔写真は高田さんがゾンビになる前に撮られた写真です。ですが、元々の顔がいいので、ゾンビになっても相変わらずイケメンですよ」
「うーん、でもゾンビなんですよね? あまり贅沢は言えないというのはわかっているんですが、やっぱりそこが気になっちゃうんです」
「そう言われる方は多いんですが、だからこそ穴場なんです。正直、このスペックのゾンビじゃない男性だったら、一瞬でお相手が見つかっちゃうんです。ゾンビが大丈夫であれば、これくらいのスペックのお相手は何人でも紹介できますよ!」
仲介人の熱意に負け、私は渋々高田さんとのお見合いを承諾する。そしてお見合い当日。仲介人が予約したおしゃれなカフェで、私は高田義雄さんと対面する。
高田さんはアルマーニのスーツを身につけ、左手にはカルティエの腕時計をはめていた。ただのブランドもの好きではないことをアピールするためか、胸元から覗くネクタイは遊び心のある陽気な柄で、センスの高さを窺わせる。今まで色んな男性を見てきたけれど、高田さんは私が知る男性の中でも最上位に位置するレベルの素敵な男性だった。
高田さんが軽くお辞儀をする。ぼとりと何かが落ちる音がしたので、下をみると、床には高田さんの腐った眼球が転がっていた。高田さんが慌てて、と言ってもゾンビだからそこまで俊敏には動けないけれど、できるだけ急いでそれを拾い上げ、自分の眼窩にはめ込んだ。普通の男性だったら頼りなく見えたかもしれない。だけど、ピシッとした身なりの彼だからこそ、そんな行動も、虚な瞳も、開けっぱなしの口から垂れるよだれも、可愛らしいという前向きな印象を与えてくれる。
それから私は高田さんにエスコートされながら席につき、飲み物を注文する。おしゃれなカフェにはクラシックの音楽が流れていて、家具ひとつひとつにこだわりが感じられる。窓から見える景色を横目に、私と高田さんはお互いを知るための会話を始める。
「あー、うー、あー!」
「え! すごーい! あの有名なイベントに関わってたんですか!?」
高田さんが仕事や経歴の話をして、私はそれを持ち上げる。高田さんも私の相槌に満足した様子で、時間が経つにつれて打ち解けていくのがわかった。
楽しいひとときを過ごした後、私たちは別れた。その後すぐに結婚相談所でカウンセリングが行われ、仲介人から高田さんから快い返事をもらっていることを伝えられる。仮交際フェーズへ入りませんか? 仲介人からそう打診されたけれど、私は少しだけ迷った後で、他に違う人を紹介して欲しいと返事をした。
「もちろん紹介はできますけど……何か気に入らなかったところとかありました?」
「いえ、お話ししていて楽しかったですし、素晴らしい方だと思います。でも、会話の節々でプライドが高そうだなって感じたのと、男尊女卑の思考がちょっと気になったんです。それに……」
「それに?」
「ゾンビが大丈夫であれば、これくらいのスペックのお相手は何人でも紹介できますって言ってましたよね? だったら、もっと条件が良かったり、性格があったりする人が見つかるかもって思ったんです」
はあ。仲介人の人は少しだけ残念そうな表情を浮かべながら相槌を打つ。本心では納得いってないのかもしれないが、それでも私の意見を尊重し、別の男性を紹介してくれる。
「こちらは飯島健人さんです。職業は公務員で安定してますし、注目ポイントとしては、他のゾンビの方と比べて発話能力が人間レベルなんです。他のゾンビの方だったらあー、とかうー、とか言えないですが、この方は滑らかに喋ることができます。結婚生活を考えると、毎日何気ない会話をできることって大事ですからね」
飯島さんとはカフェでお見合いを行い、その後一度だけデートに行ったが、結局私から交際を断ることにした。公務員という職業は魅力的だったし、ゾンビとは思えないほどに言葉をハキハキ喋れていたのはポイントが高かった。だけど、スーツの肩に積もった髪の毛のフケを見た瞬間、彼への生理的な嫌悪感が湧き上がってきてしまった。元々身体が腐っているからといって、身だしなみをきちんとできないようなだらしない人は無理だった。
「こちらは吉岡俊晴さんです。東証プライム上場の企業でエンジニアとして働かれています。本結婚相談所に登録されている男性ではかなり若い方で、年収は今までの方と見劣りするかもしれませんが、将来性は抜群だと思います。子供の頃にゾンビになったということがあって、腐敗はそれなりに進んでますが……大丈夫だと思います!」
この人とはホテルのラウンジでお見合いをした。同世代ということで期待値は高かったが、なんとお見合いの場に母親を連れてきた。お見合いでも彼と話しているというより、彼のお母さんと話している方が長かったし、彼は隣であーとかうーとか言ってるだけ。そのくせ母親に対する横柄な態度が鼻についた。身体が腐ってるのは仕方ないとしても、心まで腐ってるのはさすがに受け入れることはできず、お断りさせてもらった。
数多くのゾンビを紹介してもらったものの、どれもゾンビであること以外の欠点が目立ち、いまいち真剣交際まで発展しない。微妙な相手しか紹介してくれない仲介人への苛立ちと焦りだけが時間と共に増していく。そして最終的に、最初にお見合いをした高田さんが一番良かったという結論に辿り着いた。
「すいません。今更になってしまうんですが、一番最初にお見合いした高田さんと、今から仮交際に入ることって可能でしょうか?」
しかし、私の確認に対し、仲介人は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「えっと……高田さんなんですが、あの後すぐに、若い女性のゾンビの方と真剣交際に入られまして……今から改めて仮交際というのは難しいかなと」
「だったら、高田さんと同じくらいの人を紹介してくださいよ。こっちは高いお金を払って、ゾンビでもOKだって譲歩までしてるのに、紹介してくるのは微妙な相手ばかりじゃないですか?」
「申し訳ありません。こちらも探してはいるのですが、やはり実際にお会いしていただかないとわからない部分も多く……」
「わかったわ。私を単なる金づるだと思って、わざと良い人を紹介してないんでしょ?」
「いえ! 決してそんなことはありません!」
「いや! 絶対そうだわ!! 許せない!!」
怒りで我を忘れた私は立ち上がり、向かい側に座っていた仲介人に襲い掛かった。そして、今までの恨みつらみを晴らすように、私は剥き出しになった仲介人の左腕にがぶりと噛み付く。
「ぎゃーーーー!!!」
仲介人に噛み付いた私は、結婚相談所を強制退会させられた。それでも私のお見合い願望を満たすため、私は色んな結婚相談所を渡り歩いた。最終的には私が仲介人に噛み付いて、結婚相談所を出禁になるということが多かったが、それでも私はめげなかった。たくさんのお金と時間を費やし、女子力を高めるための勉強だって頑張った。それでもなかなか良い相手に巡り合わず、というよりも良い相手を隠され、運命の相手に巡り合うことがなかなかできなかった。
それでも、私は諦めない。だから、今日も私は結婚相談所を渡り歩く。運命のお見合い相手を見つける、その日まで。
*****
「酷い目に遭いましたよ。まさかクライアントから腕を噛まれるなんて思ってもいませんでした」
「ああ、あの笹塚さんね。この業界だと結構な有名人だよ」
「そうなんですか?」
「理想の相手を追い求め、結婚相談所を渡り歩く人は多いけど、彼女もまさにそんな感じだよね?」
「いや、私もそういった方は何人も見てきたんですが、ちょっと違うんですよね……。お見合いに対する姿勢が、熱意を飛び越えて執着に近い感じでした。まるで何かに取り憑かれてるみたいな」
「えー、何それ。怖いなぁ」
「でも、噛みつかれたときは死ぬほど怖かったんですが、冷静になって考えてみると、彼女の気持ちもわかるんですよ。男性と違って女性ってタイムリミットがありますから……。仲介人に噛みつくまで必死に結婚相手を探そうとしている彼女の姿を思い返すと、私もそろそろ本気になって結婚相手を探さないとなという気になります」
「へー、前は結婚願望なんて全くないって言ってたのに、変なの」
「あ、そろそろ休憩が終わりますね。仕事へ戻りましょっか」
休憩室から二人が出ていく。静かになった部屋の中では、つけっぱなしになっていたテレビの音声だけが響きわたっていた。
『数年ぶりに新種のゾンビウイルスが国内で確認されました。従来のγ型ゾンビウイルスの変異種と見られ、大きな特徴としては他者への攻撃性、パートナー希求行動の増幅、そして高い感染力が報告されています。感染者に見られる行動変化から、一部の学者の間では、お見合いゾンビウイルスという名称で呼ばれており────────