処刑人の日常
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この町の中央の広場では罪人の処刑が行われる。
広場中央にいる私と動きを止めた罪人の周りには多くの住民が詰め寄り、人垣を形成していた。
「殺してやる」
目の前で肉袋を抱えた少女が私を睨む。
彼女はその物体と親子の関係だった。
処刑時間の三十分前にこの場所に現れ、処刑を止めようと奮闘していた。
結果としてその努力は実を結ばなかったのだが。
「そうか」
だが、仕事を終えた私にとって少女恨みも憎しみにも興味はない。
さっさと帰ろうと背を向けた私の背中に突然、何かが突き刺さり、その場所から熱が広がるのを感じる。
首をひねって確認してみると、背中にはナイフ。そして少女の手には同じナイフが握られている。
(まさか、本当に行動に移すとは。)
曲りなりにも国に所属している処刑人に対して本気で行動を動かす者は少ない。
これで私が彼女を殺しても表立って文句を言うものは誰もいないが、もはや私には少女の命などどうでもよかった。
ちらりと彼女を一瞥し、私は何も言葉を発することなく歩みを再開する。
怨嗟に満ちた声が背後から聞こえてくる。
「…化け物どもめ!必ず、必ずだ!お前を家族が受けた苦しみ以上を味合わせて殺してやる」
「ああ、いっそ殺してほしいものだ」
思わず、弱音が口からもれた。
処刑人は決して、好かれない。
処刑地に集まる民衆からは嫌悪の視線を、処刑された者の関係者からは怨嗟の声を自分たちに刑の実行を命ずる者達からさえ侮蔑の視線を感じる。
だれにとっても一つしかない尊い筈の命。
それを奪うことを命じられ、淡々と実行する我々のことを人々は侮蔑と嫌悪をこめて陰で死神と呼ぶ。
だが私達を神と下に見る彼らに私は問いたい。
私達の死は一体だれがもたらしてくれるのか。
体に刺さったナイフを取り外せば、煙を立てながら傷口が修復される。
死ぬことが許されない、欠陥品として生まれたこの体。
神があたえた罰といわれるこの体が、何時しか許されることを願って、私は人を殺し続ける。
いつか、私の睨む少女の様に強い意志を以て奇蹟を起こし私を殺す人物が目の前に現れることを。
毎度のことではあるが、仕事を終えた後の帰路は大抵気分が落ち込む。
気晴らしに酒でも飲んで帰ろうかと思った、その時。
「しょけいにんさま」
幼い少女が私に声をかけてきた。
(珍しいこともあるもんだ)
あたりを見渡すも少女の保護者らしき人物は見当たらない。
私は屈んで少女と視線を合わせた。
「どうかしたのお嬢ちゃん。迷子かい?」
「おれいがしたいの」
「お礼?」
「はい、どうぞ」
少女の手には名も知らない花が数本握られていた。
「おかあさんをころしたわるものを、ころしてくれてありがとう、しょけいにんさま」
確か今日の仕事相手は革命と称して何百人も殺した大悪党だった。
「おとうさんがいってたの。しょけいにんさまのおかげでおかあさんはゆっくりとねむれるって」
「そうか、それは良かった」
少女の頭をゆっくりとなでる。
「ありがとう、お嬢さん。お礼に家まで送ろうか?」
「ううん、だいじょうぶ。おとうさんがいるから」
少女の視線をたどるとこちらを見つめる男性の姿があった。
「じゃあね」
「うん、じゃあね」
父親の元に少女がいくと、父親はこちらに一礼して、二人で去っていった。
「ありがとう、か」
久しぶりに聞いた、純粋なその言葉に沈んでいた気持ちが少し上向きになったのを感じた。
「じゃあ、とりあえず死ぬまで頑張ろうか」
私は寄り道を諦め、仕事のまつ、職場へと歩みを進めた。