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4-3馬車と出会い

魔法の儀式を終えて、これから修行漬けの毎日が始まると思っていたら一週間なんにも無かった。

ブーディカは何やら忙しそうに自室に籠もり薬剤を調剤している。

やることのないネーロは剣でなくフライパンを握り、ブーディカの朝食を作っていた。

活気溢れる商業都市ネーデル、様々な物品を扱う店が立ち並ぶ表通りから少し奥まった日陰の裏通り、そこにブーディカの家がある。

表向きは自宅兼薬屋、裏は魔法使い稼業といった形で暮らしていた。

そこに住む骸骨のネーロこと水原京一みずはらきょういちは下僕兼魔法使いの弟子として暮らすことになった、だが、当の本人は少し不貞腐れていた。

異世界に来てようやく剣と魔法の世界に突入かと思っていたら、この一週間なんにも無かったからだ。

空は晴れ、一週間前の雨が不思議だった程の快晴だ、だが俺の心は曇り空だ。

魔法の修行漬けが始まると思っていたら今やっていることはブーディカの朝食作りだ、そりゃあ料理は嫌いではない、だが好きでもない。

タイル張りのキッチンで目玉焼きを焼く骸骨、傍から見れば極めて魔法的だが実際に下僕として働いている俺からすれば魔法的でも何でも無かった。

目玉焼きを皿に乗せテーブルに並べる。

「ハ〜っ」

ため息が出る。

あれほど事があったのにブーディカはいつもどおりに薬を作っている、俺も飯を作っている、むしろ外出しないだけ以前より家にいる時間が長いかもしれない。

「ハ〜っ」

ため息は朝から何回目だろう、数えるのも馬鹿らしくなっていた。

「一体どうしたんだ?、普通あの流れだったら、何かあるよな〜」

そうお互いに守りあう事を誓い師弟となった日の夜、極めてロマンチックだったと思う。

だが、その後は普通に夕飯を食べた、なったばかりで疲れているだろうから今日は休みなさいと言われ、その時は普通に疲れていたから従ったがそれが一週間続くとは思わなかった。

「7日は長いよな〜」

俺はどうしてブーディカが修行させてくれないのか分からなかった、文句を頭の中で並べ、ぶつくさと言っている内にテーブルには綺麗な朝食が並んだ、目玉焼きにパン、サラダと紅茶の正にモーニングセットだ。

「しかし、この異世界で良く手に入るよな〜」

手ぬぐいで手を拭きながら思った。

新鮮な野菜や卵をどうやって運んでいるのか、街を見る限りでは冷蔵庫などはなさそうだったし、(この家の地下を除いてはだが)それにこの朝食がこの街の一般的な朝食なのか?、それとも魔法使いであるブーディカだから食べれる朝食なのか正直気なった。

朝食の食器を並べていると二階のドアが開く音が聞こえた、階段の方を見やり構えるとブーディカが二階から降りて来た。

俺もすっかり慣れたものでブーディカが何時ぐらいに起き、何時頃までに朝食を用意すればいいか分かっていた。

「いい匂いね」

「ブーディカ様、パンにジャムは塗られますか?」

「ええ、使うわ」

「分かりました」

木棚の奥からジャムを出した、固いビンの蓋を開けジャムを使う分だけ皿に移すとまた木棚にしまった。

このジャムも砂糖が沢山使われているんだよな、なら結構な高級品なのか?。

砂糖が何処まで高級なのか分からなかったが大衆食堂で食べたデザートは甘さはあまり無かった気がする。

「ほら、貴方も席について食べましょう」

「ハイ」

席に対面する形で座ると祈りを捧げる、魔法使いなので神に祈ってはいないと思うのだが、長年の習慣なのかブーディカは必ず祈りを捧げる。

俺も師匠がしているのにしない訳にはいかない。

それに神の作り給うた仕組みを解明することが魔法使いだ。

それはつまり、神の偉大さを認めているのは事実な訳だ、ま〜、あんな物を見せられれば信じなくもない。

しかし、どうしたものか..、何処かで切り出さないと今週も家に居ることになりそうだ、でもブーディカに考えがあるなら失礼だよな・・・。

そんな逡巡をしているとブーディカが口を開いた。

「昨日魔法使いの仕事が入ったの、修行になると思うから貴方を連れて行くことにしたわ」

突然、目玉焼きを頬張ったばかりの時に言われ急いで咀嚼して答えた。

「えっ俺もですか」

「ええ、魔法使いの修行はまだだけど貴方はいきなり実戦を経験しているし、魔法使いになる儀式も済ませている、実戦の緊迫感がその人の魔法の萌芽を芽生えさせる事もあるから」

「でも俺、剣の扱いも知りませんし、魔法使いの修行をしてからの方がいいのでは?」

「本当はそうなんだけど、今回の仕事の依頼は結構な荷物を持つことになりそうなのよね〜」

「なるほど、荷物持ちか、でもそれなら魔法の袋を使えば良いじゃないか?」

「それもそうだけど、貴方の修行も兼ねてと言ったでしょう、それとも修行したくないの?」

ギロリと睨まれ、迂闊な発言だったと思ったがもう遅い。

「フフッ、ネーロ、貴方..、私が最近優しいからって少し生意気になってない?」

ブーディカが右手を静かに伸ばす、何だ何をする気だ..、怯え怯む身体は動かない、その白い指が俺の顔へと伸びる。

「フフッ」

妖しく笑うと俺の鼻骨の穴へと指を入れた。

「うわああっ」

「フフッ、男なのに入れられるのはどんな気分かしら?」

痒い様なくすぐったいような、そんな感覚が駆け抜ける、スリスリと撫でられ顎が緩む。

余りの感覚に手にしていたフォークを落とした。

「ううっああ、止めてくれくすぐったい・・・」

「フフッ、そうなの、でも顔は蕩けきっているけど?」

否定できないのが情けない、どうしてブーディカは骸骨になった俺の気持ちのいい所なんて知っているんだ、俺でも気付いていなかったのに。

「貴方は私の下僕そして弟子なのよ、師匠には従わないとね」

首を傾げながら笑って言う。

「ああ、分かった、だから止めてくれ・・・」

「フフッ、判れば良いのよ」

スッと指を離した、ああ、朝から疲れた、身動きが取れなくなる感覚は慣れない、それにあの快感、まるで魂を撫でられ支配される様な感覚、全てを委ねたくなる。

「それじゃあ、食事を終え準備したら行きましょうか」

「ああ、了解」

拒否権の無さを実感したせいか目玉焼きは少し固く思えた。

朝食を食べ終えた俺達は其々の準備を始めた、俺はアームカバーにブーツ、更にブーディカによる顔の偽装を終え、準備が整った。

ブーディカは出会った時と同じ装備だ、そのまま殴られたら痛そうなガータネットに赤と紫の衣装、それにブーツを履いている。

「ネーロ、これを持っておきなさい」

ブーディカから差し出されたのはひと振りの剣だ。

「これは?」

「あの儀式の時に使ったのとは違うわ、純粋な実戦刀だから気兼ねなく使って大丈夫よ」

「これが実戦刀・・・、試しに抜いて見ても?」

「ええ、許可するわ」

剣は十字架をモチーフにしたと思われる直線で作られていた、鍔は金属製で固く、簡単な篭手打ちなら防げるだろう、しかし長いな、刃渡りは60センチを越えているこれを操るなんて俺に出来るのか?。

それに実戦刀ならではの鈍い輝きがこれから魔物と戦うかもしれないという実感を嫌でも湧かせた。

「フフッ、貴方が不安に思うのは分かるわ、でも幸い貴方は骸骨、私の魔力が有る限り治療可能よ、それに今回の依頼だって、あのイノシシに比べればずっとマシなはずよ」

「あのイノシシそんなにヤバイ奴だったのか..」

「ま〜そうね、でも今回はネーロもただの骸骨じゃないでしょう?」

わざと疑問符を付け挑発する、その時のブーディカの顔はイタズラ心に満ち、その白い歯を見せ、正にニッシシと言った感じだ。

「ああ、分かったよ、何回バラバラになっても使い続ければ良いんだろ」

「そういう事、なら行きましょうか」

「ああ」

頷き、剣を鞘に納め俺達は家を出た。

家から裏通り抜けて、表通り出た、そこから15分位歩くと入出国の為の城門があった。

そこには人が並び何かを待っているようだった。

「何しているんだ、あれは?」

「ああ、あれは入出国を管理しているのよ、街から出るには絶対に通らなきゃダメなの」

それを聞いて汗が出る様な感覚に襲われた。

よく見ると門には衛兵達が運ばれる荷物に違反が無いか見ており、税関の様な役割をしていた。

更に衛兵達は町から出る人と町に入る人の身分や用事をチェックして、証明書にサインしていく。

「な〜、まさかあそこから出ないよな・・・」

伺うように言うと、ブーディカは意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「さっき、街を出るには絶対に通らなきゃダメって言ったでしょう、法令を遵守して丁寧に紳士淑女の礼儀で街から出ましょう」

「嘘だろ..」

俺は身分証明書など持っていない不法入国者だ、それが不法に出国しようとしたら捕まるに決まっている。

「な〜、イノシシの時に使った魔法で出れないのか?」

俺は慣れない念話で話しかける。

「フフッ、あれね、あれを使って欲しいのだろうけど、朝の日差しが心地良いこの天気で使ったら流石にバレてしまうわ」

「だから、正面から出国するのよ」

正直大丈夫なのかと思ったがブーディカはま〜見てなさいと自信満々に答える。

どうすんだ本当?。

顔は美形にしたが身分を証明出来なければ不法入国の疑いが掛けられる、これだけちゃんとした街を作れる人達が戸籍も管理していないとは思えないのだが・・・。

落ち着かないと周囲をやたらに見るのが人間だ。

俺もその例外ではなく、チラチラと辺りの見回す。

ゾロゾロと城門に人が集まり出てゆく、逆に入ってくる人もいる。

荷車を馬に引かせ、かなりの荷物を運ぶ人、背負い籠に色々入れて売りに来たであろう小作人、これから誰かに会う為に馬車に乗り、心を弾ませる貴婦人、この街には様々な人が出入りするようだ。

しかし、人が多いな、これだけの人に見られているという事実が妙な汗をかかせた。

実際は骸骨なので出てはいないのだが。

幻肢痛ならぬ、幻視汗げんしかんとでも言えば良いのだろうか、そんな不思議な感覚が骨を伝った。


そうこうする内に俺達の番来た。

「大丈夫なんだよな?」

小声でブーディカに囁くとブーディカは余裕の笑みを浮かべて言った。

「魔法使いがどうして隠れ住めるか分かるわ」


「次の人、身分証を出してくれ」

衛兵はヘルメットにプレートアーマーを付けブーツを履き盾と槍を持ち、腰に短い剣を差していた。

どちらかと言うと軽装備だ、鎧は頭と胴しか守っていない、ま〜、フルプレートアーマーなど着れば重すぎて検問など出来ないだろうが。

ブーディカは自分の身分証を出した。

「薬屋のブーディカさんですね、これから薬を売りに?」

「いえ、休暇を兼ねて友人に会いに隣町まで」

「そうですか、楽しんで」

書類に不備は無かったのだろうあっさり通された。

だが、俺はどうなる何にも持ってないぞ。

汗が出る感覚が増す。

「それじゃあ次の人、身分証を出して」

「あっ、えっと..」

口ごもり、固まっていると衛兵は不思議な事を言った。

「良し、どうもありがとう行ってよろしい」

なんと衛兵はそのまま俺を送り出してしまった。

一体何が起きたんだ、身分証も出していないのにどうして?、それにまるで身分証をしっかりと見たかのような素振りだった。

疑問に思ったが後ろから続々と来る人の波に押され門を出た、ブーディカが得意な笑みを浮かべ待っていた。

「どう、言った通りになったでしょう」

「ああ、確かに大丈夫だったけどあれはどうやったんだ?、まるで書類を見ている様な素振りで周りも気付いていなかったみたいだ」

「フフッ、ああいう衛兵っていうのはね、心の何処かで思っているのよ、面倒事は起きないで下さいって、だからその通りにしてあげたの、かるーく認識をイジってね」

「そんな事が可能なのか?、それに他の人達はどうなんだ?」

「それは他の人も同じ、朝、出発だという時に面倒事は嫌でしょう、それに忙しい時は同情や関心なんて起きないわ」

「確かに」

俺は日本の通勤時の人身事故を思い出した。

人が死んでいても死ぬなら他所でやれとか、何で他の人の迷惑も考えられないんだ、とか、そんな風に思っていた。

忙しさは同情も関心も湧かせない、だから、ブラック企業などに勤めるとこんなのは狂っているという感覚も無くなる、嫌な事を思い出した。

「それで周囲には見えなかった訳か」

小さなため息を吐きながら言った。

「そういう事、貴方も修行をすればこれくらいの人心操作魔法なんてすぐに出来るようになるわ、だって私の弟子だもの」

金髪をなびかせ、笑顔で言うその姿は眩しい。

だけど今朝の事はまだ引っかかっていた、その事が言わせたんだろう少し皮肉混じりに言った。

「それで俺にも魔法を掛けているのか?、さっきの衛兵みたいに」

ブーディカは一瞬心外だといった表情を見せた後、呆れたように返答をした。

「もし貴方の言うことが本当だとしたらどうしてその言葉が出るのかしら?」

「ウグッ、確かに」

言った側から矛盾を指摘されグーの音も出ない。

「それにネーロ、今朝のを魔法だと思っているなら勘違いよ、あれは純粋に貴方が気持ち良くて動けなかっただけ・・・、それに大事な貴方の心を動かすのに魔法なんていらないわ」

耳元で囁かれ背筋がゾワゾワとする。

「ウハッ、いや、そうか、悪かった、他の人もいるんだ、止めよう」

動揺し変な声が出た、だが周りの人間は一人もこちらを見ていなかった、一瞬も振り返っていない、そう、まるで気付いていなかった。

「まさかブーディカ・・・」

それは異様な空間だった、人々の視点や関心は全く遠のいて俺達は世界に存在しないかのように横切っていく、静止し互いを見ているのは笑みを浮かべるブーディカと俺しかいない。

その瞳がまるで俺に入ってくるみたいに思え、両手を広げ、笑顔浮かべる姿はまるで本当の魔女だった。

その場でクルッと回ったブーディカは言った。

「ね〜分かるでしょう?、これだけの魔法を行使出来る貴方の師匠がもし本気で心を操ろうとしたらどうなるか」

「ああ、分かったよ」

俺は怖気づきそれ以上言うのを止めた。

「判ればいいのよ、フフン」

ブーディカは笑みを浮か指を鳴らし魔法を解いた、そうすると人々はまた、その僅かな関心を俺に向けた。

それから俺達は街道を通った、街道には石は敷き詰められておらず、土が剥き出しだったがある程度は固めているようだった。

それでも古代ローマの様な大街道を建設していないようだ、つまりそれは大帝国の支配が確立しているわけではないという事だ。

やはり、どちらかと言うと商業都市とブーディカが言っていたように中世イタリア辺りの雰囲気だと思ったほうが良いようだ。

中世イタリア・・・、某アサシンゲームが浮かぶが、まだあれ程の流麗な建物には出会っていない、今から行く街も同規模なのだろうか?。

「ハ〜っ」

先程とは関係の無い話でも考えないと身が持たない、あれが俺の自由意志ね・・・、骨を触られ気持ちよくなってしまうのが俺の意思・・・。

だとすると俺はかなりのM気質だと言うことだ、自分ではMではなくSだと思っていたが違うようだ。

それに魔法使いと言っていたブーディカがまるで本当の魔女に思えたのはどういう事だろう?。

隔絶とした能力のせいか?、それとも本当に・・・。

横目で見るとブーディカは鼻歌交じりに歩いている、その姿からは俺を気持ちよくさせてしまう手管は感じ取れないし先程の魔女を思わせた威圧感も無かった。

本当に同じ少女なのか?、そんな疑問が浮かんだが、ブーディカがわだちに足を取られ、よろめいたので、すかさず手を持って支えた。

「ありがとう」

ブーディカは少し恥ずかしそうにしながらも元の道に足を戻した。

その表情が良かったのだろう、考えても答えの出ない事を脇に置いて、話しかける事が出来た。

「いえ、それでブーディカ様、隣街はどんな所何ですか?」

「気になるの?」

「ええ、どういった所か知らないと意図せず変な事をしているかもしれない

「そうね〜、大きな農場が有って高品質な野菜を各地に輸出しているわ」

「そうなのか、でも普通は自分の領土で野菜や穀物を作るんじゃないのか?」

「確かにそうだけど、高度な自治を認められている商業都市が沢山有るのがこの国の形態だからとしか言えないわ」

ブーディカは困った様な顔をして言った。

「それじゃあこれから行く街は自治を認められているのか?」

「ええ、そうね、もちろん自治を認めていないただの領土も有るらしいけど..」

どうやら誰かを君主とし高度な都市国家が連合していると言った形の様だ。

「王様はいらっしゃらないので?」

「王はいるわ」

「連合国の君主の事なら王と言って差し支えないはずよ」

予想した通り連合国の様だ。

「なるほど、連合の枠組み内なので安心して農作物などの生命線も預けられる訳か」

「ま〜、そういう事ね、そんなに貴方がいた世界と私のいる国は国家の仕組みも違うのかしら?」

「ええ、ま〜、俺の母国とは違うけど似たような制度で動いている国はあったよ」

「へ〜、それは面白いわ、世界が違っても人間の構築する仕組みは似てくるって事かしら」

「そうかもな」

ブーディカは珍しく目をキラキラとさせた。ああ、いつもとは言わないけどもう少しこの純粋な笑顔が出る頻度を増やしてくれ、そう思った。

暫く歩いていると荷車を引いた大きな荷車を馬二頭で引く馬車が横切った。

「おい、お前さん方、そのまま歩いて行くのか?」

その横切った馬車が少し前で止まり、馬車の御者が声を掛けてきた。

「ええ、歩いていく気ですが」

「何処まで行くんだ?」

「隣街ですが」

「それじゃあ数日かかるな、途中の旅宿には止まらんのか?」

「野宿でも良いかなと考えているんですが」

「いやいや美人さんと美青年さんなんて夜は危ないぞ」

御者はくせ毛の髭を撫でながら、しきりに話しかけてくる。

歳は40位だろうか、それとも髭のせいで歳が老けて見えるだけのお兄さんという可能性もあったが、その目は何やら世話好きそうな目をしていた。

「でも、この辺の道はそこまで危ないって話は聞きませんけど」

「さては久しぶりだな、隣町に行くの、ここ一週間で治安が悪くなったんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、だから、何と言うか、馬車に乗って行かないか、今は空荷だし、お二人さんを乗せるなんて簡単だ」

「ご厚意ありがとうございます、でもこの子は腕が立ちますし、私もこう見えて武芸の心得がありますから」

俺の腕を持ち引き寄せるとまるでカップルの様な格好になった。

「お熱いのは良いがそういう輩はそれこそ、お似合いの相手なんていようもんなら無理にでも引き裂きに来るんだよ」

「それに今は野盗とも違う、何と言うか、魔物ってのかね、そういうのが街道に出るって話だ、無理にとは言わないが・・・」

どうもこのオジさんは本当に心配してくれているようだ。

「ちょっと待って下さい」

そう言うとオジさんから距離を取り、ボソボソと小声で相談した。

「どうするブーディカ、ここまで言われて厚意を受けないのはどうなんだ?」

「そうね、あのオジさんが悪い人だと仮定しても戦闘力は高くなさそうだし・・・」

「もし、悪い人なら俺が倒すよ」

「へ〜、なに、守ってくれるの?」

「ああ」

凄く当たり前の事の様に言った。

そのせいかブーディカは少し、頬を赤くして、ゴニョゴニョと何か言ったがそれは聞き取れなかった。

そういう所が良いのよね・・・。

「決めたわ」

馬車のオジさんの所までスタスタと歩き言った。

「そこまで言うならご厚意に甘えてさせて頂きます」

「そうか、なら荷車に乗ってくれ」

「ええ」

俺達は荷車に飛び乗ると思いの外に広かった。

「馬二頭で引いてるんだもんなそりゃあ広いか」

「ええ、それに余りの藁かしらおかげでおしりが痛くないわ」

「それじゃあ、出発するぞ」

「ええ、お願いします」

馬車に乗り、街道を進み始めた。

「へーっ、結構速度が出るんだな」

「そうね、私も久しぶりに乗ったけど良いものね」

少しの振動を感じた後、ブーディカは荷車から見える運転席に座って操縦するオジさんに話しかけた。

「でも。どうして私達なんです?、他にもいたのに」

「ああ、それはな」

オジさんはドアミラーを見ながら言った。

「お前さん方の装備が豪華だからだ、騎士団なら野盗に絡まれないだろうが男女二人組で美男美女じゃあ、マジで危ないと思ったんだ」

「なるほど金品と美女狙いですか」

「何いってんだ、お前さんも変な気が有る奴には受けそうな顔してるぞ」

「マッ、マジですか」

「ああ、その手の輩からしたら上物だろうさ」

「それじゃあ俺は親切なオジさんに出会って幸運なのかな」

「フフッ、俺の名前はグラハムだ」

「俺はネーロって言います、こっちはブーディカ」

「ええ、よろしく、グラハムさん」

そう言うと互いに何か話さなくてはいう義務感というか、焦りというか、そんな物が沸き起こった。

間合いを男どもが測りかねているとブーディカが口を開いた。

「さっき、空荷だって言っていましたけど、グラハムさんは何を売って来られたんです?」

「ああ、俺は保存食品を売っていてな、その藁は緩衝材といったところさ」

「なるほど、それで少し野菜の匂いがしたんですね」

「ほ〜、分かるか」

「ええ、私、こう見えても鼻は効くんです」

指で鼻の頭を軽く叩いてみせる。

「ハハッ面白いお嬢さんだ」

「ほら、これでも摘んでなさい」

グラハムは干し芋差し出してくれた。

「ほら兄ちゃんも」

「ありがとうございます、干し芋まで貰ってしまって」

「気にするな」

手をヒラヒラと振り、運転に戻った。

「せっかくだし頂きましょう」

そう言うとブーディカは静かに魔法を唱えた。

「これは真か偽か精霊の雫は答えよ」

干し芋の真ん中に小さな小人が現れ歩き出した、右に行くかと思えば左に歩き出し、止まった。

「ふ〜ん、大丈夫みたい」

パクッと干し芋を食べた。

モグモグと食べる様は何となく可愛い。

「ふ〜ん、結構しっかり甘みがあって美味しいわ、ネーロも食べなさい」

「ああ、でも、正直鑑定するのはどうなんだ?、結構失礼になると思うが」

小さな声で耳打ちする、馬車の音はうるさいのでグラハムは気付いていないはずだ。

「ええ、失礼かと言われればそうね、でも、二人共、腹を壊せば戦闘力なんて皆無だもの、戦闘力を奪った所で潜んでいた手勢で拉致するなんてありそうな話でしょう?」

「ま〜、確かに・・・」

鑑定を終えた干し芋を食べる。

「おっ確かに甘い」

「美味しいでしょう」

「ああ、美味しい」

干し芋を食べ終えて、荷車に横になると空が見えた、白い雲は少し駆け足気味に走っていく。

「崩れた雲を迎える雲か・・・、出会いと別れを繰り返しているみたいだな」

「なに?、ネーロ、結構詩人なのね」

「口から漏れてたか忘れてくれ」

「無理ね、私の頭はそんなに都合よくないわ」

「なら仕方ないな」

馬車に揺られ雲を見上げる、そんな単純な事に充実感を抱いた、雲なんていつ以来見てなかっただろう、こんなに青空をゆっくり見る時が来るなんてな、ガタカタと揺れるそれがまるで揺り籠の様な心地よさだった。

眠くなるのは母に抱かれてあやされていた時を思い出すからだろうか、誰でも母にあやされていた時期がある、頭で分かっても実感はしなかった、だが馬車に揺られ、確かにあった事なんだと分かった。

母親か・・・、黒い髪を後ろで結びいつも忙しそうだった、共働きでかまってくれるのは休日の極短い時間、それでも幼い時は甘えていた。

だけど何時から、反発心だけが膨らんでいった。

自分でもキッカケを覚えていない位の出来事が原因だ、そんなつまらさが家族をギクシャクさせた。

親も後ろめたさと必死さが混じった感情を思わずぶつける事もあった。

そのせいか段々と離れていった。

それを親離れ子離れと言うのかと思ったが実際は疎遠になっただけだったんだろう、家を出た後はろくろく電話もしなかった。

親不幸かと言われれば弁解の余地は無い。

ま〜、仕方ないよな。

「フワ〜、眠いな」

ゴロンと横向きになり、ブーディカに見えないように姿勢を変えた。

「すみません、グラハムさん少し寝ます」

「ああ、馬車の上は眠くなるからな、寝ても構わんよ」

「それじゃあ、遠慮なく」

眠気の涙か、思い出の涙か、傍からは分からない涙を目尻に少し溜めて、暫くすると眠りについた。


なかなか、変則的というかみんな書いているであろう流れにしたくないと言うか

偏屈なんでしょうね。

自分でも分かる。

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